第一章 終わりの始まり 4

俺が働くデイサービス向日葵は、土日が完全の休み。

今日は、土曜日で休みだが、特に予定もないから実家のラーメン屋を手伝っていた。

14時で昼の部は一旦終わりになるのだが、一人の男が店に入って来た。

そこに現れたのは、何とナベさんだった。

「あ…あの…僕は明人君と同じ職場の渡辺と申しますが、相川君はいらっしゃいますか?」と、人見知り全開な態度で母親に声を掛けた。

俺は、エプロンを外して厨房から店内へと向かう。

「ナベさん、どうしたんですか?」

そう、尋ねると、ナベさんは左手で眼鏡を上げ下げしながら言う。

「近くに来たから…ラーメンでも食べようかなと思ってね…」

いやいや、近くに来たからラーメン食べるって、何て云う言い訳なんだ?

絶対、何か裏があるに違いないと、俺は心で思ったが、取り敢えずテーブルに腰掛ける様にナベさんを誘導し、俺も腰を掛けた。

「親父、ラーメン大盛り2つちょうだい」

そう言って、俺はポケットから煙草を出して火を付ける。

向かい合って座っているが、お互いに声を出さずに沈黙がしばらく続いた。

その沈黙を破ったのはナベさんだった。

「相川君は、この後って時間は…あるの?」

「別に、今日は暇だから店を手伝ってただけだし、大丈夫ですよ」

そう言うと、両手を合わせて「お願い」と、俺に頭を下げ始めた。

何なんだ、一体…と、思いながら「どうしたんですか?」と尋ねる。

一通り話を聞いて俺なりに言葉の意味を整理して確認する。

「ようするに、来週に行うご利用者様の誕生日会の買い物に行くのに、俺も付いて来て欲しいって事ですか?」

ナベさんが頷き、頭を深く懇願してきた。

「僕は…女性と2人で買い物と言うのが経験が無くて…でも、社長に佐々木さんと一緒に行く様に言われて、この後ショッピングモールで待ち合わせているんだけど、相川君も来てくれないかな?」

「行って来なよ」と、盗み聞きしていた母ちゃんが言う。

「解りました。じゃあ、ラーメン食べて着替えたら行きましょう」と言うと、ナベさんは安心した表情で「ありがとう」と言って頭を下げた。

ラーメンを食べていると、姉ちゃんが店に入って来た。

「あ、ナベさん久し振りです」

「里香さん、こんにちは」

たった一言だけの挨拶を交わすと、姉ちゃんに呼ばれた。

「ラーメン食ったら2階に来て」と…

数分後、ナベさんにちょっと待ってて下さいと言って、居住スペースのある2階へと上がった。

リビングには姉が雑誌を読んで待っていた。

「何?」と、姉に声を掛けると、ニヤニヤしながら俺の顔を見る。

「明人さ、仕事はどうなの?」

「よく解らないけど、ナベさんも社長も良い人だから何とか頑張ってるけど?」

「ふーん…で、泉ちゃんとは?」

突然、佐々木さんの話を振られ、密かに思っている気持ちがバレ無い様に適当に誤魔化して返事をすると、姉はスマホを取り出した。

「これ、泉ちゃんとのラインなんだけど、あんたの事を気に入ってるみたいだよ」

画面には、姉と佐々木さんのやり取りのラインが映っていた。

明人君は、彼女って居るんですか?と…

俺は、頬を赤く染めて、まともに姉の顔が見れなくなった。

「あんたも気になるんでしょ?」

そう笑いながら言って来た。

これから、その佐々木さんと会わなければいけないのに、何で今そんな事を言うんだと、少し怒りを覚えたが、でも嬉しさも込み上げて来た。

「あんたさ、あれから1年も経ったんだし、もう自分を許しても良いんじゃない?」

1年…長い様で短い様な1年が経ったんだなと、改めて姉との会話で実感した。

俺が高校3年になってすぐに、あの事件は起きたのだった。

「姉ちゃん、俺はさ…」と、話をしようとしたら、「明人!話すと思い出しちゃうから、今は話さなくて良いから…後は自分で考えなさい。時間が掛かっても良いんだから、泉ちゃんに限らず自分の為にもさ」と、姉に止められた。

軽く頷く。

「明人、渡辺さんが待ってるんだから早く降りて来い」と、親父の声がリビングに届くと、「何?ナベさんと出掛けるの?ただ、ラーメン食べに来ただけじゃないんだ?」と、興味津々に聞いて来た。

それだけ、姉にとってもナベさんの存在や行動に不思議な思いがあるのだろう。

決して関わる事のない様な俺とナベさんの関係に。

「これから、佐々木さんと2人で買い物に行く予定だったんだけど、2人じゃ気まずいって言うから、俺を誘いに家まで来たんだよ」

俺が着替えようと自分の部屋に行こうとすると、背後から姉の声が聞こえた。

その言葉を聞いて、右手を上げて部屋を後にした。

「明人、もう1年経ったんだから、折角なんだし会って考えてみなよ…」

部屋に入ると、テレビの横に伏せて置いてある写真立てを手に取って久し振りに見た。

その写真には、実家のラーメン屋の外で撮った写真がある。

俺の隣には、"彼女"が笑顔で写っている。

写真立てを元の位置に戻し、たまにはオシャレでもするかと呟きながら急いで着替えた。

階段を降り、ナベさんに声を掛けて外へと出ると、ナベさんの白い軽自動車に乗り込んだ。

あれから1年か…ふと、窓から外を見ると、住宅街にポツンとある10台ほど止められる駐車場が視界に入る。普段、この道は通らない様にしているが、ナベさんの運転だから俺は何も言えなかった。駐車場を通り過ぎると、何とも言えない感情が込み上げて来て、目頭が少し熱くなった…

その感情は、悲しみや寂しさ、そして怒りが入り混じっていた。

会話もないまま、ナベさんの運転する車はショッピングモールの駐車場へ入る。



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