第一章 終わりの始まり 5

ナベさんは車を止めると、スマホを取り出し佐々木さんへ電話を掛ける。

今、到着した旨を説明すると、相槌を打って電話を切った。

「相川君、行きましょう」と、言って車から出てショッピングモールの店内へ向かうと、エスカレーターに乗り、2階へと上がった。

「佐々木さんが雑貨屋で買い物しているみたいです」ナベさんが言うと、ついさっき姉ちゃんとの会話を思い出す。

何だか、緊張して来た。

仕事以外で、佐々木さんと会うのは初めてだ。

そう言えば、俺は佐々木さんの事もナベさんの事も、プライベートの事は殆ど知らないから、こうやって休みの日に会う事が不思議に感じた。

雑貨屋に着くと、俺達が声を掛けるよりも先に佐々木さんが気付き、俺達のところに歩み寄って来た。

「お疲れ様です。明人君も一緒なんだね」

普段の仕事の時とは違って、髪を下ろしている私服姿の佐々木さんは、いつも以上に魅力的だ。

『まさかね…』と、姉ちゃんとの会話を再び思い出す。

こんな美人が、俺なんかをね…

「佐々木さん、それで…買い物はどうですか?」ナベさんが問い掛けると、佐々木さんは「これなんて、どうですか?」と、1つの商品を手に取った。

「これなら、誕生日の高木さんに合うと思いませんか?」

高木さんとは、向日葵を利用している人で、今年で89歳になるおばあちゃんだ。

普段は、温厚で優しい印象だけど、夕方になるにつれ帰宅願望が現れる。そんな時、いつも俺は上手く対応が出来ないが、ナベさんや佐々木さんがフォローしてくれる。

佐々木さんが選んだプレゼントは、猫のイラストがあるハンカチだ。

「高木さん、猫を飼っていて好きですので、良いと思います」ナベさんが賛成する。

俺は頷くだけで、佐々木さんは「じゃあ、決定ですね」と、満面の笑みを浮かべてレジへ向かう。

「ナベさん、これで買い物終わりですが、こんな早く終わるなら、俺が居なくても良かったのでは?」と、言うと、ナベさんは左手で眼鏡を上げ下げして言った。

「相川君、本番はこれからなんですよ…」

意味深な言葉を残し、佐々木さんがレジから戻るのを待つ。

本番って、買い物は終わったのに、何を言ってるんだ?と、俺はナベさんの言葉を繰り返し頭の中で考える。

「お待たせしました」佐々木さんが戻り、合流すると1階にある食品売り場へ移動した。

「明人君、今日はデートじゃないの?」

「いや、暇だから店の手伝いしてたらナベさんが店に来て…」

流石に、佐々木さんの顔を直視出来ない。

変に意識してしまっている。

俺の事を気に入っているって、姉ちゃんは言ってたけど、俺と佐々木さんなんて、どう考えたって不釣り合いだろ?

それに、こんな俺なんかじゃ嫌なんじゃないかな?

「では、どうしますか?」

ナベさんが、食品売り場の前に立ち止まって言う。

「どうしますかって?何を買いに来たんですか?」と、何も解らない俺が2人に聞くと、誕生日会では普段と違って特別な昼飯を作るらしい。

「高木さんって、何が好きなんでしたっけ?」ナベさんが佐々木さんに確認すると、困った表情を浮かべる。

「今まで、何でも食べて下さるし、これと言って何かに執着とかもないし…」

このままじゃ話が進まない。

そっか、何を作るのか決めるのが本番であって、一番の問題なんだと思った。

沈黙を破る様に、「ナベさん、誕生日会はいつやるんですか?」俺が尋ねると、水曜日と返事が来た。

それなら、大丈夫だなと思い、俺は2人に提案してみた。

「なら、うちのラーメンってどうですか?」

2人は、俺の提案に少し驚いた様子だったが、何も言わず賛成してくれた。

「明人君家のラーメン、食べた事ないから私も食べたいな」と、佐々木さんが子供の様な笑顔で言う。

時折、無邪気な子供の様な表情にもなる佐々木さんに俺はドキっとする。

「僕は、先程相川君家のラーメン食べたけど、うん…とても美味しかったです。なので、それにしましょう」

これで誕生日会の食材の買い物はしないで済んだ。

スマホを取り出し時間を見ると16時になるとこだった。

「折角だし、そこのカフェでお茶しません?」と、佐々木さんが言う。

ナベさんも俺も頷いて、カフェへと向かう途中、目の前から知っている女性が声を掛けて来た。

「あれ?明人君?」

俺は、気まずくなった。

「あ、お久し振りです…」

2人に、先にカフェに行ってとお願いし、俺はこの女性と話す事になった。

「この前、スーパーでお母さんに会った時に聞いたけど、介護施設で働き始めたんだってね、里香ちゃんの代わりに」

俺は、返事をする事しか出来なかった。

「あのね、明人君。前にも言ったけど、そんなに自分を責めなくても良いのよ?あれは事故だったんだし、明人君は何も悪くないのよ?」

そう、言われても俺は納得が出来なかった。

何故なら、あの時、救えていた可能性があったからだ。

なのに、救えなかったのは、全て俺のせいなんだ…

「ごめんなさい、まだ心の整理が…それに、職場の人を待たせてるから、俺もう行きますね」と、言って、その場を離れた。

ふと、カフェを見ると、窓際にはナベさんと佐々木さんが俺の方を見ている。

佐々木さんの表情は、何か思い詰めている様な表情をしている。

笑顔なんだけど、作り笑いと言うか、何て言うか説明が難しい様な表情を…

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