第一章 終わりの始まり 3

ドライブに行く準備を終え、俺は言われるがままにお客さんを車に誘導をした。

この時、初めてお客さんではなく、ご利用者様と呼ぶ事を知る。

そう言えば、昼飯を食べながら目を通したマニュアルに書いてあったなと、改めて思い出したが、いまいち頭には入って来なかったのが事実だ。

ドライブへ行くご利用者様5人を車に乗せ終わる頃、スーパーの袋を持った女性が現れた。

40歳くらいの女性は、少し派手目な服装に濃い目の化粧が印象的で、ブランドのバッグを肩から掛けている。

「ナベちゃん、泉ちゃん、これからドライブ?」

そう、女性が言うと「はい」と、ナベさんが答える。

「じゃあ、気を付けて行って来てね。あ、君が里香ちゃんの弟ちゃんね?」

俺に視線を向けて言った。

はいと言って頷くと、女性は「重い重い」と言って、ナベさんに買い物袋を持つ様に手渡した。

そのまま二人は荷物を持って施設へと向かう。

「あの人はね、社長の妹さんで副社長の雅子さんって人だよ」

ボソっと佐々木さんが教えてくれた。

「今、職員が足りないから、午後から雅子さんがホールに入ってくれるんだ。今日みたいにドライブに行くと、施設に残る方も居るから、社長と施設対応してくれるの。見た目は派手だけど、ベテランだから仕事は凄く出来るから尊敬してるんだ」

そんな会話をしていると、ナベさんが走って戻って来た。

「では、行きましょう。佐々木さんは僕の車に付いて来て下さい」

それぞれ車に乗り込み、俺はナベさんの運転する車の助手席に腰を掛ける。

無言のまま車は観音山方面へと走る。

赤信号に引っ掛かると、無言だったナベさんが口を開いた。

「そうだ、相川君。さっき社長と雅子さんが言ってたんだけど、明後日の金曜は予定ある?」

「いや、これと言って無いですけど…」

「そう、じゃあ空けといて」とだけ言って、また車内は無言に戻った。

車は護国神社の駐車場へ入り、そのまま駐車場に止まった。

ナベさんが車から降りると、佐々木さんの車へと近付いて話をしている。

「相川君、ここで一旦お茶にしよう」そう言って、佐々木さんの車から大きなバッグを取り出す。

紙コップをご利用者様に配ると、その紙コップに佐々木さんがお茶を注いだ。

ナベさんは、その姿の写真を撮っている。

お茶を飲み終えると、皆でお参りしようとナベさんが言って鳥居を潜って本殿へと向かう。

「明人君、ご利用者様はね、歩けるんだけど転んでしまう事もあるから、隣に付いて歩くとか、手を繋いで歩いてね」と、佐々木さんに指示を受ける。

ナベさんは、すでに手を繋いで歩いていた。

しかも、何やら笑顔でナベさんが話している姿を見て驚いた。

あの人でも笑う事あるんだ…

まだ、出会って数時間だけど、俺が勝手に想像していたナベさん像と違う面が見れて少し楽しくなって来たと同時に、佐々木さんに視線を送ると、ナベさんとは真逆に何か思い詰めた様な表情をしている。

佐々木さんの、こう言うミステリアスな部分に惹かれてしまう。

そして、ナベさん以上に何を考えているのか、いまいち掴めない性格だと悟った。


お参りを終えて、車にご利用者様を乗せると、佐々木さんが提案をした。

「ナベさん、帰りは明人君は私の車でも良いですか?」その提案を聞いて、ナベさんは少し黙って仕方なさそうに頷いた。

その表情は、少し悔しそうにも見えたのだった。

きっと、佐々木さんの車に俺が乗る嫉妬か何かだろう…

俺は、言われるがまま佐々木さんの運転する車の助手席へと腰を掛けた。

行きの車中と違って、佐々木さんがご利用者様に話し掛け、笑いが絶えない明るい車内となった。

俺も、クスクスと笑ってしまうほど、車内はとにかく雰囲気が良かった。

ふと、運転をする佐々木さんを見ると、笑顔なんだけど何とも言えない表情を稀にしている。

「ねぁ、明人君?」不意に話し掛けて来た。

「もし、ナベさんが私の事を…やっぱ良いや…」

「えっ?ナベさんが?」

「ううん…やっぱ大丈夫だから忘れて…」

たった、それだけの会話を交わし、気が付けば施設のすぐ近くまで来ていた。

見慣れた景色の中に、たった数時間前まで居た実家が見えた。

改めて、俺は実家のラーメン屋以外で働く様になったんだと思った。

そのまま車は施設へと入って行く。

先に到着していたナベさんが、ご利用者様を施設内へと誘導を始めようとしている。


金曜日、俺の歓迎会が開催された。

社長、雅子さん、ナベさん、佐々木さん、そしてパートの山口さんが祝ってくれた。

山口さんは、子供が小さいから、出勤出来る日が限られている。

だから、話は聞いていたが、実際に会ったのは今日が初めてだった。

俺がビールを頼もうとすると、ナベさんが未成年は駄目と言ってコーラを注文する。

変に真面目なナベさんと対照的に、雅子さんは俺に酒を勧めて来る。

皆、個性的だけど優しい人達だと思う。

きっと、今までの俺だったら無縁の人達との交流に、不思議な感じがした。

酒の力が入ってか、いつも以上に流暢にナベさんが話し出す。

「僕はね、この仕事が、この会社が大好きなんです」と、熱く語りだす。

酔っぱらっているナベさんの演説は続き、好きなアニメやゲームを語り出した。

やっぱ、この人ってオタクなんだな…

仕事は真面目だし、何だか憎めない人だと思う。

ふと、佐々木さんに視線を送ると、また何か思い詰めた表情を浮かべている。

そして、気が付くと働き始めて2週間が過ぎていた。

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