第一章 終わりの始まり 1

無事、高校を卒業したのは良いが、特に進学も就職も考えていなかった俺は、実家のラーメン屋で両親の手伝いをしている。

いつもの様に、親父と一緒に厨房に立ち、麵を茹でるのが俺の役割だ。

母ちゃんは、ホール対応をしている。

他にも、出前専用のバイトと、厨房担当の近所に住む主婦が居る。

別に俺が居なくても店は回る。

開店と同時に、一人の客が入って来た。

いらっしゃい!と、声を揃えて言うと、店に入って来たのは義理の兄だった。

「明人君、ちょっと良いかな?」と、外に来る様に手招きされる。

エプロンを脱ぎ、店から出ようとすると、何やら両親がニヤニヤしている様に思えた。

そのまま義理の兄である小林陽介の運転する軽トラックに乗り、どこへ行くのかも知らずに車は走り出した。

「陽介さん、どこに行くん?」そう、尋ねると「秘密」とだけ言って、ポケットからスマホを取り出し電話をかけ始めた。

「俺だけど、もうすぐ着くから」とだけ言ってすぐに電話を切る。

車で走る事10分弱で、目的地に着いた。

そこには、3つ年上の姉が先に着いて待っていた。

姉の隣には、知らない小太りの男が立っている。

それに、この場所って…

窓を開けると「明人、姉ちゃんに赤ちゃんが出来たの知ってるだろ?だから、代わりにここで働いてくれないかな?」と、前触れもなく突拍子もない事を言い出した。

姉が働いているのは、デイサービス向日葵と言う介護施設。

「は?俺が介護?無理だろ…」と言うと、正面玄関から一人の女性が外に出て来た。

「社長、お電話ですよ」と、言い残し、走って中に戻っていく。

その一瞬で、俺はその女性に見とれてしまった。

それくらい、魅力的な容姿だった。

テレビや雑誌で見るアイドルにも負けない容姿は、もしかしたら下手なアイドルより美人じゃないかと思えた。

「じゃ、社長うちの弟をお願いね」と言って、姉は俺を軽トラから降ろすと、陽介さんに一声掛けて車は俺を残してどこかへ走って行く。

社長に言われるがまま付いて行く。

事務所に着くと、椅子に座って待っててと言うと、保留になっている電話に出る。

3分後、電話を切ると、「里香ちゃんの弟ね。何度か話は聞いているよ」とハンカチで額の汗を拭きながら笑顔で言う。

「俺、介護なんかやった事ないし、何をするのか解らないんですけど…それに、姉に言われただけで、まだ働くとか考えられないし…」

そう言うと、社長は席を立って俺に手招きをし、一緒に事務所を出て大きい部屋へと移動をした。

そこには、お年寄りが10人くらい居る。

皆、それぞれテレビを見たり、体操をしたり、話をして過ごしている。

ここが介護施設なんだと、初めて見た光景に何だか新鮮な印象を持った。

「明人君、ここはね、ここを利用してくれる皆様が楽しく過ごして貰いたくて始めた施設なんだ。里香ちゃんは、オープンから半年くらい経った頃から一緒に働いてくれてるんだけど、彼女は昔と今じゃ変わったんじゃないかな?」

確かに、姉はここで働いてから性格が変わった様な気がする。

昔は、ちょっと荒れていたからな…

穏やかにもなったし、見た目も落ち着いた感じにもなったし。

そんな姉の影響で、俺も多少は荒れていた事もあったが、今じゃただのラーメン屋の息子に過ぎない。

そんな時、先程の店長を呼びに来た女性が「皆さん、ご飯の支度が出来ましたよ」と言って、食事が乗っているワゴンを運んで来た。

俺は、またその女性に見とれてしまった。

この人と付き合えたらな…なんて、そんな事を考えていると、俺のスマホが鳴った。

姉からメールの様だ。

"私の代わりに頼んだよ。終わる頃、迎えに行くから"と言う随分と身勝手な内容だった。

俺は、溜め息を付きながら返信した。

"まだ、働くなんて言ってないけど"とだけ送り返す。

俯いてスマホの画面を見ていると、俺の視界に誰かの足が近付いて来て止まる。

顔を上げると、「君が明人君?里香さんから話は聞いてるけど、今日から働くんだよね?私は、佐々木泉って言います。よろしくお願いします」

そう、挨拶をして来たのは、あの美人の女性だった。

つい、この人の笑顔に釣られてしまい、俺は「よろしく」と言ってしまった。

その言葉を聞いた社長は、俺の肩をポンっと叩いて笑顔を見せる。「彼女は、ここで一番長く働いていて、オープンから居るんだよ。もう、3年だね。じゃあ、事務所に戻って説明しようか」そう、汗を拭きながら言う。

流されるまま、俺はデイサービス向日葵で働く事となったのだった…

事務所で社長から仕事内容の説明を聞いていると、インターホンが鳴った。

社長が玄関に向かうとすぐに事務所に戻って来て俺を玄関まで呼んだ。

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