つながる想い
「わかるよ、その気持ち」
「えっ!?」
「……アタシも、彼女に夢を動かされたんだ。世界中からダンサーが集まる大会で優勝すれば、ムカデのダンスが世界最強だと示せる……アタシはずっとそう考えていた。でも、彼女のダンスを見て、ちょっと考えが変わった」
赤城は持っていた缶をテーブルの上に置く。”こん”と金属の音が小さな部屋に響いた。
「彼女のダンスをスマホの映像で見た時、体中が”ぞわっ”と震えたんだ。粗削りだったけど、小さな画面越しなのに確かな迫力と躍動感があったんだ。大会の場以外にも、こんな化け物が眠ってると考えると、ぞっとした」
赤城は健康的に焼けた腕で、机上の缶をゆらゆら揺らす。
「で、それからよ。大会に向けて練習してもさ、菜調の姿が脳裏に浮かぶんだ。少なくとも――アタシは菜調にはまだ”勝ってない”。そんな中で優勝しても、『ムカデが世界最高』と胸張って言うことはできない」
缶が”べこり”と音を立てて握りつぶされた。赤城の紅い眼は鋭かった。
その気迫を受けて、思わず青井は背筋をぴんと伸ばす。5mを超える蛇体の全体が強張るのを覚える。
「大会だけが全てじゃない――その可能性を考えたアタシは居ても立っても居られなくて、大会に出ていないダンスについて調べ倒した。すると、沢山出てきたわけだ。大会出場には至っていない、あるいは出れない事情があるけれど、確かに光るものがあるダンスがね」
「なるほど……。でも、大会に出場したり、大会で評価されることも立派なダンサーの能力じゃないですか?」
「その考えは間違いじゃないと思う。大会の物差しでパフォーマンスを評価するなら、世界大会でトップになったパフォーマンスが最強。――でも、それはアタシの物差しじゃない。アタシはそれじゃ満足できないっ!」
赤城は勢いのあまり立ち上がる。その熱気に当てられて、青井も体温が上がるような感覚を覚えた。――実際に、彼女の言葉に興奮して、熱くなっていたのかもしれない。喉が渇いて、ごくりと唾を飲みこむ。赤城に渡された缶のことは意識からすっかり消えていた。
「だからアタシは、世界を巡って沢山のダンスをこの目で見ることにした。あらゆるダンスから学べることを学び尽くし、ムカデのダンスを究極のパフォーマンスに成長させる。そして、世界大会で優勝するっ!それが、アタシの新しい夢になったんだっ!」
赤城の紅色の瞳は燃えていた。それはどこか、自分の記憶に焼き付いた藍色の瞳を彷彿とさせた。
彼女が語る夢は、途方もないものだった。しかし、青井は赤城の夢が”無茶”であっても、”無理”であるとは思わなかった。床にしっかりと突き立てられた10対以上の脚が、夢を力強く訴えていたのだ。
そして何より、不可能に思えることを貫き通す力を、自分は知っていた。
「菜調さん……。流石、ボクが憧れた人です」
「うん。彼女は凄い奴だよ」
マムシの踊り子の偉大さを再確認して、青井は幸せな気分に包まれる。だが、会話が途切れた途端、現実を思い出した。
自分が憧れた彼女は、もう活動していない。
浮いた気分は、地に落ちた。視界は床を捉えていた。涙が出そうとすら思った。蛇体の先端が震えて、抑えられない。
「やっぱり嫌だ……菜調さんが活動休止なんて……」
その時、しなやかだが強い力が、自分の蛇体を抑えた。鱗が凹む感触を覚えた。ムカデの身体だった。
赤城は蛇体の先端にムカデの身体を覆いかぶせ、身体の末端にある3対の脚で自分の蛇体を鷲掴みにした。自身満々に握手を交わされたかのような頼もしさの中に、幼少期に親にだっこされた時のような優しさが存在していた。顔を上げると、赤城がまっすぐにこちらを見つめていた。
「そうだよね、やっぱり心配だよね」
「すみません、色々と気を遣ってくれたのに……」
「いや、アタシも悪かったよ。菜調ちゃんの話題に乗っちゃってさ」
「良いんです。菜調さんには”そういう魅力”がありますから……」
無理して強がろうとするが、どういしても語尾が萎んでしまい、落ち込んだ気持ちが隠せない。すると、蛇体を掴む何対もの脚に、やさしく撫でられた。鱗に吸い付くような感触だった。ぎゅっと丸めていた蛇体の先端から、ふと力が抜けていく。
「大丈夫、彼女は強い」
「…………っ!」
感情が抑えきれなくなって、思わず赤城の腹に顔を埋めた。自分でもどういうわけかわからなかった。ただ、そんな自分を、彼女の腕はやさしく受け止めてくれた。
突然、スマホの通知音。SNSの更新を知らせるものだ。
反射的に服のポケットに手を突っ込み、端末をつかみ取る。
自分が通知設定をしているアカウントは、1つだけだ。
『菜調 活動再開のお知らせ』
「…………ほ、ホントに!?」
端末を握る手が震える。幻覚じゃないかと目をこするが、確かに活動再開の文字がそこに在る。
「どうしたの?」
「菜調さんが……活動再開って…………っ!」
「うそ…………」
赤城は両手で口を覆い、目をぱっちりと開いた。その瞳の底からは、涙が滲んでいた。
「菜調さんっ…………」
「菜調ちゃんっ!!」
無意識の内に、赤城の手を握っていた。彼女も強く握り返した。そのまま嬉しさのあまりに、手をぶんぶんと振った。
◇
~約1週間後~
智歩は都市部の喫茶店を訪れていた。入り口の前にはかすれたショーウィンドウが飾られており、中にはナポリタンやプリンの食品サンプルが並んでいる。
ガラスで覆われた扉を開けると、からんからんというカウベルの音に出迎えられる。
縦に長い店の右側にはカウンター席、そして左側には4つほどのテーブル席。かすれた緑と白のツートンカラーのボックスソファが、テーブルを挟んでいる。
その中でも店の隅にあたる席を指定し、腰を掛けて数分待っていると、入り口の方からベルの音が響いた。引っ張られるように首をそちらに向けると、そこには赤髪のムカデ蟲人。その隣に、アオダイショウ蛇人の少年。女性は声は出さないようにしながらも弾けるような笑顔を浮かべながら伸ばした手を振ってきて、少年は後ろで控えめにお辞儀。自分も小さく手を振って返す。
2人はこちらにやってくると、向かい側の席に並んだ。
「智歩Pっ!会いたかったよ~!元気そうで良かったぁ!」
「高崎さん、お久しぶりです~」
「2人ともお久しぶりですっ!しかし驚きましたよ、千尋さんと青井さんに交流があったなんて…………」
「ボクもびっくりしましたよ~。赤城さんにボクを紹介した友人が高崎さんだなんて」
「世界って案外狭いからね~」
智歩が2人の交友関係を知ったのは、数日前のことだった。赤城から、『そういえば、前に紹介してもらった将晴くんと友達になった』とのチャットが送られてきたのだ。それを見た時には、信じられなくて目が飛び出そうになった。
智歩は2人にそれぞれ用事があったので、折角だし一緒に会おうという話になり、今に至る。
「本当は菜調さんも呼びたかったのですが、トレーニングに専念したいそうで……」
「やっぱりそうですよね……」
「仕方ないよ、結構ブランク開いたんでしょ?アタシだって多分おなじ判断をするよ。それに、今日は遊びにきたわけじゃなくてプロデューサーの仕事なんでしょ?」
「そうですね。それに、ストイックなところも菜調さんらしくて素敵です」
「おっ、流石は筋金入りの菜調ファンだ」
肩を落とす青井を、赤城が隣からなだめる。そんな様子は、みていてほほえましかった。
菜調をきっかけに知り合ったという2人は、昔からの馴染みでもないのにすっかり息があっているようだ。姉弟だと言われても納得がいく。そんな繋がりのキッカケが菜調だということが、感慨深く思えた。
「高崎さんもわかりますよねぇ。菜調さんはむやみに人と馴れ合わずに、孤高にダンスを磨いているのが素敵だって」
「うーん、確かにそれは否定できないかもです」
「おぅい、なんか他意がないかー?」
「何のことですか?ボクの本心を言ったまでですっ」
「智歩P~っ!マサがいじめてくる~っ!」
「えぇ……っ!?あっ、最近の菜調さんは彼女なりにファンと交流しようと色々模索してます。もちろん、千尋さんも参考にしてますっ!」
「ホントにっ!?ありがとう~っ!」
「さすが菜調さん、自己研鑽を惜しまないんですね~」
「マサもそれで良いんかいっ!」
「厄介なファンにはなりたくないんで」
とりあえず、場が丸く収まったようなので一安心。それにしても、菜調のことを話している青井は特に嬉しそうだった。顔が赤くなっているようにも見える。それだけ彼女が愛されているのは、プロデューサー冥利に尽きる。
智歩はすっかり、雑談を楽しむムードに呑まれそうになっていた。その時、注文していたカフェモカがテーブルに到着。コーヒーの香りで目が覚めて、本来の目的をはっきりと意識する。
暖かいコーヒーカップに口づけ。甘くて少しほろ苦いエネルギーが脳に満ちていく。頭にしゃきっとリセットをかけてから、カップを”かちゃん”とテーブルに置く。自然と背筋を伸びる。
「2人とも、”新蛇祭”が中止になったことは知っていますよね?」
「もちろんです。菜調さん、大会に向けてあれだけ努力されていたのに……」
「災難だったよね……。それに、ダンサーじゃないけどあの大会で有名になった芸者が知り合いにいるから、そういう機会が減るのもショックだよ」
「はい。新蛇祭は私達の大切な目標であり、たくさんの人の夢を支える大会だったんです。……だから、私がそれに代わる新しい大会を開きますっ!」
智歩は両手をぎゅっと握り、まっすぐに想いを言葉に乗せた。無茶苦茶な話をしている自覚はあったが、2人とも真剣に話を聞いてくれていた。
智歩は資料をテーブルの上に広げながら、話せる限りのことを2人に説明した。
「……ということで、お二人にも『NEO蛇祭』開催にご協力いただきたいんです」
智歩は再び、背筋を伸ばして2人の表情をうかがった。
いくら友人とはいえど、重要なプロジェクトの話になると、どうしても緊張してしまう。
先に口を開いたのは、赤城だった。
「伝わったよ、智歩Pの想い。アタシも菜調ちゃんが大舞台で踊るところを見たいし、世界中の色んなパフォーマーが光を浴びる機会も守りたいからね。アタシなりに、ファンや関係者に呼びかけてみるよ。……でも、1つだけ条件がある」
「はいっ、できる限りのことはしますっ!で、条件とは……」
「構想に『蛇人以外のパフォーマーの参加も積極的に受け入れる』って項目があったよね?あれは絶対に実現してほしい。智歩Pや菜調ちゃんは友達で恩人だけど、協力する理由が
赤城は真剣な目つきで話した後、天真爛漫な笑顔を戻す。
「……って、最初からそのつもりだからアタシに声をかけたんだよね」
「勿論ですっ」
「じゃあ交渉成立だっ!百人力の活躍に期待しておくんだぞーっ?」
赤城と握手を交わすと、今度は青井が口を開く。
「大会がないなら作るなんて……。やっぱり、菜調さんの最高の相棒ですね、高崎さんは」
「え?」
「夏祭りの前に菜調さんに稽古をつけてもらった時、ボクは彼女に何度も話しかけました。基本的にはクールな反応だったんですけれど、高崎さんの話題の時だけは、少しだけ饒舌だったんです。菜調さんにとって、高崎さんはとても大切な存在ということが伝わりました。そして、今の話でそのことを――高崎さんが隣にいたから、菜調さんが道を切り開けたということを再認識しました。高崎さんは
青井はうつむきながら話した。その表情は前髪に隠れていてうかがえなかったが、少年は力強く語った。
一呼吸置いてから、彼は顔を上げた。
「話が逸れちゃいましたね。ボクも全力で協力します。ボクの舞は場所や手順が定められた儀式なので大会で披露することはできませんけど、署名を集めるみたいなことなら頑張りますっ!」
傷だらけの腕が差し出され、青井とも握手を交わした。
智歩はもう一度、カフェモカに口づけした。コーヒーの苦みにミルクや砂糖のまろやかさが溶け込んで、奥深い味わいになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます