『鋼の志 ― 自律なき組織が消えるとき』
@zuisyosakushu
理念を持たぬ者たちの行き着いた果て――そのとき、あなたは何を選ぶか。
タイトル
『鋼の志 ― 自律なき組織が消えるとき』 理念を持たぬ者たちの行き着いた果て――そのとき、あなたは何を選ぶか。
登場人物
浜川:アジア製鋼(株)の一期生にして、初代プロパー社長。主人公
明智:アジア製鋼(株)プロパー。浜川派の大番頭だったが、最後は浜川を裏切って東亜製鉄(株)役員
武智:浜川派にて自律主体性を確立した若手。浜川の高校・大学の柔道部の後輩。浜川をしたってアジア製鋼(株)に入社
辻:父親は東亜製鉄(株)の副社長。自律主体性のないプロパー社員、日和見で東亜製鉄(株)従属派
石原:東亜製鉄(株)からアジア製鋼(株)に派遣されている傑物
浜川の経営の才を認めるが故に、浜川をつぶしにかかる
弥勒:銀座のママ。浜川の知恵袋。業界と東亜製鉄(株)の内部事情に精通
文殊:弥勒の幼馴染にて浜川の秘書。大義のない男どもの嫉妬まみれの権力闘争にへ奇癖している。
キャラクター 象徴するもの
浜川 理念に生きる理想のリーダー/自律主体性
明智 利害と機会主義に揺れる参謀/転向知識人
辻 日和見主義の凡人型社員/同調圧力の化身
石原 旧体制の代理人/計算された合理主義
弥勒・文殊 市井の智者/外部からの“内なる声”
武智 随処作主、立処皆真の実践者/武士
目 次
プロローグ
第1章「名もなき巨人の胎動」 第6章「志は帳簿に勝てなかった」
第2章「甘き炉心は毒となる」 第7章「空洞化する魂」
第3章「鏡の鋼で世界を写す」 第8章「鋼の夢、軍靴に踏まれる」
第4章「志、壁に阻まれる」 第9章「志なき土壌に、芽は育たぬ」
第5章「火を消すか、火に焼かれるか」 あとがき
プロローグ
これは、一つの企業の栄枯盛衰を描いた物語である。 だが同時に、それはあなた自身の物語かもしれない。
経済合理性だけを武器に進む組織に、果たして未来はあるのか? 「自分の頭で考え、自分で決断する」ことを貫いた一人の男と、彼を支えた者たち。 やがて彼らの声はかき消され、組織は静かに、そして確実に死を迎えた――。
これは過去の記録ではない。 今も働くすべての人に向けた、問いかけである。
あなたの職場に、“志”はありますか?
本作に登場する企業・人物・出来事はすべてフィクションであり、特定の企業や個人を描写したものではありません。 ただし、戦後日本の鉄鋼業界における合併・吸収・支配構造・理念の欠如といった実際の歴史的文脈を踏まえ、寓話的に再構成しています。 読者の皆さまには、現実と虚構の狭間にある“構造の真実”を読み取っていただければ幸いです。
あくまでも、一社に限定されるものではなく、日本の戦後産業構造や意思決定の縮図として描いたフィクションです。
第1章「名もなき巨人の胎動」
リード文: すべての物語には、静かなる始まりがある―― 理念なき企業の誕生は、希望か、それともほころびの始まりか。
問いかけ: あなたがいる組織には、生まれた意味や志がありますか? 「なぜ存在するのか」を、誰かが明確に語ってくれたことはありますか。
アジア製鋼(株)は、A社とB社が合併して設立された中堅鉄鋼メーカーだが、その設立目的は単なる経済合理性を求めた結果であって、設立に際しての熱いパーパス”志“のようなものはなく、最後までパーパスを産むことなく消滅してしまった。
合併した初年度こそ、後にアジア製鋼(株)初のプロパー社長となった浜川のような有脳な人材が入社したが、その後は、浜川を超えるような人材は入社せず、また浜川の後継者を育てる事も出来なかった。
パーパスなき会社には、自律主体性のある社員を育めるような社風も存在しなかった。アジア製鋼(株)設立以来、実質的な親会社の東亜製鉄(株)の顔色をうかがうような社風が蔓延し、経営の意思決定は同社の思惑に左右され続け、最終的には東亜製鉄(株)の利益最大化という経済合理性の大義名分の基に消滅してしまった。
同社の軛から脱し、世界のステンレスメーカーとして飛躍できるかもしれないチャンスがあったにもかかわらず、結局その機会をつかむことができず、また、高炉から電炉への移行もできず、消滅してしまった。
その原因を明確にすることで、いかにパーパスなき会社では、自律主体性のある社員が育たないか、延いては経営幹部も育たず、傑出した社長も輩出できないことをお伝えしたい。また、自分視点に原因をもどせば、いかに「自分の頭で考え、自分で決断」し、「行動する」ことこそが、人生の主人公として、自律主体性を育むことに必須な心構えであるかを理解して欲しいと思う。
このストーリーが、読者諸氏が人生100年を生きるための大宗を占める会社員生活を、自分らしく有意義に過ごすために、今、何をなすべきかを考え行動する一助としてお役にたてれば幸いである。
人生の転機に直面した時の究極の選択は、「環境を変えるか、自分が変わるかの二者択一」と言われている。
早いうちに自律主体性の自我を確立していれば、環境を変える時も主導権を取れる。禅宗の臨済録には、『随処作主 立処皆真』とある。
そして、謙虚たれ!!!!
1-1アジア製鋼(株)設立の経緯
合併前のA社は東亜製鉄(株)から、羊羹のような鉄のスラブを購入し、それを圧延し薄くしたものをコイル状(帯鋼)にして販売、もしくは、それを切断し切り板にして販売していた。一方B社はコイル状の帯鋼をアジア製鋼(株)や東亜製鉄(株)から購入し、帯鋼の表面に亜鉛メッキをして販売していた。その両社が東亜製鉄(株)の仲介もあり、帯鋼の上工程製品を手にするため、巨額の設備投資し高炉からの一貫工場となり鉄源を確保することを目的として、合併することを決定した。
1-2第1期生 浜川の入社
アジア製鋼(株)初のプロパー社長に就任する浜川は、第1期生の入社だった。
中学、高校、大学と柔道部のキャプテンを勤め、生来リーダーシップのある男だった。高校、大学時代を共に柔道部で過ごした友人の一人は、「浜川は“信念の人”だった。何事にあたってもいつも確固たる判断の尺度を持ち、中途半端な妥協を極端に嫌った。強烈な意志の力のもとで決して情緒に溺れることなく自己を厳しくコントロールできる人だった。筋の通らないことは上司であれ先輩であれ、相手が誰であっても決して許さない。この厳しさや頑なさがあったからこそ、周りのものにとっては、彼が何者にも代えがたく頼もしく感じた。」
また、他の一人は「浜川ほどここ一番という勝負処で勝負強い人を他に知らない。研ぎ澄まされた深い読みに加え、勝負の勘所を押さえるということでは天才的なひらめきをもっていた。そしてここぞというところでの決断力や思い切りの良さは浜川の真骨頂だった。苦しくなればなるほど浜川は勝負強さを発揮した。大番狂わせや逆転劇はお手の物。どんな場面でも私は、浜川が勝利を収めることを信じて疑ったことはない。」
さらに、別の一人は、「浜川は単に厳しさや強さだけの人ではなかった。私たち友人には、浜川は何にもまして“深い思い遣りの人”として心に焼き付いている。まだ十代の若者であった頃から、浜川が時折みせる他人への細かい心遣いには何度も教えられた。私たちが何かで躓いたり、苦境に立った時、浜川はいつも誰よりも先に救いの手を差しのべてくれた。」「50年近い浜川との交友を通じて何よりも心が打たれるのは、浜川の周りにはいつしか幾重もの“人の輪”が拡がること。表の厳しさの裏に秘められた心の温かさは誰も見逃さない。そして浜川の周りに自然に集まる“人の輪”こそが浜川の財産だった。」
大学の後輩で浜川を慕ってアジア製鋼(株)に入社した武智は、「決して多弁ではなく、少し不器用なはにかみ屋に思えたが、やんちゃな振る舞いとポツリと発する一言に独特の節があり、妙に存在感があった。目的完遂のためやるべきこと、やらねばならぬ仕事の唯一点にフォーカスを絞り、他は全て枝葉末節とした。鋭い感性と非凡な才覚でこれを貫かんとし、姿勢の乱れは先ず見せなかった。浜川さんは決して犯されざるべき人間個々の尊厳を最も大事とし、厳しくフェアーに爽やかにぎりぎりの線で挑みかかる類まれな熱血漢であり手強くもあり頼もしくもあった。」
かくも傑物である浜川を第1期生として迎えることができた事は、アジア製鋼(株)にとって天の配材であった。鉄鋼業界No1企業の東亜製鉄(株)からも誘いがあったにもかかわらず、なぜか浜川は、新星のアジア製鋼(株)を選択した。
しかし、アジア製鋼(株)はこの天祐を生かすことが出来なかったのは何故か?
彼の社長就任時のモットーは、“Fair & Reasonable ”であった。
なお、最後まで浜川を支えた営業の武智は、高校、大学、柔道部と浜川の後輩であり、浜川を慕ってアジア製鋼(株)に入社したのだった。最後に、浜川を裏切った明智は武智の上司だった。
また、父が東亜製鉄(株)の副社長であり、父親のコネでアジア製鋼(株)に入社した辻は、武智と同期入社であり、当初は浜川派だった。
1- 3 東亜製鉄(株)の思惑
東亜製鉄(株)が、アジア製鋼(株)設立を仲介し支援した背景には、次の思惑が隠されていた。
アジア製鋼(株)を、業界における東亜製鉄(株)の惑星のように位置づけ、”生かさぬよう殺さぬよう”支援し育てながら、業界他社もけん制できる。そして、いざという時の“質ゴマ”とキープすることで、東亜製鉄(株)の経営が苦境に陥った時には、アジア製鋼(株)および同グループ会社を取り込み、または資産売却することで、同社および同社グループ企業の経営を安定化に寄与させる。
東亜製鉄(株)の支配手段は、出資比率は一桁に抑えることで、アジア製鋼(株)社員のやる気をそがないと同時に、出資金をセーブする。アジア製鋼(株)の社長以下経営の中枢に、同社の人間を送り込んで指揮命令系統の中枢を支配する。アジア製鋼(株)には経営の自主支配権を与えず、社内で自律主体性のある人材が育たないような社風を醸成する。
アジア製鋼(株)に部長時代から送り込まれている石原は、東亜製鉄(株)でもエース級の人材であるが、浜川の動きを押さえるために、同社からアジア製鋼(株)に派遣されていた。今は副社長である。
アジア製鋼(株)は、独立性は持ちつつも、東亜製鉄(株)の意向を強く受ける立場にあり、経営人材の自律的な育成よりも「従順さ」が重視されてきた。
武智のような独立志向の人材が評価されない構造が、辻のような日和見的で受け身的な人材の連鎖を生んでしまっていた。アジア製鋼(株)が、自律主体的な人材を育てらられなかったのは、制度・文化・人事・戦略の全てが「異能を育てる」方向に向いていなかったばかりか、むしろそうした人材が現れた場合には「排除」や「左遷」の対象になっていた。
第2章「甘き炉心は毒となる」
リード文: その支援は、贈り物か、毒饅頭か―― 力を借りて得た武器は、やがて自らの自由を奪う。
問いかけ: 今のあなたが頼っている“支援”や“仕組み”は、自由をもたらしていますか? それとも無自覚な依存を招いていませんか。
新星のアジア製鋼(株)は、早速上工程を増設するため、舞鶴にグリーンフィールドから製鉄所の建設を開始した。舞鶴製鉄所である。
アジア製鋼(株)の初代社長には、東亜製鉄(株)の副社長経験者が派遣された。
高炉の建設および操業に関しては、東亜製鉄(株)から派遣された社長の指揮命令下、東亜製鉄(株)の全面的技術協力(建設&操業)支援の下に行われた。
東亜製鉄(株)の真意は、前章でも述べたとおり、最初からアジア製鋼(株)を“質ゴマ”として利用するということにあった。その支配を完全なものとするためにアジア製鋼(株)に高炉をもたせ、操業を支援する一方で、その原料となる鉄鉱石と原料炭の調達に際しては、数量や価格面で干渉できる余地を残した。
アジア製鋼(株)の社員たちは、この東亜製鉄(株)の深謀遠慮を知る由もなく、悲願の高炉一貫メーカーに脱皮できる事を喜び、地元も関連会社を含めて、約三千人からの雇用が生み出されたことで、東亜製鉄(株)に心から感謝した。
しかし、実際には、アジア製鋼(株)は、東亜製鉄(株)から人的支配を受けるだけでなく、高炉(原料の調達も含む)というアキレス腱をも握られる結果となり、今後の経営の自由度を失うことになってしまった。
ただ一人、浜川だけは、この東亜製鉄(株)への依存度が増すことに一抹の不安を感じながらも業務に励んでいた。浜川の行きつけの銀座のママさんが弥勒。浜川が疲れた時の愚痴の聞き役でもあり、業界情報や東亜製鉄(株)の裏情報を浜川に秘かに耳打ちしている。東亜製鉄(株)側の真意は、弥勒から知らされていた。また、浜川の女性秘書である文殊は、奇しくも弥勒の小学校からの幼馴染であった。文殊は、男どもの嫉妬うずまく社内の権力闘争に癖壁しており、弥勒とのたまの海外旅行が唯一の息抜きであり、楽しみであった。
浜川には、生来、私欲というものがなく、ただただ、アジア製鋼(株)の従業員が幸せに,生き生きとした生活を送れることを願い、仕事に工夫・改善を加えることが楽しかった。また、目先の事だけでなく、先を見通す力もあったが、社内の政治な駆け引きを嫌った。文殊も浜川の悟った姿を好んでいたが、周りの人間はそうではない。煩悩まみれの凡夫であることを、もう少し、浜川に知って欲しいと、陰ながらイライラしていた。弥勒との海外旅行中でも、二人の話題の中心は、浜川を取り巻く社内の人間模様の分析であった。
第3章「鏡の鋼で世界を写す」
リード文: ステンレスは、曇りなき鏡となる―― 自社の力、社員の想い、それは世界に映るだろうか。
問いかけ: あなたの仕事は、誰かの心に届いていますか? 自分の価値や技術が、世界に通じると信じられますか。
アジア製鋼(株)は、高炉による普通鋼の生産に加えて、ステンレス鋼の生産も開始した。日本で初めてのタンデム圧延での大量生産に成功し、ステンレスのコストダウンに成功し、ステンレスの大衆化に大いに貢献した。試行錯誤の結果、日本ではステンレスのトップのシェア―の地位を獲得していた。浜川は、ステンレスの世界で覇権を握ることで、東亜製鉄(株)の軛から逃れ、アジア製鋼(株)としての経営の志を確立しようと考えていた。明智も浜川の意図を察し、ステンレスの国内営業と輸出の拡大に必死に取り組んだ成果であった。
彼らの努力が実り、ついにアジア製鋼(株)が日本でのステンレスのトップシェア―を握るに至った。この時、スペインの投資銀行から、スぺイン国内でステンレス鋼の製造販売会社を作りたいという計画が持ちこまれ、日本でステンレスのトップシェア―を握るアジア製鋼(株)と東亜製鉄(株)に相談があった。東亜製鉄(株)の経営にとっては、ステンレス鋼の優先順位は劣位であるだけでなく、海外投資並びに技術協力など全く視野になく、即断った。
他方、スペインや欧州域内に相当量のステンレス鋼を輸出していたアジア製鋼(株)でも、スペインがステンレスを現地生産すると同社からの輸出が減る危惧があることや、ステンレス鋼の生産ノウハウが同国に流出してしまう危険性があるということで、反対する役員が過半数を占めた。しかし、浜川は、ステンレスで世界覇権を握ることで、国内での東亜製鉄(株)からの軛から逃れる流れを作ることを考えており、さらには、スペインでのステンレス製造をグリーンフィールドから立ち上げ支援することで、アジア製鋼(株)の従業員の現場能力が磨かれ、成功すれば自信がつき自己充実につながり、自律主体性が身につくと社内の説得にあたった。
「自分の頭で考え、自分で決断できる」人の育成を、海外という国内よりもさらに厳しい環境で行うことに意義があると主張した。
このような浜川の必死で粘り強い説得が功を奏し、当初反対していた東亜製鉄(株)から派遣されてきた石原も賛成にまわった。石原が賛成に回った背景には、アジア製鋼(株)のステンレス技術陣への信頼が出来ており、必ずや成功させ、同社の海外資産を増やすことで、最終的には東亜製鉄(株)の経営に資するであろうとの読みがあった。アジア製鋼(株)は、このスペイン投資銀行からの要請を受けて、10%程度の出資と、工場のグリーンフィールドからの建設・操業指導を行った。この会社は、スペイン国内で順調に拡大したのみならず、南アと北米にもステンレスの合弁会社を設立し、それらの生産量の合計では、アジア製鋼(株)をはるかに凌駕するまでに育っていった。
また、アジア製鋼(株)は、浜川の指揮下で、このスペインだけでなく、ステンレスの操業技術援助を世界に向かって積極的に展開し、韓国・中国・インド・米国・ルーマニア・英国の各ステンレスメーカーとソフトアライアンスを組めるまで関係を深めた。さらには、全世界のステンレスメーカーの国際フォーラムを形成するに際しても、主導的な役割を果たした。その初代会長には、アジア製鋼(株)の会長(元東亜製鉄(株))が就任している。
東亜製鉄(株)も自社にステンレス部門を抱えていたが、ステンレスの海外展開は全くできておらずといよりも、普通鋼を経営の柱としているので、ステンレスは傍流であった。しかしながら、日の丸を背負っていると自負している同社としては、アジア製鋼(株)がステンレスの世界で、国内外で存在感を増していくことを苦々しく思うとともに、アジア製鋼(株)での高炉鋼の売り上げ比率が落ちていくことを警戒していた。それは、アジア製鋼(株)内での東亜製鉄(株)のプレゼンスの低下を意味した。一方、アジア製鋼(株)内部でも、高炉鋼の製造販売を主体としたグループと、高炉を使用せずに電炉で製造できるステンレス鋼を主体としたグループに派閥が2分されつつあり、浜川は、アジア製鋼(株)プロパー社員の中で,分断が生じることを危惧していた。
高炉鋼主流グループは、必然的に東亜製鉄(株)への依存性が強い傾向があった。
このような情勢下でも、明智は、一貫して浜川を補佐し、ステンレスの海外展開や国内でのシェア―拡大に率先垂範で貢献し、浜川の信頼を勝ち得ていった。
武智も、過去に囚われることなく、未来を憂うることなく、今、ここ、アジア製鋼(株)の救世主、浜川のためになることを、精一杯全力で務めていた。
他方、同期の辻は、結果のみを気にし、武智よりも早く昇進することのみを願っていた。
第4章「志、壁に阻まれる」
リード文: 理想は、常に“できない理由”とぶつかる。 志が真に試されるのは、最も論理的に否定されるときかもしれない。
問いかけ: あなたは「正論」に屈したことがありますか? そのとき、心に何が残りましたか。
浜川は、アジア製鋼(株)内で順調に昇進し、同期の中で最短で同社の常務取締役に就任し、経営企画の管掌になっていた。
彼がその経営企画の管掌役員時代に、スペインの投資銀行が、かつてアジア製鋼(株)が、建設・操業指導するなどグリーンフィールドから育ててきた国内ステンレスメーカーの株を手放したいのだが、浜川に買わないか?と打診してきた。
浜川は、同社が世界一のステンレスメーカーを目指すために、このスペインの投資銀行が保有している株を買いとり、スペインのステンレスメーカーの発行済み株式を51%まで買い増すことで、一挙に連結対象子会社にしてしまおうと考え、同社の役員会に諮った。このスペインのステンレスメーカーは、海外進出に成功しており、南アと北米にステンレスの製造販売拠点を有しており、アジア製鋼(株)が同社を連結対象子会社にできれば、その海外拠点も入手でき、今まで、アジア製鋼(株)が海外に築いてきたソフトアライアンス先との連携を強め、海外戦略を一挙に具現化する好機を掴むことができるのだ。
米国のクランボルツ氏が、プランドハップンスタンス理論で次のように述べている、「キャリアというものは、偶然の要素によって8割が左右される。偶然に対してポジティブなスタンスでいる方がキャリアアップにつながる。」この考え方を取り入れて、実践する社員は前向きで、積極性がある行動ができ、高いモチベーションや積極性を持つ傾向がある。そのため、この理論は、組織風土を改善する手法としても有効になる。浜川はこの理論を知っていた。
役員会は紛糾した。東亜製鉄(株)から送り込まれて役員に選任されていた石原は、東亜製鉄(株)の消極的対応の意向をくみ、「51%まで株を買い増すことはアジア製鋼(株)の売上規模では、経営リスクが高すぎる。」と反対した。また、東亜製鉄(株)従属派のプロパー役員の一人は、「経営支配権を握り、スペインに乗り込んで会社を経営できるような人材は当社にはいない。また、国内の生産で手いっぱいで、海外に技術者を出せるような余力はない。」と反対した。財務担当役員は、当時、国内での財テク失敗の清算のため多額の資金を必要としており、とてもそのような買収資金を調達する余裕はないと反対した。組合もまた、操業指導のために、現場労働者をスペインに駐在させることは、生活環境が激変するとして反対した。
最終的には、浜川の51%超取得による連結対象子会社化案は役員会で否決され、結局中途半端に20%程度まで当該株を買い増すことの妥協が成立した。
世界一のステンレスメーカーを目指すというパーパスを設定・具現化することで、従業員のやる気を引き起こし、アジア製鋼(株)の一体感を醸成することにより、自律主体性のある社員「自分の頭で考え、自分で決断する」を育てようという浜川の目論見は、東亜製鉄(株)の間接的な干渉もあって阻止されてしまった。また、アジア製鋼(株)社内も、浜川を中心とした東亜製鉄(株)の支配から脱却しようという“独立派”と、東亜製鉄(株)から送り込まれた社長以下の役員を中心とした“従属派”に分かれて対立を深めていった。もちろん、前章にても記載したが、アジア製鋼(株)内の高炉派(普通鋼)と電炉派(ステンレス鋼)の勢力争いもあり、高炉派からの妨害もあった。
仮に、アジア製鋼(株)設立時に、社員が一体となれるパーパスが存在すれば、出来ない理由を並べ立てる反対勢力があっても、それを乗り越え、説得するための強力な推進力になるのだが、残念ながらアジア製鋼(株)にはそれがなかった。
浜川は会社が一丸となれるパーパスの必要性を認識しており、アジア製鋼(株)としてのパーパスを構築しようと試みてきたが、ことごとく、失敗してきた。
浜川には人望はあるもの、従業員を狂信化させるようなカリスマ性には欠けていた。
このころの浜川のストレスはピークに達しており、大番頭として頼りにしていた明智と大学の後輩で腹心の部下でもある武智、そして、武智と同期の辻らと連れ立って、銀座の弥勒ママのところで飲む機会が増えていった。
この四人組でさえ、それぞれの想いは異なり、一枚岩ではなかった。一人ひとりの価値観が異なる中で、共感的理解を得たパーパスがないために、最後は、各自の損得が優先されることになった。弥勒はつくづく思った。「事実は一つでも、その事実を解釈する嘘偽りのない真実は、人数分存在する」と。
第5章「火を消すか、火に焼かれるか」
リード文: 組織の中に宿る火―― それは希望の光か、呪縛の炎か。 その火と、どう向き合うかが人を分ける。
問いかけ: 今、変えたいけれど変えられない「何か」はありますか? それを前にしたとき、あなたは傍観しますか、行動しますか。
SDGsの影響もあり、高炉を電炉に変えようという動きがアジア製鋼(株)社内でも湧きおこっていた。浜川は、これこそが、東亜製鉄(株)の軛から逃れる千載一遇の機会ととらえた。
舞鶴製鉄所の炉容が小さくて非効率な小型高炉を自ら倒してしまえば、その原料である鉄鉱石や石炭を海外から購入する必要もなくなり、高炉の巻替え時の建設、高炉が不調になった場合の操業支援や原料調達面の支援を東亜製鉄(株)に求めなくて済むのだ。電炉は鉄スクラップを主原料とするため、調達の自由度が高く、東亜製鉄(株)の供給網からの自立が可能になる。
また、アジア製鋼(株)は、ステンレスを電炉で製造しているため、電炉に関する技術的な知見も豊富に有していた。
東亜製鉄(株)出身の社長や、従属派の役員および社員は、高炉を電炉化すると、「自動車向けの高級鋼材は電炉では作れない。電炉鋼のみでは現在の自動車向けの営業から撤退することになり、売り上げが激減する。」と反対した。また、高炉操業の技術者は、高炉をなくしてしまうと、電炉操業のステンレス技術が優遇されると保身にはいった。ステンレス鋼は電炉で製造されているからだ。
また、組合も反対した。高炉操業に配属されている現場従業員が他職場に配転されることを嫌った。さらには、高炉操業に際して排出されるノロを処理する関係会社や地元の下請け業者も仕事がなくなると強力に反対した。
人望があり、プロパー社員から絶大な信頼を得ていた浜川をもってしても、これらの社内の反対勢力を説得することは難しかった。結局、小型高炉操業は継続された。
当時、同社の経営が安定し、利益が出ていたことも、この大変革の妨げとなった。
この舞鶴製鉄所の高炉は、炉容が小さく、生産性が劣るものだった。東亜製鉄(株)内では、この舞鶴製鉄所のような小高炉は全て廃炉していたにもかかわらず、第1章で記載した同社の思惑があるため、この小高炉の存続を支持し、電炉化に反対したのであった。同社にとっては、電炉化に反対したことは、得意の経済合理性を無視した意思決定でもあった。「覇権主義」に大きく舵を切っていた同社が、“東亜製鉄(株)ファースト”の意思決定を下すのは当然のことだった。
仮に、アジア製鋼(株)が、第4章で述べたステンレスの世界戦略を実施し成功していたならば、アジア製鋼(株)の売上げ全体に占めるステンレス鋼の比率は上がり、高炉鋼の売り上げ比率は相対的に低下していたはずである。すなわち、アジア製鋼(株)にとって、高炉操業を維持する経営的重要度が低下していたならば、同社内の高炉から電炉へ反対行動も違った動きを見せたと思われる。また、浜川の社内に対する説得工作も別視点から強力に実行できたはずだったが、今更、過去を変えることは出来るはずもなかった。
ガンジーは言った。「結果を考慮せず、ただ行為のみに専心せよ」と。
アジア製鋼(株)の自律に向けて残された時間はますます無くなってきていた。
このことを認識できていたアジア製鋼(株)の人間は、浜川以下ごく少数であった。
第6章「志は帳簿に勝てなかった」
リード文: “合理性”という名の剣は、時に理念を切り捨てる。 数字だけを信じたとき、組織の心はどこへ消えたのか。
問いかけ: 数字で測れない「価値」を、見失っていませんか? あなたにとっての“本当の成果”は何ですか。
中国鉄鋼業の台頭により、東亜製鉄(株)は、アジア製鋼(株)ならびにそのグループ会社の存在を許容する余裕がなくなってきていた。アジア製鋼(株)発足時当時は「王道主義」を行動規範の一つと考えていた同社も、今や、「覇道主義」を唱え、実践しないと同社でさえも生き残れない時代を迎えていた。東亜製鉄(株)並びに同社グループの収益確保のため、アジア製鋼(株)および同グループ会社の商権を一挙に取り込み、東亜製鉄(株)と一体化させることで、一挙にグループ会社をも含む経営の効率化を進めることとした。すなわち、アジア製鋼(株)という“質ゴマ”の換金化に向けて、ついに舵をきってきたのだ。東亜製鉄(株)が、満を持して”覇道主義“にスイッチを入れたのだった。弥勒は、この東亜製鉄(株)の動きを事前に察知しており、浜川にはその懸念を伝えていた。にも拘わらず、アジア製鋼(株)の対応は、従来通りの甘えの構造に基づく受け身的なものに終始した。
6-1 連結対象子会社化
東亜製鉄(株)は、第一段階として、アジア製鋼(株)の上場は維持させるが、その持ち株比率を51%まで高め連結対象子会社化にすることを、アジア製鋼(株)の経営陣に打診してきた。
その時、アジア製鋼(株)初のプロパー社長に就任していた浜川は、「当社グループの利益マックスと東亜製鉄(株)グループの利益マックスがコンフリクトを起こした場合に、東亜製鉄(株)はどう動くと思うのか?当然、自社グループの利益マックスを優先するはず」と反対したが、財務部門は、「少数株主の権利が阻害されることは、大株主といえどもできません」とアドバイスした。また、東亜製鉄(株)は、「もし、貴社が連結対象子会社化の提案を拒否した場合には、鉄鉱石と原料炭の購入に際して、今までのような支援はできないし、高炉の巻替えや操業支援も止めるし、役員も引き上げる」と脅してきた。
アジア製鋼(株)は、鉄源という人質を東亜製鉄(株)に取られているため、渋々ながらも、舞鶴製鉄所の存続、即ち高炉操業の継続を条件として東亜製鉄(株)の申し出を受けざるを得なかった。(その条件は書面化されることはなかった。)
連結対象子会社化という形で、アジア製鋼(株)の上場は維持されたものの、東亜製鉄(株)側の出資比率が増したことにより、役員の構成は、東亜製鉄(株)出身者と同社への従属派のプロパーの合計役員数と、浜川社長派の役員数がイーブンになっていた。
この時点でも、アジア製鋼(株)の経営は黒字を維持しており、内部留保の貯えもあったにもかかわらず、浜川をはじめとした独立派の経営支配権は弱体化していた。
この情勢変化により、今まで浜川派だった辻は動揺していた。失脚するかもしれない浜川につくよりも、過半数を占める大株主の東亜製鉄(株)から派遣されている石原派についた方が得ではないのか?
結果として、アジア製鋼(株)の人材層は弱体化し組織崩壊が加速した。
6-2 完全子会社化
東亜製鉄(株)は、アジア製鋼(株)の連結対象子会社化後も、時をおかずして、アジア製鋼(株)を完全子会社化し、同社の上場を廃止することを提案してきた。
少数株主の権利主張を認めなくさせることが目的であり、プロパーで初めて社長となっていた浜川や独立派の役員は反対したが、東亜製鉄(株)側は、中国状況の激変を理由に、強硬姿勢を崩さなかった。浜川派の大番頭だった明智も東亜製鉄(株)に取り込まれていた。
徹底抗戦を主張した浜川は役員会&株主総会で解任され、アジア製鋼(株)の完全子会社化が決定され、グループ内再編と効率化の名のもとに東亜製鉄(株)に吸収された。
最後に明智が浜川に反旗を翻した結果であった。実は、浜川は、弥勒と文殊から明智の動きがおかしいとの情報を得ていた。明智には、浜川を裏切れば、東亜製鉄(株)側から同社の副社長の椅子が用意されているとの情報だったが、浜川は最後まで戦友だった明智を疑わなかった。武智の同期である辻も明智と行動を共にした。
その後、浜川を支援した独立派の主要メンバーは全員、職を解かれた上で、アジア製鋼(株)はここに消滅した。浜川には、敗れたとは言え、アジア製鋼(株)および従業員のために、やれることはやり切ったという充足感があった。武智にも浜川を徹頭徹尾支えたという“武士”としての爽快感があった。アジア製鋼(株)を退職した浜川と武智は、ステンレスのコンサルタント会社を設立することを決めていた。また、彼らの力量を高く評価していた石川は、陰ながら支援することを申し出ていた。弥勒と文殊の女性二人は、男どもの嫉妬まみれの喧騒をのがれ、ハワイへと旅立つ準備に余念がなかった。もちろん浜川と武智も誘うつもりでいる。
ただ、「覇道主義」の東亜製鉄(株)だが、アジア製鋼(株)の連結対象校会社化から完全子会社化まで、東亜製鉄(株)が、かくも急いだのは、単にグループ内の経済合理性の観点だけだったのだろうか?
第7章「空洞化する魂」
リード文: かつて命を吹き込んだ高炉が、音もなく冷えていく。 組織の象徴が消えるとき、そこに残るのは何か。
問いかけ: あなたが「守っている」と思ってきたものは、本当に守るべきものでしょうか? それが壊れたとき、あなたはどう動きますか。
東亜製鉄(株)は、かつて舞鶴製鉄所の電炉化は反対したにも拘らず、今度は効率化という経済合理性の名のもとに、小型高炉で生産性の劣る同製鉄所の高炉の廃却を決定すると同時に、舞鶴製鉄所自体の閉鎖を発表した。舞鶴製鉄所の電炉化に反対したアジア製鋼(株)の組合は、結局、同所での働き口の全てを失うことになるのである。
第8章「鋼の夢、軍靴に踏まれる」
リード文: 夢を見た土地に、別の未来が築かれてゆく―― 志が消えたその跡地に、人は何を植えるのだろうか。
問いかけ: あなたが築いたものが誰かに譲られるとき、何を遺したいですか? その「足跡」は、次の誰かにとって道標になりますか。
その後、東亜製鉄(株)は、舞鶴製鉄所跡地の防衛省売却を発表した。
この跡地が、軍事拠点化することを畏れた京都府と舞鶴市は、『エネルギー産業拠点化構想』を策定し、経済効果を計算し公表した。
一方、東亜製鉄(株)は米国の製鉄メーカーの買収を仕掛けていたが、政治問題化したこともあり交渉は難航したため、日本国の政府支援を依頼していた。また、首相の訪米時に、米国大統領への本件に関する口添えも内々にお願いしていた。結局、政府交渉では埒が明かず、東亜製鉄(株)の経営トップ自ら米国政府と直談判し、同鉄鋼メーカーの完全子会社化を実現した。この背景には、米国と共に中国鉄鋼業に対抗することで、日本国の製造業の復権に資するという東亜製鉄(株)経営トップの強い“志”が存在した。並の“サラリーマン経営者”であるならば、社内の反対論に抗しきれず、目先のリスク回避を最優先し、早々に対米交渉から撤退する事を決断していたはずである。
第9章「志なき土壌に、芽は育たぬ」
リード文: 組織が人を育てるのではない。 育つ人を生かす土壌が、あるかどうか――
問いかけ: あなたの職場には、
9-1 パーパスなき社風
東亜製鉄(株)の間接支配を受ける中で、社員のやる気を引き出すパーパスもなく、「こと無かれ主義」が蔓延・社風となり、「リスクをとって何かをやりとげたい」という若手が入ってきても、この社風に失望し辞めていった。
アジア製鋼(株)の長年の経営戦略は「品種構成の改善による高付加価値化と外注化比率の向上による製造原価の低減」であった。これでは、若手の創造性やチャレンジ精神を高まるのは難しかったであろうと容易に想像がつく。
実力よりも「誰の系譜か」が重視される文化が根強く、異端や改革志向の人材が埋もれやすかった。また、挑戦よりも現状維持が評価される傾向があり、浜川のような「直言型・突破型」の人材が育ちにくい土壌だった。
9-2 自律主体性のない社員
仕事が与えられても、「自分の頭で考え、自分で決断する」ことはなく、上司に指示をあおぎ、うまくいかない場合は、上司のせいにして、自問自答することのない、受け身的な社員がどんどん増えていった。その中で、口先だけで上司にゴマをするのが得意な人、「No action talking Only」の輩が出世していった。また、幹部社員として東亜製鉄(株)から派遣された役員のご機嫌伺いの上手な社員が昇進していった。
9-3 競争無きぬるま湯体質
プロパー社員同士、お互いに傷をなめ合うだけで、東亜製鉄(株)から派遣されてくる役員に対し、浜川や武智を除いて、同社の現状を把握した正論を発する幹部社員はほとんどいなかった。
2流の人は、1流と2流を見分けることができるが、1流にはなれない。
3流は、1流と2流と見分けることが出来ず、2流にはなれない。
2流の人は、3流の人と組んで1流を追い出すので、結果的は2流と3流しか残らない。
『「自分は何が得意か」「何が好きか」は、競争があるからこそ見えてくる。競争があるから自分の居場所がわかるのだ。そしてお互いに違いが観えて、それぞれの個性にあった生き方をすることが出来る。競争がないと、皆が同じような方向を目指し、人と代り映えのしない自分の個性を発揮できない、つまらない人生を送ることになる。』(古森重隆氏)
以下に筆者が好きな方々の金言を追加する。
〇岡本太郎氏
「日本の調和というと互譲の精神になり、自分をためて、その代わり人にも少し降りてもらって、それで適当にやろうというのがハーモニ―、調和だと思っているが、それは間違い。徹底的に自分を主張し、その代わり相手にも徹底的に主張させ、後から足を引張りなんかしないで、高度なところで、火花を散らして対決すれば、大変高度な調和が出てくる」
〇 イーロン・マスク氏
「自分の仕事をきちんとこなせていない社員に優しくするのは、自分の仕事をきちんとこなしている何十人もの社員に対して優しくないことに等しい」
〇 スティーブ・ジョブズ
「1流のプレイヤーだけでチームを作る。多少は仕方がないと2流のプレイヤーを入れると、そいつがまた2流を呼び込み、気づいたら3流までいる状態になる」
「ヒーローには、リスクをとり失敗にめげず、人と異なる方法に自らのキャリアを賭けたクリエイティブな人が多い」(“Think Different”)
現実歪曲フィールド:カリスマ的な物言い、不屈の意志。目的のためには、どのような事実でも捻じ曲げる熱意が複雑に絡み合ったもの。
ウオルタ-アイザックソン氏が書いた「スティーブ・ジョブズ伝」
「いつまでも続く会社を作ることに情熱を燃やした。その会社とは、『すごい製品を作りたいと社員が猛烈に頑張る会社』
僕は、市場調査に頼らない。歴史のページにまだ書かれていないことを
読み取る。僕がいろいろできるのは、同じ人類のメンバーがいろいろしてくれるからであり、全て先人の肩に乗せてもらっているからだ。
そして、僕らの大半は、人類全体に何かをお返ししたい。
人類全体の流れに何かを加えたいと思っている。それは、つまり、
自分にやれる方法で何かを表現すること。僕らは自分が持つ才能を使って、心の奥底にある感情を表現しようとするんだ。僕らの先人が遺してくれたあらゆる成果に対して感謝を表現しようとするんだ。そして、その流れに何かを追加しようとするんだ。
そう思って、僕は歩いてきた。」
〇下村治氏『日本経済成長論』
「私の興味は、計画にあるのではなく、可能性の探求にある。誰かの作った青写真に合わせて国民の活動を統制するのではなく、国民の創造力に即して、その開発と解放の条件を検討すること。働く意思と能力を持った国民のすべてが、その能力を十分に生かし、それによって、西欧諸国民に劣らないような高い所得の機会を持ち得るような社会、貧しきものや不幸なものが生まれなくなるような社会、国民の高い創造力を自由に伸ばすことによって実現された豊かな経済力を、国民福祉の充実と文化的な国民生活の建設に充当しうるような社会、このような社会の建設が、我々の努力次第では夢でなくなろうとしている。」
〇「随処作主、立処皆真」(臨済録)/臨済宗妙心寺派の専任布教師 梅澤徹玄師
それぞれの置かれた立場や環境で、それぞれのなすべき務めを精一杯果たせば、必ず真価を発揮できる。私たちは、ともすれば、不遇や環境を嘆き、出来ない言い訳を他の責任にして、不満ばかりを募らせる。その瞬間、こころも行動も一か所に淀んでしまい、同じところをぐるぐると迷いの渦に沈んで行き先を見失ってしまいがち。まずは、自分の置かれた環境、条件、境遇をありのままに受け入れる。そうして一旦立ち止まり、今、この瞬間、自分にできる事、手を付けられることは何かをしっかりと見据える。そこを手掛かりとして一歩を踏み出し、後は、結果を顧みず、その瞬間その瞬間に全てを投げ出し、誠心誠意、たゆまず牛歩の如く取り組んでゆく。いつか気がつけば、思いもかけない成果を手にしていた!との真実を伝えてくれる一語である。
あとがき
「合理」は、企業を走らせるための車輪である。 だが、どこに向かうのかという“志”がなければ、それはただ回るだけの歯車だ。
本作が描いたのは、理念を持ち得なかった一つの企業の末路である。 そしてその組織を動かしていたのは、私たちと同じように悩み、迷い、沈黙を選んだ“人”たちだった。
あなたは、どこに立っているだろうか。 組織に流される側だろうか、それとも舵を取る側か。
志を持つとは、ただ高い理想を語ることではない。 自分の目と足で立ち、考え、動くことだ。
この物語が、ほんの一人でも、自分の働き方を誇れる人を増やすきっかけになれば、それ以上の望みはありません。
アジア製鋼(株)が、英傑の浜川をもってしても、東亜製鉄(株)の軛から逃れることができなかったのは何故でしょうか?
アジア製鋼(株)にも、少なくとも2度チャンスがありました。
スペインのステンレスメーカーの持ち株を51%以上まで買い増し、経営支配権を握った上で、世界のステンレスの覇権を目指す機会と、自ら高炉を倒して電炉化することで鉄鉱石と原料炭の調達から逃れられる機会です。
いずれの場合も、アジア製鋼(株)は、浜川の先見の明を生かすことが出来ませんでした。
それは、様々な利害関係や価値観、意見をもつ従業員を一つにまとめることのできるパーパスの欠如と、従業員一人ひとりが自律主体性を育み、リスクに挑むことの出来る様な社風を生み出すことが出来なかったことに原因がありました。
今のVUCAの時代は、ますます「自分の頭で考え、自分で決断する」事が求められます。臨済録にある「随処作主 立処皆真」の実践と謙虚さを読者諸氏に訴えると共に、VUCA下の人生100年を生き抜きましょう。
『理念なき合理に抗うために』
“合理的である”という言葉は、いつの間にか“正しい”という意味と同義になった。 だが果たして、すべての判断を経済合理性で割り切った先に、人は本当に幸せになれるのだろうか?
この物語の舞台となったアジア製鋼(株)は架空の存在である。 だが、そこに描かれた葛藤や挫折、希望や信念は、私たちのどこかに確かに存在している。
主人公・浜川は完璧な人物ではない。だが、「自分の頭で考え、自分で決断する」ことを貫いた。 それは時に孤独で、報われるとは限らない道でもあった。
私たちは、常に何かの“組織”の中で生きている。 組織に自分を合わせるのではなく、自らの志で組織を導くという生き方もある。
この物語が、読んでくださったあなたの“働く”ことへの向き合い方を、ほんの少しでも前向きに、そして誇りあるものにできたなら―― それ以上の喜びはありません。
最後に、GEの元社長、ジャック・ウエルチ氏の言葉を贈ります。
“Control your own destiny or someone else will.”
以上
補足
〇パーパスを持たない組織が陥る7つの罠
1. 社員のモチベーション低下
・「何のために働いているのか」という問いに答えられないと、社員は仕事に対するヤリガイや意味を見失い、モチベ-ションが低下する
・単なる作業員として働くことになり、自律性や主体性が失われ、組織への貢献意欲も低下する
2. 組織の一体化の欠如
・パーパスが共有されていないと、社員は「自分は何をすれば良いのか」「会社は何を目指しているのか」という共通認識を持てない
・結果として、組織としてのまとまりがなくなり、チームワークや協力体制が築きにくくなる
3. 変化への対応の遅れ
・社会や市場の変化に対応するためには、組織としての軸になるパーパスが必要
・パーパスがない組織は、変化の兆候を捉えにくく、迅速な対応が難しく、競争力を失う可能性がある
4. 優秀な人材の獲得・定着の困難
・現代の優秀な人材は、仕事を通じて社会に貢献したいという意識が強く、パ^―パスに共感できる組織を求めている
・パーパスがない組織は、優秀な人材を惹きつけ、定着させることが難しくなる
5. 社会からの信頼の喪失
・社会の変化やニーズに対応できない組織は、社会からの信頼を失い、ブランドイメージも低下する
・結果として、顧客からの支持も得られなくなり、事業継続が困難になる可能性がある
6. 意思決定の迷走
・パーパスがないと、日々の意思決定の基準が曖昧になり、組織として一貫性のない行動を取りがちになる
・社員は、「何が正しいのか」という判断に迷い、組織全体の効率性が低下する
7. 組織の衰退
・上記のような問題が複合的に発生すると、組織は活力を失い、衰退に向かう可能性が高まる
・変化に対応できず、優秀な人材も集まらず、社会からの信頼も失うと、最終的には市場から淘汰されるリスクがある
〇鉄板ができるまでの製造工程
• 高炉や電炉で鉄を生成
• 高炉の場合、鉄鉱石と石炭を使って鉄を取り出すよ。電炉の場合は、スクラップ鉄を電気で溶かして製造するんだ。
• 溶けた鉄を鋼塊にする
• 溶かした鉄を型に流し込んで「鋼塊」と呼ばれる大きな塊を作る。この鋼塊が鉄板のもとになるんだ!
• 圧延工程
• 鋼塊を加熱して柔らかくし、それをローラーで薄く伸ばしていく。この工程で鉄板の形ができてくるよ。温かいまま圧延するのが「熱間圧延」、冷えた状態でさらに圧延するのが「冷間圧延」っていうんだ。
• 表面処理
• 鉄板の表面をきれいにするために、錆びにくい加工や塗装をする場合があるよ。ステンレス鋼の場合はクロムの保護層を作る工程が含まれる。
• 切断して切り板に加工
• 薄く伸ばした鉄板を用途に合わせて必要なサイズに切断して「切り板」と呼ばれる形に仕上げるんだ。これで製造完了!
〇高炉法と電炉法の違い
• 高炉法 は、鉄鉱石を石炭などと一緒に高炉で溶かして鉄を取り出す方法だよ。大量生産に向いているから、主に建築や車両の素材に使われる鉄鋼を作るときに使われる。
• 電炉法 は、スクラップ鉄を電気で溶かして再利用する方法!環境にやさしいし、小ロットの生産に向いているよ。これを使って特殊鋼やステンレス鋼を作ることが多い。
• ステンレス鋼は高炉では作るのが難しい。その理由は、高炉では主に鉄鉱石や石炭を使って鉄を大量に生成するから、クロムやニッケルといった特殊な元素を混ぜるプロセスがない。これらの元素はステンレス鋼を作るために必要不可欠。
• だから、高炉の後の段階で追加の処理や、電炉を使ってクロムなどを適切に配合してステンレス鋼を作る。こうすることで、ステンレス特有の錆びにくい性質や耐久性を持たせることができる。
〇普通鋼とステンレス鋼、特殊鋼の違い
• 普通鋼 は、安価で強度が高く、大量生産が可能だから、建築や車両、家電など広く使われている。鉄と少量の炭素が主成分で、コストが低いのが特徴!だから、建築資材や車両、日常の道具に使われることが多いよ。耐久性はあるけれど、錆びやすいのが弱点。でも加工がしやすいから、いろんな形にするのに向いている。
• ステンレス鋼 は、クロムが含まれていて錆びにくいのが特徴!キッチン用品や医療器具みたいに、特に耐食性が必要な用途に使われる。
• ステンレス鋼は普通鋼にクロムを加えたもの。そのクロムが空気中の酸素と反応して保護層を作るから、錆びにくい性質があるんだ!さらにニッケルやモリブデンを加えることで、さらに耐食性や耐熱性を向上させることができる。台所用品や医療器具、海洋設備など、水や湿気に強いものが必要な場所で大活躍!
• 特殊鋼は、普通鋼に特定の元素を加えたり、独自の製造プロセスで作られる鋼材のこと!例えば、マンガンやシリコン、タングステンなどを加えて強度や耐熱性、耐摩耗性を高める。航空宇宙や工具、さらには医療の分野で使われるものもある。用途に合わせて細かい調整ができるから「カスタム鋼」ともいえる存在。
高炉(大規模生産向け)
利点:
• 鉄鉱石から直接鉄を作るので、大量生産が可能。
• 大量の安価な普通鋼を効率的に製造できる。
• 生産コストが比較的低い。
欠点:
• 設備が大きく、建設や運用に高額な初期投資が必要。
• 石炭を多く使用するので、環境負荷が大きい。
• 生産工程が複雑で、柔軟な調整が難しい。
電炉(リサイクル&柔軟生産向け)
利点:
• スクラップ鉄を再利用するので、環境に優しい。
• 小ロット生産や特殊鋼・ステンレス鋼の製造に適している。
• 生産プロセスを柔軟に変更可能。
欠点:
• 電力のコストが高い場合、全体的な生産コストも上がる。
• 一度に大量生産する能力は高炉より劣る。
• スクラップの品質によって製品の品質が左右される。
高炉の環境への影響
良い面:
• 生産効率が高いため、大規模な製造には適している。
悪い面:
• 石炭を大量に使用するため、CO₂排出量が非常に多い。
• 鉱山開発による環境破壊が関連する。
• 温暖化の一因になるとされている。
電炉の環境への影響
良い面:
• スクラップ鉄を再利用するので、資源の再循環に大きく貢献!
• 石炭を使わないため、高炉よりもCO₂排出量が少ない。
• クリーンエネルギー(太陽光や風力など)を使用すれば、さらに環境負荷を抑えられる。
悪い面:
• 大量の電力を使用するため、電力供給の方法がクリーンでない場合、間接的にCO₂を排出することがある。
〇普通鋼とステンレス鋼の世界の需給と世界戦略
普通鋼(炭素鋼)の市場規模と主な製造メーカー
• 市場規模: 世界の炭素鋼市場規模は2024年時点で約1,017.52億ドル、2030年までに1,370.43億ドルに達すると予測されている。
• 生産量: 世界全体で約18億トン(2023年)・
• 消費量: ほぼ同程度の18億トン前後と見積もられている。特に中国やインドの建設分野が大きな割合を占めている。
• 主な製造メーカー:
o 中国宝武鋼鉄集団(中国): 世界最大の鋼鉄メーカー。
o ArcelorMittal(ルクセンブルク): 欧州を中心に広がるグローバルメーカー。
o Nippon Steel(日本): 技術力と品質で知られる。
o POSCO(韓国): 高効率な生産で有名。
o Tata Steel(インド): 新興市場で急成長中。
ステンレス鋼の市場規模と主な製造メーカー
• 市場規模: ステンレス鋼の市場規模は2023年で約1176.3億ドル、2030年までに1972.9億ドルに達すると見込まれ、年平均成長率(CAGR)は6.7%と高い。
• 生産量: 2023年は約5840万トン
• 消費量: 消費量は生産量に近い数字で、年間5000万~5700万トン程度。地域別に見ると、中国が圧倒的に大きな需要を持っている。
• 主な製造メーカー:
o 青山控股集団(中国): 世界最大のステンレスメーカーで、国際的な供給網を築いている。
o 寧波宝新不銹鋼有限公司(中国): 高品質な冷間圧延技術に強み。
o ArcelorMittal(ルクセンブルク): 幅広い製品を持つメーカー。
o Acerinox(スペイン): 特に高付加価値製品やリサイクルへの取り組みで知られ、最近アメリカ市場での強化に注力している[6]。
o Outokumpu(フィンランド): 高付加価値製品に特化。
o POSCO(韓国): 世界的な評価と技術力。
o Jindal Stainless(インド): コスト効率に優れたメーカー。
普通鋼(炭素鋼)
普通鋼の市場規模は非常に大きく、世界では年間約18億トンもの生産量を誇る。大量生産が可能で、建築資材や車両部品など幅広い用途で使用されている。主な製造メーカーとしては、中国宝武鋼鉄集団(中国)、ArcelorMittal(ルクセンブルク)、Nippon Steel(日本)、POSCO(韓国)、Tata Steel(インド)などが挙げられる。炭素鋼はコストが低く、大量生産に適しているため、世界中で広く利用される基盤素材と言える。
ステンレス鋼
ステンレス鋼は、耐食性が高い特性を持つため、台所用品や医療機器、海洋設備など錆びにくさが求められる用途で重宝されている。その市場規模は普通鋼と比べて小規模ですが、高成長率で拡大しており、2023年には約5840万トンが生産された。主な製造メーカーには、ArcelorMittal(ルクセンブルク)、Outokumpu(フィンランド)、POSCO(韓国)、Jindal Stainless(インド)などが含まれる。
両者の特徴の違い
普通鋼は価格が安く大量生産に適している一方、錆びやすいという欠点がある。一方、ステンレス鋼は錆びにくい耐久性を持つものの、普通鋼よりも価格が高めで、大量生産には不向。
普通鋼メーカーの世界戦略
• 大量生産とコスト効率: 普通鋼は建設やインフラ用に大量生産されるため、メーカーは生産効率を追求している。中国宝武鋼鉄集団やArcelorMittalなどは、巨大な生産能力を持つことで市場を支配。
• 新興市場の開拓: インドやアフリカのような新興市場に注力し、大規模なインフラプロジェクトに参入することで需要を伸ばしている。
• 環境対応: グリーンスチール(低炭素製鉄技術)の導入が進行中で、特に電炉を活用してリサイクル鉄鋼を生産する戦略が強化されている。
ステンレス鋼メーカーの世界戦略
• 差別化と高付加価値製品: 耐食性や美観が求められる用途向けに特化した製品開発が中心。例えばOutokumpuやPOSCOは、技術革新と高品質製品で市場をリードしている。
• サステナビリティへの投資: ステンレス鋼メーカーは、リサイクル原料の活用率を高めたり、脱炭素製造技術を採用したりして、環境負荷を抑える戦略を採っている。
• 地域特化: 先進国市場(ヨーロッパ、北米)での耐久性や見た目にこだわるニーズに対応する一方、アジアではコスト効率を重視した生産を行っている。
戦略の大きな違い
• 市場規模と用途: 普通鋼は大量生産と低コストがカギだが、ステンレス鋼は小規模かつ高価値市場をターゲットにしている。
• 技術革新: ステンレス鋼メーカーは、革新的な合金技術やエコ製造プロセスに重点を置く一方、普通鋼メーカーは効率とコスト削減に注力してる。
以上
『鋼の志 ― 自律なき組織が消えるとき』 @zuisyosakushu
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