EP 4
気配と演技と父の受難
シンフォニア家での生活にも、ほんのわずかだが慣れてきた。
相変わらず体は不自由なままだが、俺――リアンの内面では、新たな発見があった。
(最近、気付いたんだが…母さんからは、なんだかこう、清らかで優しい気配がする)
それはまるで、澄んだ泉の水や、静かな森の空気のような感覚。リアンが前世で感じたことのない、不思議なエネルギーの流れだ。
(これが、この世界で言うところの『魔力』というものじゃないのか?)
その考察を裏付けるように、マーサがリアンを優しく抱きしめた。
「あぁ…なんて可愛いの、リアン。私の宝物…」
彼女の愛情と共に、その清らかな気配がリアンをふわりと包み込む。心地よさに、思わずうっとりとしてしまいそうになる。
「おいおいマーサ、一人占めはずるいじゃないか」
部屋の隅で剣の手入れをしていたアークスが、少し拗ねたように言った。
「貴方、リアンを抱っこする時は、優しくするのよ。分かっているでしょうね?」
「分かってるって!」
アークスは大きな体を器用に折り曲げ、マーサからリアンを受け取る。
すると、今度は魔力とは違う、別の種類のエネルギーを感じた。
(それと、父さんからは…体の芯から湧き上がるような、温かい力を感じる。これが『闘気』じゃないのか?)
太陽の陽だまりや、燃え盛る暖炉の炎のような、力強くも温かい気配。リアンは、この世界の根幹をなす二つの力を、その肌で直接感じ取っていた。
「よーしよし。それにしても、本当に大人しいな、リアンは。手がかからなくて助かるが…」
アークスが感心したように呟いた、その瞬間。
リアンの背筋に、冷たい汗が走った。
(ま、不味い!)
まただ。またこのパターンだ。
この世界の赤ん坊の標準的な行動パターンが分からない以上、「大人しい」は危険信号だ。それは「不自然」と同義であり、両親に疑念を抱かせる最初の入り口になりかねない。
(やるしかない…! 赤ん坊としての仕事の時間だ!)
リアンは、体中のバネを解放するようなイメージで、絶叫した。
「オギャーーッ! ギャーーーーッ!!」
さっきまでの静けさが嘘のような、すさまじい泣き声。アークスの腕の中で、リアンは手足をバタつかせて大暴れしてみせる。
「うおっ!? どうした、リアン!」
突然の豹変に、アークスが素で驚いている。その声を聞きつけ、マーサが鬼の形相で飛んできた。
「貴方! だから言ったでしょう! その闘気を抑えなさいと! 赤ん坊には刺激が強すぎるのよ!」
「す、すまない! マーサ! わ、わざとじゃないんだ!」
マーサは手際よくアークスからリアンを取り返し、優しくあやす。リアンは母親の腕に抱かれながら、ちらりと父親を見た。狼狽し、愛する妻に頭を下げ続けるその姿に、リアンは心の中でそっと手を合わせた。
(悪いな、父さん。これも俺がこの世界で平穏に生きていくための、必要経費なんだ…)
今日もまた、シンフォニア家には父親の悲痛な謝罪と、母親の優しい子守唄、そして赤ん坊の(計算された)泣き声が響き渡るのであった。
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