第21話 探し物はなんですか
ー再び、美鳥第一公園ー
霊力が乱れるというのは、身体の中を流れる水流が荒れ狂ってしまうようなものらしい。心を落ち着けて、身体の中の水の流れを掴み取る。後は、その水面が穏やかに流れていくことを強くイメージする。
「ふぅ……」
「お疲れ様です。リアさん、体調はいかがですか?」
「うん、少し落ち着いた気がする」
目を開くと、人型の精霊は公園の中を徘徊していた。
だが、ジュンナに教えてもらった瞑想を通して、体調は精霊の影響を受ける前と変わらないほどに改善されていた。身体の鳥肌もいつの間にか消えている。
「素晴らしい集中力でした。私から見ても、リアさんの霊力は十分安定しています」
「ただ、凄い疲れたわ……。体調悪いよりはマシだけどね」
「いつでも霊力を感じられるようになることが、精霊術の第一歩です」
「あの人型の精霊の様子は?何か変化あった?」
「特に危険な様子は見せていません。ずっと公園の中を徘徊しています」
正面に向き直ると、白い人影が私たちの座るベンチへと近づいて来るのが見えた。私は思わず、ベンチから腰を上げて臨戦体勢を取る。
「敵意は感じません。少し様子を見てみましょう」
「え?精霊術で祓わないの?」
「悪霊ではありませんから、悪世浄化は使いません」
私はジュンナの言っている意味をいまいち理解できずにいた。
「なら、どうやって祓うのよ」
「生き物の姿をした精霊が生まれてしまう理由、覚えていますか?」
「えっ、亡くなった生物の生前の未練が関係してる、ってやつ?」
「そうです。逆に言えば、未練さえなくなってしまえば、こういった精霊は浄化されて還っていきます」
ここまで説明を受けて、未練を無くしてあげれば精霊が還れるというのはわかったが……。なぜ手っ取り早く精霊術で祓わないのか、その説明にはなってないと思った。
ジュンナのことは全面的に信頼しているが、なんだかお預けを食らっている気分になって、どうしても不満が募ってしまう。
これも修行の一環なのだとしたら、その目的くらい教えてくれても良いだろうに。
「とにかく、今は精霊の様子を観察してみましょう」
言われた通り、師匠の提案に従って、私は臨戦体勢を解いてベンチに腰かけ直した。砂場の子供たちが不審な目で私を見ているのに気づいて、思わず咳払いをした。
しばらく精霊を眺めていると、私たちの座るベンチの前でその動きを止めた。私たちが変な動きを見せると、遊んでいる子供たちに不審に思われてしまうので、あくまでベンチで談笑している風で様子を見続ける。
すると、精霊はその姿勢を低くして、土下座のような体勢を取った。
「……何してるのかしら?」
「精霊の動きは、生前の未練に関することが多いんです。これは……ベンチの下を覗き込んでいるのでしょうか……」
「ベンチの下を覗く……未練……。もしかして、何か探してる?」
私たちのベンチの下をしばらく覗き込んだ後、精霊は隣のベンチでも同様の動きを見せた。私の予想が当たっているのなら、一昨日砂場の付近に立っていたのも、何かを探していたのかもしれない。
何か無くして、それを見つけられることなく死んでしまった。
……言い方が悪いかもしれないが、未練としては十分あり得そうな仮説だ。
「会話ができるか試してみましょうか。リアさん、精霊術の出番です」
「話せるなら、最初からそうすれば良かったじゃない」
「精霊とやり取りするには、理解と解釈が必要なんです。予め情報があるに越したことはありません」
「……わかったわよ」
立ち上がったジュンナに続いて、精霊のそばまで移動する。
あくまで、周囲からは私とジュンナが向かい合って談笑している風に見せかける。精霊も交えた位置関係になってしまうと、周囲から見て私たちが”見えない何かと会話しているヤバい奴ら”になってしまう。
精霊術って思ったより面倒なことが多いかも、なんて心の中で愚痴をこぼした。
「リアさん、私の手を取ってください。昨夜と同じように、私の霊力を感じ取ってください」
「また、目に集めれば良いの? 既にある程度見えてるけど……」
「今度は、熱を耳に八割、目に二割ずつ集めてください」
「いきなり応用!?」
「割合はあくまで目安で大丈夫ですよ。器用なリアさんならきっとできます」
なんだかあれよあれよとジュンナの手のひらの上で操られている気がする。師弟関係がある以上、当然と言えば当然なのだが……。なんだか、ゲームのチュートリアルを体験させられている気分だ。
とにかく、言われた通りにジュンナに手伝ってもらいながら、霊力を目と耳に意識を集中させていく。
「準備ができたら、目を開いてみてください」
昨夜に続き……またしても、私は目を開いて驚愕した。
目に霊力を集めていないからか、周囲の細かい精霊はうっすらとしか見えなかった。しかし、一番の変化があったのは、目の前の人型の精霊だ。
さっきまで白い人影にしか見えていなかった精霊が、動作や表情、性別まで判別できるほどに鮮明になっていた。
「えっ、女の人?」
「成功したみたいですね。上手くやれば、精霊をよりはっきりと見ることもできます」
白い人影だったものは、今や”白く透けている人”と言っても過言ではないほどに鮮明に見えている。
細めの体に、長い髪、少しぼやけているが顔立ちからしても、この人物が女性だということはわかった。雰囲気や出立からして、歳は20代か30代くらいだろうか。
「あ、集中は切らさないでくださいね。大事なのはここからなので」
ジュンナは少し悪戯っぽい表情で微笑む。
私は言われるがままに、改めて集中し直した。
「こんにちは。私の声がわかりますか?」
「……い。……ない……」
「嘘、喋った!?」
ジュンナが女性に向かって声をかけると、確かにその返答が耳に響いた。
鼓膜が震えている感覚はない。
無理矢理この感覚を例えるなら、鼓膜のさらに奥にいきなり声が発生している感じだ。聞こえてはいないはずなのに、聞こえている。精霊術を使っていると知らなければ、脳が狂ったとしか思えない。
「ここで何をされているのですか?」
「……ない……。どこ……さが、して……」
「なるほど。ありがとうございます」
ジュンナは手短に女性とのやり取りを終え、「一度公園から出ましょうか」と提案してきた。
「やはり、あの女性の精霊は、この公園で何か探し物をしているようですね」
「それで、私たちは何をするの?まさか、その探し物を手伝うの?」
「そのまさかです」
会話の場を公園前の大通りに移した私たち。
私はジュンナの言葉で眉間に皺を寄せた。
決して精霊術の副作用がしんどいなどの理由ではなく、相変わらずジュンナの意図が読めないからだ。どうして私たちが、そんな便利屋まがいのことをしなければならないのだろう。
「リアさん、これも立派な人助けだと思ってください。それに、貴女にはまだ精霊術の本質をお伝えできていませんから。これも修行ですよ」
内心で沸々と煮詰めていた不満をジュンナに見透かされてしまう。
「ふふ、これは師匠命令ですよ」
「わかったわよ……」
師匠命令なんて言われると、私は素直に頷くことしかできない。私がそこで文句を言うような人間じゃないことすら見透かしたように、ジュンナはくすくすと笑う。
「……それで、お師匠様。具体的にこれから何をするんでしょうか?」
いくら師匠で歳上とはいえ、手玉に取られているみたいで少しむかつくので、皮肉を言い換えしてやる。
「探し物を手伝うにも、まずは”何を無くしたのか”を知る必要がありますね。あの女性の精霊が一体何者なのか、そこから辿るしかないでしょう」
「精霊術師というより、まるっきり探偵の仕事ね」
「リアさんは、一昨日にあの精霊を見たと言っていましたよね?それ以前に、あの精霊を見た記憶はありますか?」
「いや、あの公園は学校帰りに毎日通ってるけど、一昨日が初見だったと思う。入り口の時点で悪寒を感じたから、それより前からいたなら気づいてるはず」
「となると、あの精霊はここ最近に亡くなった方の可能性が高いですね……。服装からしても、真夏や真冬ではないはずです」
「精霊の目撃情報だけで、そんなことまでわかるんだ……」
「リアさん、最近このあたりで起こった事件や事故はご存知ではありませんか?」
「……うーん」
自分の記憶から、この街の事故や事件を引っ張り出す。
大して大きくもない街なのだから、物騒な事件でもあった日にはもっと大きな話題になっていると思う。それこそ、まともな交流相手のいない私の耳にも届くほどに。逆にいえば、世間話による情報源を持たない私では、全ての事故や噂を網羅するのは難しい。
そんな風にして、しばし頭を悩ませた。
「……あ!思い出した……!三、四ヶ月前に、交通事故があったのよ!確か、女の人が犠牲になってしまったはず……」
あれは年始くらいだったと思う。期末テストの準備等で忙しかった時期なので、割とすぐに話題にならなくなってしまったが、生活圏内で死亡事故があったということで耳にしたのを思い出した。
「可能性としては高そうですね。あとは、詳しい聞き込みを……」
「たぶん、検索した方が早いわ……!」
「む?」
『美鳥 事故 女性』
大雑把な検索キーワードだが、インターネットは期待通りの情報を出してくれた。一番上に出てきたニュースサイトをタップし、その内容に目を通していく。
「またその板……。そんなに便利なんですか?」
「新聞とか辞書を一瞬で調べられるようなものよ」
「んん……?誰かが急いで調べてくれるんですか?」
「……現代の技術については、そのうち勉強しましょう……」
「うぅ……」
萎んでいくジュンナは置いておいて、ネット記事から重要な情報をピックアップしていく。
「四ヶ月前……30代の女性……トラックに跳ねられた……見晴らしの悪い交差点……うーん、さすがに個人情報までは出てないわね……」
やはり不慮の事故では、あまり情報も落ちていなさそうだった。変に個人情報など出ていない方が健全であるのは間違いなのだが……。私の力ではこれ以上の情報収集は困難だった。
……仕方ない。ローカルな情報においては、私やネットニュースより圧倒的に頼りになる人物に聞くしかないか。私から電話をかけるのは不本意だが……。
「ジュンナ、電話するから、ちょっと待ってて」
悲しいことに、私の持っている連絡先は片手で足りるので、対象はすぐに見つかった。チャットツールで電話をかけると、そいつは数コールのうちに応答した。
「もしもし、ヨモギ?」
「えぇ〜!?リアから電話してくるなんて、何があったん?ラブコールなんて嬉しいわ〜〜」
今すぐにでも電話をぶち切りたい衝動に駆られる。
電話の相手は、クラスメイトでギャルの双葉ヨモギだ。
後ろから金属のぶつかる音と、派手なゲーム音が聞こえるあたり、おそらくゲームセンターにいるのだろうが、その騒音の中でもハッキリ聞こえるくらいヨモギの声もでかい。
「ちょっと一瞬質問させて。四ヶ月前、美鳥で交通事故があったのは知ってる?」
「あぁ、当然知っとるで」
「その事故の被害者の女性なんだけど、名前とかわかったりしない?なんでも良いから、その人の情報が欲しいの」
「……なんでそんなこと聞くん?」
「理由はちょっと言えないんだけど……。お願い。どうしても必要なの」
ヨモギも真剣な雰囲気を察したのか、私を茶化すような態度はすっかり消えた。
電話口からは、ゲームセンターの雑音だけが聞こえるようになった。私がヨモギの立場でも、いきなりそんな質問をされて気持ち良く答えは返せないだろう。
「……あんまデカい声じゃ言えへんけど、家なら知っとるで」
しばらくして、声をワントーン落としたヨモギが戻ってきた。
「それ、教えてもらえない?」
「……悪用はせぇへんよな?」
「神に誓って」
「はっ、神社の娘の言葉なら信用に値するわな。……駅前の商店街に、"喫茶タカサキ"って店あんの知っとるか?被害者の女性、その店の娘さんやで」
「……ありがとう。お礼は休み明けにするから」
「……何しとるんかは敢えて聞かんけど、店に迷惑はかけんといてな。あの店、ウチのお気に入りなんやから」
改めてお礼を言ってから、ヨモギとの通話を終了した。
毎回、どこでそんな情報を手に入れるのかと不思議に思ったいたが、今回ばかりは彼女に感謝せざるをえない。
上着のポケットにスマートフォンをしまって、心配そうに見守っていたジュンナに声をかける。
「ジュンナ、女性の家がわかったわ。……向かってみる?」
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あとがき
お読みいただき、誠にありがとうございます。
双葉ヨモギというキャラは、第一話でも出てきたギャルです
↓ https://kakuyomu.jp/works/16818792437158157865/episodes/16818792437158183294
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今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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