第20話 時を超えた少女と始める精霊術
ー昨夜の夢桜神社ー
ジュンナの部屋を準備し夕食を済ませた後、再び夢桜神社へと繰り出していた。すっかり月が出ているこの時間であれば、誰かが訪れて目撃されることもないだろう。
記念すべき、精霊術修行の初回である。
「それではリアさん、精霊というものがなんなのか、以前に説明したことを覚えていますか?」
「うん。確か、『万物に宿る根源的なエネルギー』って言ってたわよね。無生物にも宿っているってのと、私の身体にも宿っているってのが、いまいちよく理解できてないけれど」
「言葉としての理解は合っています。腑に落ちていないのであれば……直接お見せした方が早いですね」
そう言ってジュンナは私の手を取った。
私の手のひらの上に、ジュンナの手のひらが重ねられる。柔らかい手の感触と、桃色の髪から香る良い匂いに、同性ながらドギマギしてしまう。
「リアさん、目を閉じてください」
「え!? な、なんで……!?」
「それから、私の手のひらに意識を集中してください。そこに熱が集まるような意識です」
何やら真剣なジュンナの雰囲気を感じ取って、黙って指示に従うことにした。
重ねられたジュンナの手のひらに意識を集中してみると、ポカポカと温かいものを感じる。暗闇の中の灯台みたいに、目を閉じていても手の平の熱が輝いて見える。
「熱を感じますか?」
「うん……なんか温かいのは感じる……」
「では、その熱が私の手からリアさんの身体へと流れ込んでくるのをイメージしてください」
「難しいこと言うわね」
「水の流れのように、手の平から腕、肩、胴を通って、身体の隅々まで満たしてください。複雑な形の花瓶に、お湯を注ぐようなイメージです。ゆっくりゆっくり、頭のてっぺんからつま先までです」
目を強く瞑って、さらに意識を集中させる。
ジュンナに言われたことを心の中で復唱する。夜雲リアの形をした花瓶に、お湯を注ぐようなイメージ……。改めて、ジュンナの手から感じる熱を感じ取る。自分の輪郭と血液の流れを意識し、その熱をゆっくりと伝えていく。
次第に、身体中に不思議な力が流れているのを感じられるようになった。
イメージなどではなく、本当にジュンナから流れ込んできた熱で身体全体が満たされている実感がしっかりとある。
「良い感じですよ。次が最後です。全身に広がった熱を、目の奥に集めてください」
「目の奥……」
「そうです。眼球の奥、頭の中心。そこに熱を凝縮させてください」
「うん……」
「集めた熱が一点になるように意識してください。球ではありません、点です。集めて集めて、小さく収縮させてください」
ジュンナの言われた通りに強くイメージする。
身体の隅々まで感じていた熱を一点に収縮させるように……。指先やつま先、その次は腰や胴から熱が抜けていく。同時に、眼球の奥が熱く熱を持っていく。その熱を小さく……、泥団子をグッと固めるようなイメージ、で合っているだろうか。
やがて、両目の奥に、小さくも眩い光を放つ点が生まれる。目の奥がとても熱い、生まれて初めての感覚だ。
「素晴らしいです。それでは、三つ数を数えたら目を開けてください」
「わかった……」
「いきますよ。三、二、一……」
目を開いた。
瞬間、私は自身の視界に驚愕する。
世界には、眩く、幻想的で、儚い光の粒子が舞い踊っていた。
「えっ、な、何これ!?光が……」
「それが、精霊です」
「これが……!?」
木から、大地から、空気から、たくさんの光が粉雪のように舞う。それぞれの光が、白、緑、黄色、さまざまな色に輝き、世界を彩っている。陽の光の中にも関わらず、この光たちは別のレイヤーに存在しているかのように、はっきりと私の目に映っている。
よく見れば、ジュンナからも光の粒子がオーラのように湧き出ている。
ジュンナだけではない、自分の身体からも、微量ながら光が漏れ出ていた。
およそ現実とは思えない光景に、完全に言葉を失ってしまう。
「一時的なものですから、すぐに元の視界に戻ると思います」
ジュンナの言う通り、目の奥の熱は徐々にその熱量を失っていった。
熱量が消えていくのと同時に、私の視界も元に戻っていく。光が消えていくというよりも、世界に重ねられていた映像だけがフェードアウトしていくようだ。
「お疲れ様でした。ご気分に問題はありませんか?」
「大丈夫……。目の奥は少しチカチカするけど」
どっと目が疲れた気がして、つい目頭を抑えながらしゃがみ込んだ。
次に目を開けた時、視界は完全にいつも通りの光景に戻っていた。
「先ほど、精霊は万物に宿っていると説明しました。今、リアさんの目に映っていたのは、木々や大地、そして空気の精霊です。もしかしたら、私やリアさん自身の精霊も見えていたかもしれませんね」
「うん……。いろんな色の光が宙を舞ってた。ジュンナと私からも、少し出てたかも」
「やっぱり、リアさんは特殊ですね。いくら私がお手伝いしたとはいえ、普通はいきなり細かい精霊を、ましてや人間が有しているものを目視することはできません」
「そ、そうなの?それって喜んでも良いのかしら……」
「精霊術師を志すのであれば、この上ない才能です。普通、この段階に到達するだけでも、数ヶ月はかかりますから」
ジュンナの差し出してくれた手を借りて、再び立ち上がる。
私に、精霊術の才能が……。ずっと嫌いだったこの体質に感謝する日が来るなんてね……。
「精霊術の話に戻しましょうか。精霊術には、大きく分けて二つの種類があります」
「二つ……」
「まず、自分自身に宿る精霊を操る術。そして、周囲の精霊の力を借りる術です。」
「まずは、前者の術から説明しましょうか」ジュンナは宙に手をかざした。その手がぼんやりと、温かい光を灯す。
悪霊の影響を治療してもらった時と同じ光だ。
「リアさんには、今私の手がどう見えていますか?」
「ぼんやり光って見える……」
「一般人には、この光は見えていません。なぜなら、この光は私自身の精霊を操っているからです。自身の精霊の力のことを”霊力”、なんて言うのですが……。まぁ、用語はゆっくり覚えていただければ大丈夫です」
アニメや漫画みたいに、この光は一般人にも見えているものだと思っていた。
てことは、昨日の悪霊との戦いも、一般人の前では女の子二人がバタバタしているだけに見えていたということだろうか。
……精霊術がバレる以前に、そんな姿を人には見せられないかもしれない。
「自身の精霊を操る術は、自分自身で完結する分、比較的早く習得できます。それに、周囲の環境に左右されないので、取り回しも良いです。昨日、最初に悪霊を追い払った術や、治療の術はこの部類です」
キッチンでジュンナに助けてもらった時のことを思い出す。
あの時は確かに、私の前を掠めた光弾が、悪霊を怯ませていた。
「ただし、自分自身の霊力しか扱っていない故に、悪霊を祓ったりするほどの威力は出せません」
「なるほど。だから、あの光の球では悪霊は祓えない、っていう話だったのね」
「正解です」
ジュンナが目を閉じて、意識を集中し始める。
先ほど自身の手に光を灯した時とは違い、周囲から光が集まってくるように見える。宙にかざしている手に再び光が宿るが、先ほどよりも大きな力を感じる。一番の違いは、周囲の空気もジュンナに呼応するようにざわめいている点だ。
「これが、周囲の精霊の力を借りる術です」
「さっきと違って、周りから光が集まってるように見えた。周囲の空気も、少し変わった気がするわ……」
「そこまでわかるんですね……。こちらの術は、周囲の精霊の力を自身の霊力へと変換し、術を発動します。難易度が跳ね上がる分、その効果は絶大です。悪霊を祓った術――悪世浄化は、この方法になります」
ジュンナが目を開けると、溜められていた光が霧散し、私の視界から消えていく。同時に、呼応していた周囲の空気も落ち着きを取り戻していった。
「他者の霊力を自身の霊力へと変換するわけですから、自身の霊力を自由に操れることが大前提になります。その上、周囲にどんな精霊がいるのか、どのような力を持っているのかを理解し、解釈した上で、自身の霊力に落とし込む必要があります」
「言葉ではわかっても、全然イメージつかないかも……。超上級編、ってことね……」
「この感覚を身につけるには、どんなに短くても二年はかかると言われています。さらに、周囲の環境が違えば、当然精霊の性質も変わってくるので、都度理解と解釈が必要になります。一度身につければ、いつでもどこでも発動できるというわけでもないんです」
「もしかして、ジュンナがお祓いの術に失敗したのって、時代が違ったことが原因?」
ジュンナが少しバツの悪そうな表情をする。
「お恥ずかしながら……。85年の月日で、周囲の精霊の性質も変化していたらしく……。情けない話です」
ジュンナは傍に置いていた水筒を一口飲み、気持ちをリフレッシュさせた。どうやら、私の質問で精霊術師としてのプライドを傷つけてしまったらしい。
「ごめん、師匠に対して失礼だったわね」
「事実ですので、大丈夫です……。とにかく、まずは自身の精霊──霊力を操れるようになるところからですね。これを身につけることができれば、リアさんが悩まされていた、『精霊のそばで体調が悪くなる』という体質の対策にもなるはずです」
「それ、本当!?」
「はい。貴女の体調不良の原因は、外部の精霊の影響で、リアさんの霊力が乱れてしまっていることにあります。ならば、その乱れが起こらないように、調整し、安定させてあげれば良いのです」
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