第22話 喫茶タカサキ

 この街は、美鳥駅の北側と南側で大きく分かれている。


 駅の北側には、そこそこ大きいショッピング施設、それからチェーン店のカフェやファストフード店、おばあちゃんが入院している美鳥病院もある。

 南側にあるのは、年季の入った商店街だ。昔ながらの定食屋や、掘り出し物のありそうな服屋、よくオマケをしてくれる精肉店など、地域密着型の店が多く並ぶ。私の家や美鳥女学院もこちら側だ。

 そして、私たちの目的地である、喫茶タカサキも南の商店街に位置していた。


「うん、このお店で間違いないわね」


「素敵な喫茶店ですね」


 商店街のアーケードの中にある、一軒家ほどの大きさの落ち着いた喫茶店。都会のようにオシャレな喫茶店、とはいかないが、これはこれで古民家カフェとして話題になっても良いくらいの趣がある。ガラス張りではないので店内の雰囲気まではわからない。だが、店頭に出ている、主張の激しくない綺麗な字の手書き看板からして、店員も落ち着いた人物なのだろうと想像ができる。


「で、着いたは良いけど、どうするの?直接話を聞くのは、不心得じゃない?」


「そうですね……。可能なら、直接お話は聞かずに事を済ませたいです。亡くなった方の事を思い出すのは、遺族の方にとってお辛い事でしょうから……」


「そうね……。霊が見えます、なんて言っても信じてもらえないでしょうし」


「万が一、直接お話をすることになってしまった場合は、私に任せてください。昔は直接お話を聞くこともありましたから……。しかし、もしも私が現代の価値観と合わないような事を口走ってしまった場合は……」


「うん。その時はフォローするわ」


 木製の扉を開いて店内に入ると、綺麗なドアベルが店内に鳴り響いた。レトロな家具で揃えられた店内は、澄んだ空気と木の良い香りで満たされていて、さながら森林浴でもしに 来たような気分になる。


「いらっしゃい」


「どうぞお好きな席にお掛けください」


 出迎えてくれたのは、物腰柔らかいお婆さん。正面のカウンターからは、紳士的な出立ちのお爺さんが挨拶をしてくれた。声色と目尻に入った皺から、お二人とも温厚な人柄だということが伺える。私のおばあちゃんよりは若そうに見えるから、60歳くらいだろうか。


 店内は思ったよりも広々としているが、私たち以外にお客さんはいなかった。店内正面のカウンター席と、壁沿いにはソファ席が四つほど並んでいて、キャパシティは二十五人程度。

 私一人だったら、絶対に壁際のソファ席を選んでいるところだが、隅っこに引きこもっていても仕方がないので、私たちはカウンター席に腰を下ろした。


「ご注文は何にされますか?」


 おばあさんがクリアファイルに入った手書きのメニューを手渡してくれた。そのくしゃっとした笑顔に、つい自分のおばあちゃんのことが頭をよぎる。一方のおじいさんは、慣れた手つきでお冷とおしぼりを用意してくれた。


「それじゃあ、私は自家製コーヒーのアイスで」


「私も同じものをお願いします」


 食事がメインの目的ではないとはいえ、何も頼まないわけにはいかない。

 お昼ご飯は既に済ませてしまったので、お腹の容量的にパスタやカレーは厳しい。私たちはそれぞれお薦めされていた自家製コーヒーを注文した。


「お砂糖とミルクはどうしますか?」


「ブラックで」


「私は、角砂糖を二つお願いします」


「おや、ごめんねぇ。今は角砂糖じゃなくて、スティックシュガーなんだよ」


「すてぃっく……しゅ? リアさん、それは一体……?」


「すみません……。スティックシュガー二本で大丈夫です……」


 私たちの注文を受けて、ご夫婦はそれぞれ作業に取り掛かる。長年の積み重ねを感じさせる、正確で無駄のない動きだ。


 そう時間もかからずに、私たちのコーヒーが並べられた。芳醇で苦味のある香りが鼻腔をくすぐる。


「このコーヒー、すごく美味しいです……」

 

 ジュンナの言う通り、コーヒーはケチのつけようがないほどに美味しい。何の目的もなく来店できていたら、とても良いコーヒーブレイクになっていたに違いない。


 私はコーヒーを楽しむ客を装いつつ店内を観察してみた。

 店内は全体的にレトロな家具で統一されていて、棚や窓際の所々に店主の趣味と思われる置物や装飾品が飾られている。カウンター奥の棚には、コーヒー豆や調味料、インテリアとしての酒瓶などが並んでいる。


 その中に、見つけた。

 写真立てに飾られた、家族写真と思わしきものだ。写っているのは、男性が二人と、女性が二人、そして女性に抱えられた赤ん坊が一人。多分、おじいさんとおばあさんの夫婦と、亡くなった娘さんのご夫婦だと推測できる。


 あの女性の精霊、結婚してたんだ。


 新たな情報は手に入れられたが、遠目ではそれ以上のことは読み取れそうになかった。もう少し近くで見られれば、もっと情報が得られるかもしれないのだが……。

 ジュンナの方も、周囲の様子を見つつ機会をうかがっているようだった。


「あ、あのブリキのおもちゃは現代でも人気なんですね」

 

 店内の装飾品を眺めていたジュンナがボソッと呟く。

 彼女が指しているのは、棚に並んでいるブリキの玩具群。飛行機やら車、鉄人の模型など、お宝鑑定番組でしか見たことないようなレトロな玩具がたくさん並んでいる。

 ……調査はどうしたのよ。


「いや、私は全然知らないけど……」


「えぇ!? すごい流行ってたじゃないですか!」


「それ何年前の話……? ていうか、調査は……」


「おや、あの玩具を知ってるのかい? 若いのに珍しいねぇ」


 振り返ると、そこには驚いた表情のおばあさんが立っていた。


「ちょっと!ボロ出してどうすんのよ! あんたの存在も、精霊術と同じくらい知られちゃいけないものだって自覚あるわけ!?」

 という感情を込めて、持ち前の悪い目つきでジュンナを睨みつけた。


「い、いえ、私の知り合いにたまたま昔の玩具が好きな方がいまして〜……。先ほどのは言葉の綾です……」


 気まずそうに私から目を逸らし、おばあさんへ誤魔化しの言葉を並べるジュンナ。せめてもっと上手い嘘をつきなさいよ。


「あの玩具たちは娘が集めていてねぇ。店に並べれば、すごい可愛いはずだって。私にはあんまりわからなかったんだけどねぇ」

「あ……」


 そう言っておばあさんは少し寂しそうに微笑んだ。

 その表情が、なんだか胸に突き刺さって、酷く痛みを感じた。

 

「いえ、とても素敵な考えだと思います。実際に、私もあの玩具たちはとても可愛いと思います」


「本当かい? もし娘が聞いていたら、きっととても喜んでいたよ」


「……ばあさん、やめないか」


 強めの口調で静止したのは、カウンターにいるおじいさん。

 遮られたおばあさんはもちろん、止めたおじいさんでさえ、とても辛く悲しそうな表情だった。


 ズキリ。

 やっぱり、胸が痛い。


「すまないね、こんな話、お客に聞かせるものじゃないんだが……」


「私ってば、つい……せっかくコーヒーを飲みに来てくれたのに、ごめんなさいね……」


「こちらこそ、すみません……お辛いことを思い出させてしまったようで……」


 私は何も喋れずにいた。


 店の良い点だと感じていた落ち着いた雰囲気すら、今はただ重苦しい空気に感じる。


 相当にデリケートなことをしようとしているという自覚はあった。でも、覚悟が足りていなかった。


 そして、精霊に関わるということの意味も、わかっていなかった。

 精霊が死んだ人の魂なら、そこには残された人たちも関わってきて当然なのに。私は、精霊を成仏させることの重みも、何もわかっていなかったんだ。


 罪悪感が募り、胸が苦しくなる。


 だったら、精霊術の役割ってなに……?

 私にできることは……。精霊が見える私だからできること……。

 どうにかして、ご夫婦を助けることは……。


「こんな暗い空気にしてしまって申し訳ないね……。私たちもまだ感情が整理できていなくてね……。お詫びと言ってはなんだが、お代はいらな……」


「あ、あのっ!!!」


 自分でも信じられないくらい大きい声が出た。

 私以外の三人の驚いた視線が、一斉に私へと向けられる。


「あの……よろしければ……娘さんのこと……もっと聞かせていただけませんか……?」


「リアさん……?」


「それはまた、一体どうして……」


 みんなが意外そうな顔をするのも当然だ。私でも自分自身に驚いているから。


「えっと……その方が、娘さん、喜ぶと思うんです……!お二人が、娘さんをどう思っていたか、必ず伝えます!あ、いや、違くて……伝わると思います!それに!お二人のことも、助けられると思います……!」


 ご夫婦へ向けて深々と頭を下げる。


 私、何言ってるんだろう。


 自分でも支離滅裂な事を言っているのがよくわかる。けれど、一度回り出した口は止まらなかった。

 ご夫婦も、眉尻を下げて困ったように顔を見合わせている。

 

「……理由になってないですよね……。それに、部外者が何言ってるんだって感じですし……。すみません……、お二人の気持ちに土足で踏み入るような真似を……」


「いや、気持ちは伝わったよ……。ありがとう」


「聞いていて気持ちの良い話かはわからないけれど……。娘の話、聞いてくれるかい?」


 おじいさんもおばあさんも、顔を上げるよう優しく促してくれた。


 話を始める前に、おじいさんがまた新しくコーヒーを入れてくれる。再び、店内はコーヒーの落ち着く匂いで満たされる。


「娘は、この店の顔でねぇ。名前を高崎メグミと言ったんだが……。小学生の頃から店に立っていて、まさに看板娘だったんだよ」


「お客さんからも本当に好かれていてね。その声に答えるようにして、結婚してからも、子育てをしながら店に立ってくれていたんだ。中には、メグミと話をするために通ってくれる人までいたほどでね」


 私たちはお二人の話に、ただ耳を傾けた。


「だが、メグミが死んで、お客さん方もショックだったらしくてね……。ご覧の通り、客足はかなり少なくってしまった。……理由はそれだけじゃない……。私たちが店を続ける気力を失いかけているのが、お客さんにも伝わってしまったのかもしれないねぇ……」


「メグミは店のためにと頑張ってくれていたのに、いざいなくなったら反動でこの様……。合わせる顔がないよ……」


「義息子も、『この街にいるとメグミを思い出して辛いから』と引っ越してしまった……。私たちも、辛い思いをしながら店を続けるくらいなら、さっさと畳んでしまった方が良いのかもしれないねぇ……」


「そんな、こんなに素敵なお店なのに……」


 思わず口をついて出た本心。

 来たのは今日が初めてだが、コーヒーの味も、店の雰囲気も、高崎さんご夫婦の人柄も、何度も来店したいと思うくらいに素晴らしいものだ。以前はもっと賑わっていたというのなら、尚更閉店してしまうのは悲しいことだ。


 おじいさんは棚の家族写真を手に取った。表面を撫でる指先は、その写真に残された記憶を懐かしんでいるかのようだ。

 

「ありがとう……。その言葉を聞いたら、きっとメグミも喜ぶ……。私からも……せめて……、せめて最後に、『今まで店をありがとう』と伝えてあげたかった……」


「まさか、指輪を探しに行ったきり帰って来ないとは、思いもしなかった……」


 おじいさんは、家族写真を私たちも見える場所へと置いてくれた。亡くなったメグミさんの左手薬指には、美しいシルバーのリングがはめられていた。私の記憶では、精霊姿のメグミさんの手には、指輪などはまっていなかったはずだ。


 ジュンナと顔を見合わせる。


 間違いない。メグミさんの精霊が探していたものは、”結婚指輪”だ。

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