羊、21
あれから七日が過ぎた。
昼寝と晩寝と朝寝のループに包まれた、穏やかな森の暮らし。
ココとティルと三人で寝場所を整え、寝具を工夫し、食べ物を探す以外のことはほとんど何もしないという極上の時間。
だが、その平和にも、ひとつの終わりが訪れる。
その朝、風に紛れてやってきた影が、再び苔の結界を踏み越えて現れた。
「……また来たの……黒ローブ……」
ラムはぐでりと横になったまま、顔だけをそちらへ向ける。
現れたのはやはり、魔王軍幹部・カロンだった。
その深い碧の瞳は静かで、以前と変わらぬ礼節を纏っていた。
「……ナイトメア――失礼。ラム殿。ご決断を伺いに参りました……」
「……まあ……うん……考えたよ……すっごく……すっごくめんどくさかったけど……」
「……」
「……でも……ちょっとだけ……気が向いた……ので……行ってみようかなって……」
ココがぱちぱちと瞬きをして、そばで小さく笑う。
ティルはそわそわしながら、モフ布団の下から顔を出した。
『ラム様……それってつまり……?』
「……決心した……ってこと……」
『うわ……! え、えらいですぅ……!』
『そっか、ラムが決めたなら、私たちも一緒に行くよ』
「……まあ……眷属だし……当然ね……」
ラムはもそもそと立ち上がり、寝ぐせも直さずそのままカロンの方へ歩いた。
「……でも……ひとつだけ……条件あるんだけど……」
カロンは背筋を正す。
「……仰ってください」
「……豪華な……モフモフのベッド……用意して」
ココとティルが、ずっこけそうになる。
カロンは一瞬だけ沈黙したあと、深く頷いた。
「……魔王城の玉座よりも……快適なベッドをご用意しましょう……」
「……それなら……いいよ……ついていく」
そうしてラムたちは、長く眠っていた森を後にし、新たな地――魔王城へと向かった。
⸻
魔王城への道のりは、予想外に静かだった。
カロンの使役する大型飛行魔獣に乗って、雲の上をのんびりと滑空する。
「……風……気持ちいい……」
『落ちないようにしてね、ラム』
「……落ちても……浮遊あるし……大丈夫……」
『いやいや、だめだよ!?』
ティルは横でぶるぶると震えていた。
『こ、こんな高いところ……わ、わたしの体がぷるぷるしますぅ……』
「……ティル君……喋りすぎ……疲れるから……黙ってて……」
『ひ、ひどいですぅ……』
ラムは空を見上げながら、小さく呟いた。
「……そういえば……スキル……ちょっと確認しとこ……」
【名前】:ナイトメア・ラム
【種族】:希少種魔物(夢喰い羊)
【レベル】:23
【スキル】:浮遊、睡眠波、夢結界、眷属化(2枠)、念話(眷属共有)
【固有スキル】:⬛︎⬛︎(詳細不明/封印中)
【称号】:眠りを誘うもの、森の主
「……あいかわらず……封印のまま……」
『でも、レベルも上がってきてるし、スキルも増えてきたよね』
「……進化は……まだだけど……」
『大丈夫、そのうちだよ。きっとね』
ラムは頷き、再び横になるようにして空を眺めた。
魔王軍――自分にとっては未知の場所。
けれど、それでも。
「……行ってみなきゃ……モフモフももらえないしね……」
⸻
そして、数時間後。
空の彼方に、巨大な影が姿を現した。
それは山脈の上に築かれた、黒き城。
尖塔の数は幾重にも連なり、天へと爪を伸ばすように突き刺さっている。
全体は漆黒の石材で造られ、空の光を吸い込むように鈍く光っていた。
「……あれが……魔王城……?」
「……はい。魔王様の居城……“宵闇の王座”でございます……」
ラムはあくびを噛み殺しながらも、少しだけ目を見開いた。
その周囲には広大な都市――魔都が広がっていた。
建物は石造りで、空を漂う魔導灯や魔力を用いた自動扉などが整備され、
一見すると人族の城下町にも似ているが、住民は皆、人間ではない。
角を持つ魔族。翼を広げた亜人。岩でできた体の巨人族。
あらゆる種族が行き交い、商いを行い、そして魔王軍の旗が至るところに掲げられていた。
「……わぁ……意外とにぎやか……」
『すごい……人間の都市よりもずっと……不思議で、でも活気がある』
ティルは空から見下ろして、おそるおそる声を上げた。
『わ、わたし、魔王城って……もっと血みどろの地獄みたいなのを想像してましたぁ……』
「……ベッドがあるなら……何でもいいけど……」
カロンが小さく笑った。
「……ご安心ください……ラム殿のための“極上”のモフモフ、すでに特注で準備中です……」
「……期待してる……もふもふ……大事……」
やがて飛行魔獣はゆるやかに高度を下げ、城下の着陸場へと滑り降りていった。
黒き城と魔都の喧騒が、ラムたちを新たな日々へと誘う。
次に待つのは、魔王軍の内部――
そして、彼女に課せられた“怠惰”という名の運命の始まりだった。
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最強の最弱種〜もふもふの羊を添えて〜 @anko061105
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