第十三話 新たな武器①

 ルナが目覚めたドーム状の部屋には、出口らしきものは見当たらなかった。

 壁面を走る光のラインは、すべてが中央のポッドへと収束しており、外へと続く道を示してはいない。

 二人はひとまず、来た道を引き返すことにした。


 これからどうするべきか。

 その問いが、重く翔の肩にのしかかる。


 痛む脇腹をかばいながら、光のラインが続く通路を戻る。

 やがて、見覚えのある空間にたどり着いた。


 翔が最初に意識を取り戻した、あの場所だ。

 足元には、オークだったであろう灰の山が風も無いのに微かな風紋を描いて静かに広がっている。


 頭上には、自分が落ちてきたであろう裂け目が奈落の口のようにぽっかりと闇を覗かせていた。

 あまりに高く、あまりに垂直な壁。

 クライミングの道具もなしに登るのは不可能に思えた。


 「はぁ……」


 思わず、深いため息が漏れる。

 翔は壁にずるずると背を預け、現実と向き合うために自分のバックパックの中身を点検し始めた。


 なけなしの金で買った食料が数日分。

 まだ半分ほど残っている水のボトル。

 空になった初級ポーションのガラス瓶。

 そして、包帯や消毒薬が入った簡易救急キット。

 タオルと、着替え。

 最後に、ごつりとした感触の、オークからドロップした魔石が二つ。


 この絶望的な状況を打破するには、あまりに心許ない装備だった。


 妹の顔が脳裏をよぎり、胸が締め付けられる。

 こんな場所で野垂れ死ぬわけにはいかない。


 だが、活路はどこにあるというのか。


 翔が自己嫌悪と焦燥に沈み込んでいる間も、ルナは好奇心に満ちた目で周囲の探索を続けていた。

 彼女は、翔が全く意に介さなかったものに、その足を止める。

 

 オークの灰の傍らに、無造作に転がっている一本の武具。

 それは、一見すると刀の形をしていた。

 しかし、刃は完全に潰れ、全体が分厚い錆と泥に覆われている。

 もはや、ただの鈍重な鉄の棒にしか見えない代物だった。


 ダンジョンに潜る探索者が、たまにオークからドロップ品として手に入れるが、そのあまりの使えなさと価値の無さから、ほとんどの者はその場に捨てていく。

 翔も、これまで何度も同じような光景を見てきた。


 ルナがその鉄塊に興味を示し、拾い上げようとするのに気づき、翔は気のない声で言った。

 

 「ああ、それ……ここに落ちた時に、俺をの下敷きになっていたオークが持ってた武器だよ。ただの鉄の塊だ。刃も潰れてるし、探索者ギルドに持ち込んでも二束三文にしかならない。だから、ほとんどの奴はこんなの拾わずに捨てていくんだ」

 

 その声には、これまで何度も同じようなガラクタを見てきたことによる諦めと、価値のないものを相手にする気力すらないという深い疲労が滲んでいた。

 「持たざる者」である自分にとって、こうしたガラクタは無価値の象徴であり、見ているだけで虚しさが増すだけだった。


 しかし、ルナは翔の言葉を聞き入れなかった。

 それどころか、その「棍棒」を、まるで壊れ物を扱うかのように、慎重に両手で拾い上げる。

 銀色の眉がわずかに寄せられる。

 そのサファイアの瞳は、貴重な出土品を鑑定する考古学者のように真剣な光を宿していた。


 彼女は土汚れを柳のような指先でそっと拭い、刀身や柄を舐めるようにあらゆる角度から観察する。

 やがて、彼女の唇から、確信に満ちた、しかしわずかに興奮を抑えきれない声が呟きとして漏れた。


 「違う……これはただの鉄塊なんかじゃない」


 ルナは、翔にはただの模様にしか見えない、柄や鍔に刻まれた微細な幾何学模様の溝を指し示す。

 

 「この部分から見える金属部分の均質すぎる金属組成……鉄を原子レベルで再構成し、極限まで密度を高めた合金。そしてこの刃は潰れているんじゃない……見て。意図的に封印されているのよ。その上に錆や土が、まるで岩みたいに固着しているだけ」


 彼女の指が、柄に刻まれたラインをなぞる。

 

 「ここ……エネルギーを伝達するためのラインの痕跡だわ。これは間違いなく、私たちの文明で使われていた兵装よ」


 翔はルナの言葉に、半信半疑の表情を浮かべた。

 彼の目には、どう見てもそれは錆びついたボロボロの棍棒にしか映らない。

 だが、ルナのあまりに真剣な表情と、その瞳に宿る絶対的な確信はただの思い込みではない何かを彼に感じさせていた。


 「これはマナ……いえ、この世界で言うところの『魔力』による相互作用を利用して、対象の分子結合を強制的に解離させる切断兵装よ。動力源となるマナさえ供給できれば、システムを再起動できるはず」

 

 ルナは「棍棒」の正体を見抜くと、その場で修復を開始しようと、きっぱりと断言した。

 彼女の周りだけ、空気がピンと張り詰める。

 まるで、これから精密手術を始めようとする名医のような、近寄りがたい雰囲気が醸し出されていた。

 

 彼女は翔に向き直ると、小さく、しかし有無を言わせぬ力強さで手を差し出した。

 

 「翔。あなたがオークから手に入れた魔石を一つ、貸してくれる?」


 翔は一瞬、躊躇した。

 バックパックの中にある魔石は、地上に戻れば金に換え、妹の治療費の足しにするつもりだった。

 けして安くない価値を持つ、今の彼にとっては虎の子の財産だ。


 それを、こんな得体の知れない鉄の棒のために?

 しかし、目の前のルナの真剣な眼差しが、彼の迷いを振り払った。

 

 その瞳は、ただの希望的観測ではなく、技術者としての絶対的な自信に満ち溢れていた。

 翔は覚悟を決め、バックパックから魔石を取り出して彼女に渡した。


 魔石を受け取ったルナは、翔の目の前で信じがたい行動に出た。

 彼女は、その柳のようにしなやかな指先に淡い青色の魔力を集中させる。


 魔力は、まるで粘土をこねるかのように、あるいは超硬度のダイヤモンドを研磨する切削油のように、魔石の表面を滑り始めた。

 

 魔力が触れるたび、硬い魔石から微細な光の粒子がまるで火花のように削り取られ、きらきらと宙に舞う。

 それは、ダイヤモンドの原石を、熟練の職人が寸分の狂いもなくカッティングしている光景のようだった。

 円筒型に削り出されていく魔石。

 その光景は、神聖さすら感じさせた。


 「魔石を……加工しているのか……?」


 翔はその光景に息を呑んだ。

 彼の知る限り、魔石の加工は不可能だとされていた。


 魔石とは、モンスターの魔力が死後に結晶化した、不安定な魔力の塊だ。


 外部から物理的な力を加えようとすれば、魔力はエネルギーに変換されながらその構造はあっけなく崩壊してしまう。


 それが、この世界の常識だった。

 

 それを、目の前の少女は、指先一つで、まるで粘土細工でもするかのように、いとも容易く覆している。

 これが、彼女のいた世界の「技術者」の常識なのか。

 翔は、自分とルナの間にある魔力に対する知識と技術の文明レベルでの圧倒的な差を改めて痛感し、愕然とするしかなかった。


 数分後、ルナの手の中で、不格好な塊だった魔石は、完璧な円筒形のバッテリーパックのような形状へと姿を変えていた。

 表面は鏡のように滑らかに磨き上げられている。

 

 「翔、その腰のショートソードを貸して」

 

 ルナは翔から受け取ったショートソードの切っ先を使い、棍棒のような刀の柄頭部分を慎重に削り始めた。

 分厚い錆が剥がれ落ちると、その下から、鈍い金属光沢を放つ端子のような部位が露出する。

 

 彼女は加工した魔石を、その露出した端子にまるで最初からそこにあったかのように、寸分の狂いもなくぴたりと嵌め込んだ。

 そして、窪みから脱落しないように、翔の簡易救急キットから取り出した包帯で、柄をぐるぐると無造作に巻き付けた。

 

 棍棒に包帯、そして輝くバッテリーパックのような魔石。


 その奇妙なアンバランスさが、かえって目の前で起きている出来事の異常性を際立たせていた。


 修復と動力源の確保が完了し、いよいよ武器の起動を試みる時が来たようだった。

 


 

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