もう、言っちゃうね…?
「私なら、ずっと一緒に居るのに…」
その言葉で、私の視界に光が差し込む。
日向さんの掌がハイライトみたいに鮮明に見えた。
別に、水谷さんじゃなくても……いいのかもしれない。
胸の内にある日向さんの気持ち。
その一部をぐるぐる巻きにラッピングして、日向さんの手をぎゅっと握りしめた。
「ありがと。大好きだよ、日向さん」
「………えっ」
「だ、だだだ、大好きって……えっ!?誰が、誰を!?」
素っ頓狂な声が上がって、あたふたとし始める日向さん。許しを乞うような不安定な視線が私を射抜いて。纏わりつくような嫌悪感が這い出てくる。
「嬉しい……その、私も……」
口を窄めながらも日向さんは言葉を続けようとして。それを言われたら、もう戻れなくなる気がした。
後ろ指を刺されたみたいな感覚。
私は被せるように口を開く。
「そ、その………日向さんには色々相談してもらってるから」
「……そ、そうだよね!?そういう意味で、だよね」
日向さんは、努めて明るいままだ。
繋がれた彼女の手からは凍えるような汗が出てきていて。
それを感じ取って、また胸が膿んでいく。
(私、今何しようとしてた……?)
人肌が恋しいからって、永遠の関係が欲しいからって、自分の欲を優先して。
…日向さんの好意に漬け込もうとするなんて。
確かに、私だって日向さんが好きだ。
でも、それが恋愛感情に結びつくかは分からない。だと言うのに、心の穴を埋めるために自分の心を偽ろうとした。
日向さんは、こんなにも純粋に好きという感情に向き合っているのに。
遅れて、自分のしようとしたことが何なのか、それが分かった気がした。
日向さんは弱々しく口角を上げる。
その肩はだらんと垂れ下がっていて。
「吉田さん、好きな人いるんだもんね…」
「好き……かは、分かんない」
針の筵に刺されたみたいな罪悪感を覚えてしまう。
「私も向こうも、曖昧な関係っていうか……自分でも整理がついてないっていうか…」
正直に言おう。そう思った。日向さんに嘘をついて、弄んだりなんて出来ないから。
日向さんの方を見るのが怖い。
嘘ついて、勝手に期待させて。
我ながら、ほんとに最低だ。
「…じゃあ、私にもチャンス、…あるのかな」
嫌われた、そう思っていた。だけど、日向さんはパッチリとした瞳をこちらに向けていた。
「チャンス…?」
「うん。あの、…もう言っちゃうね」
日向さんは空っぽになった容器を手に取って「外、出ようか」と立ち上がった。
ショッピングモールを出ると、外はすっかり暗くなっていて。煌々と光る淡い街並みの中を、ゆっくりと歩いていく。
「私が、吉田さんに初めて会った時の話なんだけどね」
「2年生の新学期の日に隣に居たのが吉田さんで、最初は凄く冷たそうな顔をしてて。だから関わり辛いなっておもってたんだけど」
車と人混みが掻き立てる喧騒と、
巨大なスクリーンから流れる広告の音。
それらがノイズのように朧げになっていく。
「授業中こっそりノートに猫の落書きしてたり、消しゴム落とした私に優しく笑いかけてきたり」
堪えられない、というように日向さんは笑いを溢す。
「……私そんなことしてたの?」
「気付いてなかったの?」
…わたし、そんな風に見られてたんだ。
くるりと振り返った日向さんは、やっぱり堪えきれないみたいに笑った。
「やっぱり、す──良いなぁ。吉田さんのそういうとこ」
「クールなところも、少し抜けたところも」
日向さんの顔は見えない。
ただ、明るい、そして気持ちの良いくらいに冴えきった声をしていた。
そうして、私たちは街の中心地近くの地下鉄に入って電車に乗った。
「わたし、この駅だから」
「あっ、わたしも……」
電車を降りる私に日向さんも続く。
2人で地上へと上って残りの帰路を進んでいく。
頬を掠める生温い夜風。
人通りの少ない道で、2人きり。
少し歩いて、小さな公園に着く。
その中で日向さんはいたずらに歩き回っていて。
何か、考えを纏めているみたいな仕草に、私は居てもたっても居られなくなって、ブランコに腰を下ろした。
「今日、楽しんでくれた?」
「うん……楽しかったよ」
日向さんの柔らかな笑みに頷いて応える。
キィ、キィとブランコの寂れた音に混じって、日向さんの息づかいが聞こえて。
「わたしは、日向唯は──
そこまで言い終わった後、日向さんはゆっくりと深呼吸をして。そうして胸に手を当てたまま、言葉を紡ぎ始める。
「吉田さん……貴女が、好きです」
晴れ間が見えたような表情。
その全てが私に向けられる。
「そう、なんだ」
聞こえてくる心臓の鼓動。
それが、私のものなのか、それとも彼女のものなのか。ただ、その心音が高まっていくのを感じる。
「……答えは保留にしておいてくれないかな?吉田さんに好きな人いても、私まだ諦めたくないから」
「今のは仮の告白、だから。
だから、吉田さんが私のこと好きなったら……また言うねっ!」
ふやけるような笑顔に身体が沸騰しそうなほどに熱くなった。
分かっていたつもりだった。日向さんが私を好きだって。
ただ五月蝿いくらいに跳ねる心臓が私の内を暴れ回っていた。
◇
日向さんに告白されてから数日後。
今週から始まった期末テストもついさっき終わった数学で最後となっていた。
自分の答案を前に回してから、ぐーっと背筋を伸ばす。水谷さん達と勉強したから今までよりは取れてる、はず……。
周りを見渡すと、隣に座る日向さんと目が合って。
「吉田さん、テストどうだった?」
「まぁ……そこそこかな」
「え、まさか結構出来たとか!?わたし全然出来なくてさー」
「そうなんだ」
日向さんは身を乗り出して話を続ける。
身振り手振りで感情を表現する日向さんは、妙にハイテンションな様子で。
「ていうか、吉田さん今日までの課題やった!?」
「いや、やってないけど……」
「え、わたしも!ほんとは昨日終わらせるつもりだったんだけどさー!仮眠取ったら朝になってて!」
なんとなく、自然体じゃないような……?
「日向さん、……なんか緊張してる?」
「…………!!!」
日向さんの顔が、石のように固まった。
「いや〜?そ、それはどうかな……?」
ダラダラと冷や汗をかく日向さん。
もしかして、普段通りにしようと意識してる…?
「無理に会話盛り上げなくても大丈夫だから。……日向さんと話すの、結構楽しいし」
そうフォローを入れると、日向さんの顔が笑顔へと変わったけど──直ぐにガクッと肩を落とした。
「"結構"、なんだね……」
「あ、……ごめん。わたし嘘得意じゃなくて……」
「ひどっ!?絶対私のこと揶揄ってるよね!?」
わーわーと騒ぎ立てた後、日向さんは笑顔を溢す。
(かわいい……)
きゅぅっと心臓が縮こまって、身体が熱くなる。告白されてから、日向さんの笑顔で心がやけに騒ついてしまう。
いじらしいほどに可愛い目元と、犬みたいにふりふりと揺れるポニーテール。
そして制服の裾から覗かせる引き締まった、二の腕。
もしも、その全てに触れたとしたら。彼女はどんな声を出すんだろう
そっと、日向さんの腕に手を伸ばす。
その時──
「日向」
「あ、みずっち」
私たちの間に割り込むように、水谷さんが声をかけてきた。
「………楽しそうだね。なに話してたの?」
「え〜そんな大した話じゃないよ〜」
にやけ顔で応える日向さんを見て、水谷さんは僅かに目を細めた。
「………へぇ」
冷たくて、刺すような声色。
薄氷の笑顔が私をジッと睨みつける。
「日向と仲良いんだね、"美月"」
「……そうだけど?どうかしたの水谷さん」
美月、そう言われてあの時の記憶が蘇る。
ずっとは一緒に居られない。関係が続くかはわたし次第。
最初にそう言ったのは…私じゃない。
水谷さんだよね?
目線を逸らしながら、私は意図的に彼女を水谷さんと呼ぶ。すると、水谷さんは自分の唇のふちを指先ですっと撫でて。
その姿がやけに艶かしく見えた。
「今日、一緒に帰ろ?」
有無を言わさないような口ぶり。
私はそれに首を縦に振って応えた。
私たちの異様なやり取りを見て、日向さんは不思議そうに首を傾げていた。
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