いつか、終わっちゃうものもあるんだよ
[作者から]
吉田さんと水谷さんの行為はカクヨムの規約に反する可能性があるのでカットしました。
見たい方は「小説家になろう」のサイトで読んでください。
https://novel18.syosetu.com/n2787lf/
◇
2人きりの部屋で、時計の針が時間を刻む。
かち、かち、と鳴る中で、私は毛布にくるまっていた。
身体が重い。特に下半身。痙攣しすぎて足が攣りそうになってる。
「いつまで拗ねてるの?良い加減許してくれてもいいんじゃない?」
「拗ねてない」
「そう?なら良いけど」
私から少し離れた位置に座る水谷さん。
その横顔をじっと見つめる。
『…っ…あ、げほっ……っ』
『っぁ……よしだ、さん………?』
エッチする前の、お風呂場の記憶が浮かび上がる。あれは、何だったんだろう……?
「ねえ……」
お風呂の時、どうしたの?
何であんな声出してたの?
そう言おうとして、言葉を引っ込める。
水谷さんのもう一つの顔。そんな言い方大袈裟かもしれない。
でもあの時の水谷さんは、なんでも出来て、優しくて、私より一枚上手で。
そんな水谷さんとはまるっきり違う水谷さんだった。
今までは水谷さんの指が気持ち良くて、それだけに支配されていた。
仮面のような笑顔、私を見て楽しむような仕草。それが今まで見てきた水谷さんだ。
(じゃあ、お風呂場で見た、嗚咽を晒す彼女は…?)
行為中は離散していた思考が、一気に稼働し始める。
水谷さんに、不満があるわけじゃない。…強引なところは嫌だけど。
私の欲求に合わせて振る舞っているみたいな彼女が、何処か異質に見えて。
(じゃあ、水谷さんの本心は……?)
そう、思ってしまう。初めてラブホテルでキスされてから、今日に至るまで。彼女は何で私が好きなのか、何処が好きなのか。言った試しがない。
私だけが一人相撲をとっている。
そんな、虚無感に襲われた。
「……私のこと、ほんとに好き?」
確かめるように、問いただす。
毛布を掴んだ手に、力が入った。
「もちろん、好きだよ」
間髪入れずに返ってくる答え。AIに質問したときみたいに、簡単に「好き」って言ってくる。
なのに、水谷さんは少しも恥ずかしがっていない。愛おしそうに私を見つめる瞳には、底なしの黒暗が広がっている。
「何で?どんなとこが?いつから?」
「そう言われたら難しいなぁ」
「誤魔化さないで、ちゃんと答えて」
そうやって煙に撒こうとしても無駄だ。だって、私は見てしまったのだから。
「…さっきの、お風呂入ってた時。あれ、どうしたの?」
問い詰めるように、そう切り込む。
水谷さんは、私の方を向かずに机の上の縫いぐるみに視線を移した。
「水谷さんの全部、教えてよ。何か、あったの?」
「……何も、ないよ」
「ほんとに?昔、何か嫌なことでもあったんじゃないの?」
「昔」と言ったのは何となくだった。
ただ、あの時の彼女は、昔の自分を彷彿とさせたから、ついそう言ってしまった。
「……そんなに知りたい?じゃあ、交換条件だね」
水谷さんは少しだけ距離を詰めてきて。
ベットの隅で体操座りをする私と、水谷さんの視線が互いに交錯した。
「……交換条件?」
「そう。私が提示する条件を呑んだら教えてあげても良いよ」
「…条件って?」
また、適当に誤魔化すつもりだ。どうせ私を揶揄うために適当言ってるだけ。
そう思って、水谷さんの顔を伺った。
典型の笑顔でしょ?そうに決まってる。
その予想は、悪い意味で外れていた。
「日向と絶交して、今すぐ私の物になって」
水谷さんの顔は冷えるほどに表情を失っていた。私を捉える目には、執念だけが宿っている、みたいに見えた。
「な、にそれ、意味分かんないんだけど」
本当に意味が分からない。
水谷さんは、日向さんが私に好意を向けてることに気付いたの?でもそれは私が断れば良いことだし……。それに水谷さんの物になるってのも意味分かんない。
「嘘、だよ!冗談だし、吉田さんのことはほんとに好きだよ?」
さっきの表情が嘘みたいに、ニッコリと笑顔になる水谷さん。
優しい物言いなのに……私を突き放すように感じて、胸がズキリとなった。
誤魔化さないでほしい。私はただ、貴女が私を好きかどうか確かめたいだけなのに。
彼女への不定形な感情と、彼女の本心。
今まで曖昧にしていた物が私の首を絞めていた。
気づけば、水谷さんの首に手を回していた。
そうして、しな垂れるように彼女の胸に身体を預ける。
(答えてよ水谷さん。今何考えてるの?嘘でもいいから、好きって言ってよ)
目を合わせて、震える瞳で水谷さんを見つめる。彼女の瞳の奥の奥まで、彼女を掴んで離さない。
ピクリ、と彼女の睫毛が揺れた。
「………ごめん」
「なんで、謝るの……?」
「私らしくなかったから。良いよ、吉田さんの聞きたいこと何でも答えてあげる」
水谷さんはニッコリと表情を取り繕う。
そんなこと言われても、嬉しくない。
私が聞いたから答えるんじゃなくて、私が聞かなくても言って欲しい。貴女の好きを教えてほしい。
「もう良いよ……。水谷さんっていつもそうだよね」
「……やっぱり、強引なのはいやだった?」
「そう言うことじゃない」
「気持ちよかったんでしょ?じゃあそれで良いじゃん」
「よく、ないよ……」
気持ち良いとか、良くないとかそんな話じゃない。それだけじゃ、私の心はもう満たされてくれない。
水谷さんの胸に顔を埋める。柔らかな弾力を感じて、心臓の鼓動がとくんとくんと鳴っていた。
「……もう一回する?」
「………しない」
「もう二度としないの?」
「………もう、やめて」
こんなにも近い距離に居るのに、水谷さんが遠く感じる。いつも私を肯定してくれて、進路に迷ってた時も寄り添ってくれた水谷さん。今までそうしてきたんだったら、今だって私の気持ちを汲んでよ。
背中に回した手を握り締める。
サラサラとした髪の手触りと、硬い感触の背。それらで、辛うじて彼女の存在を掴み止める。
そんな私を見て、水谷さんは優しい声色を放った。
「ごめんね、美月」
「……名前で呼ばないで」
「良いじゃん。名前の方が距離近く感じるし、それに、愛されてるか不安なんでしょ?」
水谷さんは慰めるように私の頭を撫でてくる。
私を安心させるために。
でも、そんな取って付けたような、浮気性の男がその場凌ぎで言うような台詞なんて、全然嬉しくない。
私が胸に顔を埋めたまま黙っていると、水谷さんは耳元で囁いてくる。
「美月」
「いや」
「可愛いよ。愛してる」
「……やめてよ、水谷さん」
今は、水谷さんのこと信じられない。上っ面な言葉だけじゃ、もう………。
部屋の中に、声のない余韻が走る。
雨音がやけにうるさい。さっきまで暖かかった部屋が、今はこんなにも冷たい。
「……何で、拒否するかなぁ」
沈黙を破ったのは、水谷さんだった。
水谷さんは抱きつく私の肩を掴んで、顔を見つめる。その目には、今までにないくらいに悲しみが滲んでいた。
「………っあ」
次の瞬間、唇を奪われて。
気持ち良さに備えて目をキュッと瞑る。
だけど、舌が入ってくることはなくて、直ぐに水谷さんの顔が離れていく。
ほんの少しだけ、皮膚をなぞらえたみたいなキスだった。
「永遠に思えても、いつか終わっちゃうものだってあるんだよ」
声が、震えていた。いつもの取り繕うみたいな言葉じゃない。その言葉だけは、本物だって分かった。
「………冗談だから、そんな顔しないで?」
にへら、と笑う水谷さん。直ぐに声を出す方が出来ない。嘘だよね?ほんとに冗談だよね?って、言いたいのに喉が疼いて出てこない。
「わ、私たちの関係も、い、いずれ終わるって言いたいの?」
声が上擦ってしまう。変なこと言わないでよ水谷さん……。お願いだから、いつもみたいに明るい声で否定してよ……。
「……それは、吉田さん次第だよ」
私のか細い願いが叶えられることは無かった。
水谷さんはそれだけ言い残して、部屋を出て行った。私だけが、そこに取り残された。
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