…ありがと


日向さんと教室で別れ、わたしは校舎を出た。

校門の前まで行くと、いつものように水谷さんが待ち構えていて。


(昨日の今日でよく普通でいられるな)


水谷さんは、そんな私の気持ちなんて分かっていないようで。


「帰ろっか、吉田さん」


軽い感じで私の隣につく。

昨日無理やりキスしてきた水谷さんは、そこにはもう居なくて。


(あんなに悩んでたのに……)


まるで昨日のことが無かったみたいに振る舞うから。それが、何かムカついた。


「昨日のあれ、本気?」


「あれって?」


「日向さんと仲良くするなってやつ」


「……さぁ、どうだろうね」


変に誤魔化してくる水谷さん。

それに対抗して私も売り言葉を放つ。


「じゃあ、これからも日向さんと仲良くするから」


水谷さんの顔に影がかかった。

日は暮れかけていて、電柱の影が直ぐそこまで伸びていた。


「…吉田さんは、日向さんとどうなりたいの?」


無意識に避けていたことを眼前に突きつけられた。


分からない。どうしたいんだろう。


何にも、分からない。将来のことも水谷さんのことも日向さんのことも。


私は、何を基準にしてこれからを生きれば良いんだろう。


「浮かない顔、してるね」


「水谷さんに日向さんとは仲良くするなって言われたから」


私の憂いを見抜いたのか、水谷さんは言葉を投げかけてくる。

私は拗ねた子供のようなことを言い返した。


だけど…本当は、心臓がヒヤリとした。

水谷さんは努めて明るい口調を続ける。


「もーそんな怒んないでいいじゃん。多少話すくらいなら許してあげるからさ」


「だと良いけど」


興味ないように話に終止符を打つ。

これ以上、詮索してほしくないから。

誰にも分かってくれないだろうから。


だけど、そんな私の期待はすぐに裏切られた。


「…ねえ、本当にそれだけ?」


これ迄とは打って変わって優しい口調になる水谷さん。俯いた私の顔を覗き込んで、心配そうに見つめてくる。


「それだけ」


「うそ。吉田さんの目、揺れてる」


ぴたり、と本心を言い当てられた。

私は逃げるように視線を逸らす。

それに合わせるように、水谷さんは私の手を握った。


「…何で」


「分かるよ。だって吉田さんのことずっと見てるから」


水谷さんの言葉が、私の心にスッと入ってきて。


「……水谷さんは、将来何したいとかある?」


視線を風景に向けながらも、本心の欠片がポツリと出てきてしまう。


「将来、……か。吉田さんは?」


「…水谷さんの話が聞きたいんだけど」 


「強引だねぇ、まあ良いけど。わたしは、分かんないかな」


意外、だ。水谷さん優等生だから、もう全部決めてるのかと思ってたのに。


「決めてないの?」


「うん。別に決めなくてもいいかなって」


水谷さんは晴れやかな顔で言う。

その横顔がいつも以上に大人げに見えた。


「希望調査表は?」


「適当に書いたよ。親に決められてるから書くだけ無駄だし」


「そう、なんだ」


結局、私はどうするべきなんだろう。

水谷さんはそんな私を見て、


「決められなくていいんだよ。決められないのが普通なんだから。だって結果論じゃない?」


「結果論?」


ピンっと人差し指を立てて続ける。


「例えば、エジソンは小学校を退学したけど成功してるじゃん。でも電球発明できなかったら唯のニートだよ」


「…確かに」


水谷さんは二、三歩だけ前に走り出し、くるりと私の方を振り返った。


「だからさ、正しい道を選ばなくていいんだよ。選んだ道を正しくすればいいんだから」


微笑みを浮かべる水谷さん。

私の身体を縛り付けていた糸が、解けていく。

そんな気がした。


どうしたら良いか。その答えは水谷さんが代わりに答えてくれた。


憑き物が落ちたような私の顔を見て、水谷さんはいつもように笑いかけてきた。


「…何か、水谷さんに諭されるのウザい」


「えー折角良いこと言ったのに」


水谷さんは何事もなかったかのように振る舞う。私もそれに合わせて憎まれ口を叩いた。


人気のない住宅街を2人きりで歩いていく。

それが、何だか心地よくて。昨日言われたことなんて、全部どうでも良く感じられた。


「…………ありがと」


私の言葉が、ひとりでに夕暮れの空へと散っていった。

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