第21話
バイトが終わって、すっかり暗くなった道を歩く。
灼の家と逆方向の私の最寄駅、そのバイト先までわざわざ来るなんて……とは改めて思う。
いつも見る景色に灼がいる。
暗いから家に寄っていけばいいと伝えると、灼はまた断ったので駅まで送る。
「それで……考えたよ。聖とこれからどうなりたいか」
灼は繋いだ手をギュッと強く握ってこちらを見る。
「私は聖とこれからも一緒でいたい」
普段から色々と理屈をつけて説得力のあることを言う灼が、短い言葉で私に言った。
私にはそれに灼の迷いを感じた。
灼は優しい。
理屈っぽくて偏屈に見える……というか実際に理屈っぽくて偏屈だけど気を遣える優しい子だ。
人のこともよく見てる。
だからきっと誰がプロポーズしても受け入れたかもしれない。
気持ちを無碍にしないために。
たとえ私が離婚を切り出しても、灼は受け入れるだろう。
私の気持ちやプロポーズを傷つけないために多少は抵抗して見せて、最終的に受け入れる。
そんな優しさを持っている。
一緒にいたから、そんな優しさに気付くことができる。
出来てしまう。
「一緒”で”いたいなんだね」
そう言うと、少しだけ灼の視線がブレる。
一緒”で”いたいなんだ。一緒”に”じゃなくて。
あくまで関係性への言葉に感じた。
やっぱり……不安になる。
私の気持ちに寄り添わせているだけかもしれないことが怖い。
「灼は私との未来をどう思ってるの?」
「どう……かぁ……」
少し困ったように顎に手を当てた。
「夫婦のルールで言いたいことは言うって決めたじゃん? だから正直に教えてほしい」
「んー……」
灼の顔はどう言葉にするかを迷ってると言った表情だった。
嫌なことを聞かれたと言うより、少し口をパクパクさせて言葉を選んでいる感じ。
「……結婚はしたいかな。やっぱり」
そして色々考えた結果、シンプルな言葉が投げかけられる。
「未来をどう考えたら意味合いが広すぎてなんとも言えないけど、それだけは間違いないかな。うん」
ただ目を合わせていると「まだ足りないの?」と言わんばかりに首を傾げた。
そして、また言葉を続ける。
「どんなに色々と未来が分岐してパラレルワールドが存在していても、もう私の未来の分岐に聖無しの未来はないと思う」
そして、灼は口角を少し釣り上げて笑う。
これは喜ぶべきことなのか。
今の私にはよく分からない。
嬉しいけれど、灼の本心なのかがよく分からない。
聞くだけで蕩けてしまいそうな甘い言葉がすぐさま出てくる灼に、私はなにか怪しさを感じ取ってしまう。
淡々としてるその口調も、大好きなはずなのに何か私の心の不安を掻き立てる。
「だから……」
「灼はさ……っ! 直感って信じる……?」
「直感か……よく分からないかも」
「そうなんだ」
「結局は積み重ねで、考え方のクセだと思うんだよね。あ、別に聖を否定してるわけじゃないよ。ただ私にはあまり相性が良くない感覚かも」
言葉を選ぼうと口を動かしていた。
けどきっと出たのは本心で、彼女が素直に思ってることなんだと分かる。
その瞬間、膝から崩れ落ちそうだった。
「私は物事を理屈で考える癖がついちゃってるから。なんとなくの前にもう理由が思いつくし、後からでも理由が説明できちゃえばそれは直感じゃないかな」
「へぇ」
「それに、未来より今のが私は大事。その積み重ねが未来になるわけだし」
そして、はぐらかされた。結局私とこれからもいる未来が見えているのか。
そう聞きたかったのに。
きっと本音ではあるんだと思う。
誠実に向き合っているのは伝わるけど、求めてるものじゃない。
安心したいのに……!
でもそれを不満として表明できなくて、もっともっと知りたいと言うことは出来なくて、ただ笑ってみせた。
「聖……?」
「たしかに……そうだよね。ありがとう。私も灼と一緒にいたい」
あてつけのつもりじゃなく、素直にそう口にした。
けれど灼には自分の言葉の差に気付いたみたいで、目を大きく見開く。
そして灼の視線が私を向く方向と真逆の左下、そして左上。と少し遊ばせて何かを考えると手を握る力がギュッと強まった。
「勘違いしないでね。私は聖のことが……」
「あら? 聖?」
灼が何かを伝えようとしたその言葉を遮るように、聞き覚えのある声がした。
声の主を覗くように前を見ると……母がいた。
高校生の子供がいるとは思えないほどパンツスーツとジャケットのセットアップを若々しく着こなしてる。
「お母さん……?」
「————っ!」
なんでいるの? と含みを持たせて言葉にした瞬間、反応したのは灼だった。
パッと左手の感触が消える。
強く握っていたはずなのに、彼女は一瞬で手を離した。
「ここでいいよ」
灼が早口でそう言いながら私を置いて歩き始める。
「灼……?」
「それじゃあ、送ってくれてありがとう。空井さん。また明日学校で」
空井さん……?
灼は早足で正面のお母さんに礼もせず通り過ぎて、肩越しに私を見て少しだけまた目を細めた。
その視線はいつもの悪戯に笑うものじゃなくて、何かを誤魔化す笑顔に感じた。
まるで関係を隠すように他人行儀を装って、夜道に溶けていく。
……お母さんに私とのことを隠した?
「あぁうん……またね」
どんどん小さくなっていく背中に手を振ると、少しだけ視線で灼を追っていたお母さんは目を丸くしながらこちらに視線を向ける。
なんとも不思議なものを見たな。って感じの顔をしていた。
「……? 聖はバイト帰り?」
「うんあの子を送ってた」
「ふーん、急いでたのかしらね?」
不思議そうに灼の背中を応用に見つめてから「お疲れ様」と母は私に笑った。
なんで連絡もなしに帰ってきたのかは知らないけれど、お母さんは久しぶりに会えて嬉しそうだった。
「少しだけ日本に寄る用事ができたから、驚かせようと思って」
お母さんは子供みたいに無邪気に笑った。
いきなりだなぁとか思ったけれど、私も多分こんな感じなんだろうなって改めて認識する。
そう考えたら私はお母さん似なのかも。
そんなことを思っているとお母さんはこちらをチラッと見て、キャリーをゴロゴロ引いて、ツカツカとヒールを鳴らして歩き出した。
「もうご飯は食べた?」
「ううん」
「じゃあ食べましょ。何にしたい?
「うーん、なんでもいいかな」
「じゃあ適当に入りましょうか」
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