第16話
「今日は帰れないの?」
私の教室にやってきた灼は首を傾げてこちらを上目遣いで見つめた。
「委員会があるんだってさ。めんどくさいことに」
放課後に保健委員の集まりがあるから視聴覚室に来るようにと、帰りのホームルームで言われてしまった。
集まりとかが少ない一番楽そうな委員会を選んだのに、数少ないその集まりが灼と付き合いたての今来るなんて。
今日はバイトもないし灼とゆっくり帰れると思ったのについてない。
「じゃあ待ってる」
「いいよ。いつになるか分からないもん」
ただでさえ数少ない集会なんだから、連絡やら何やらをどれほど詰めこまれるか分からない。
そんな風に呆れ気味に伝えると、灼は食い下がってくる。
「でも、待ってたら嬉しいでしょ?」
「そりゃまぁ……」
嬉しいけど。
ただ待たせるのは申し訳ない。
「なら待つよ。一緒に帰ろうよ」
しかし灼はそんなことを気にせず、少し目を細めて微笑んでみせた。
「……なんか悪いね」
その微笑みに私もハハハっと申し訳なさげに笑って返す。
灼の献身はどこから来るのやら。
こんな子が眼鏡ひとつで存在感を薄めてたと思うと、男子の目も女子の目も等しく節穴だったんだと思えてくる。
そんなことを思っているとまた灼は冗談めかした声色で口を開いた。
「まぁ帰れって言うなら帰るけどね」
「えー、それはそれで嫌だな」
「ならいるよ。教室で待ってるから」
「うん、終わったらすぐ行く」
灼はそう言って自分の教室へ戻って行った。
私も準備して委員会に向かおうとすると
「すっげー……」
「本当に付き合ってるんだ……」
「女の子もイケるんだぁ……」
なんて男女の悲喜交々とした言葉が聞こえる。
別に好きに噂してくれて問題ない。
そもそも私は彼氏遍歴のせいであまり気分の良い噂を聞かないし。
結局私たちの関係性は変わらない。
なら周りに何を言われてもかまわない。
⭐︎
どこか埃っぽい視聴覚室で後ろの方の席に座る。
保健委員なら保健室でいいけど、まぁ人が多いし仕方ない。
それに何をやるかも想像がつく。
季節の変わり目だから風邪予防について警鐘するポスターの貼り付け。
他には保健室でサボる委員をどうするか。
そんなちょっとした対策じみたものだろうと、先輩が談笑していた。
普段の集まりが少ない分いっぱい詰められてしまうだろうなと、灼のことを考えてボーッとする。
考えたって無駄だ。
周囲を見渡すと学校で作った彼氏は運良くいなかった。
学校にも元カレは何人かいるけど、結婚の件が噂になってあれこれ詮索されるのはめんどい。
しかしながら、噂というのは耳に入ってしまうものは入ってしまう。
「あれ?」
「そうそう、あの茶色い髪巻いてる女子」
斜め前から男子2人に見られている。
チラリと見えるネクタイの色的に先輩。
ボソボソと話していてもこちらに意識が向いているなと思えば自然の粒だって聞こえてしまう。
スマホで灼になんかメッセを打つ。
『委員会来なきゃよかった』 既読
既読付くの早っ。
とはいえ、こんなの伝えても仕方ない。
はぁとため息が漏れる。
「あれで彼氏取っ替え引っ替えしてるんだろ……? めっちゃ可愛くね?」
「そうそう、告白しても断んないとか」
「めっちゃビッチじゃん」
はぁ……先輩だし言葉は悪いけど死んでほしい。
移動しようにも、席がどんどん埋まっていまさら動けない。
……てか、別に断んないわけじゃないっての。
顔に性格に雰囲気、読み取れる人間性を考えていいかなって人だけ。
正直私の蒔いた種ではあるし、噂は好きに言ってくれても構わないけど、いくらなんでもこんな言われ方をするとムッとする。
灼と出会う前でも付き合うことはないだろうな。
あの先輩に運命を感じなくて心底ほっとする。
「でもヤラセてくんないし、適当な理由ですぐ振るんだと」
「へー、付き合えるのにガード固いんだ……うわ、目合った」
灼からのメッセはゆっくりだったから、声のする方向を見たらその先輩はすぐさま顔を背けた。
「で、今は女と付き合ってるらしい」
「マジで!? 両刀!?」
違うっての。
男とか女とか関係ないだけ。
どっちもじゃない、どっちだろうと運命の人限定。
久しぶりに直球で噂を聞いた気がするけど、ここまで言われてるとは思わなかった。
名物みたいな扱いを受けてるとか、なんか妙に見られるとか、別に感じなかったわけでもないけど、こんなに言われてると思わなかった。
可愛くメイクも格好も盛れてるからだと思ってた。
「マジかー。俺、少しだけ期待したんだけどなー」
「まぁそうだよな。あの子可愛いし、狙ってるやつウチの学年にもいたし」
「てか女子と付き合ってんのってマジなのかよ、カモフラージュじゃねえの?」
灼からメッセージが来ないからか、その先輩たちの話し声が不快だったからかモヤモヤとした気持ちが奥底で募る。
「カモフラージュ?」
「女子とかたまにやってんじゃん、女同士で手繋いだり抱きついたり。あれの延長じゃね?」
「あー……まぁ友達ってのが巡り巡っての噂なんかな。俺も後輩から聞いただけで現場知らないし」
「絶対そうだって、現に俺ら知らなかったんだぜ? ふつー学校中の話題だろ? きっと親友をそういう風に言ってんだよ、だれもマジで信じてねえって!」
その会話に、つい私は耳をそばだててしまった。
友達……なのかな。
ボーッと机に突っ伏してスマホを眺めて、灼の返信を待っていた。
「まぁ男避けって感じなのかな。でも本当にそうか?」
「そうだって、てか相手の顔も見てみたいよな。その子なら……」
「相手は私ですよ」
すると、先輩たちを割り込むように女子の声が聞こえた。
女子の淡く深い透明な声。
何度も聞いたことのあるその正体が先輩と私を結んだその間に立っていた。
「灼……?」
「聖……こんにちは」
「こんにちは……ってなんでいるの?」
「クラスの保健委員の子に、代わりに出てあげるって言ったら代わってくれた」
マジか……。
まさか、そこまでして来るなんて想像もしてなかった……。
「それで、私たち友達じゃなくて夫婦ですから。私にも聖にも手を出さないでくださいね」
灼が私の顔を手のひらで軽く撫でて静かに伝えると、その会話を聞いた周囲の生徒もこちらを見始めた。
夫婦……? と当の先輩だけじゃなく周囲まで声にしている。
「おい……お前謝っとけって……」
「えっ? あー、マジか。ごめんなさいね、変なこと言って」
ボソボソと私について話をしていた先輩はぺこりと頭だけを下げて前を向いた。
灼はそれを見て、ちょうど空いていた私の隣の席へ座る。
「ありがとう、灼」
「メイクしてくれてるのに顔触っちゃった。ごめんね」
「灼から見て崩れてないなら大丈夫」
そして灼は顔を触った指先と顔を交互に見て「大丈夫そう」と一言だけ口にして笑った。
夫婦だという部分を否定をしない私の様子もざわつきに拍車をかけたのか視線が集まるけれど、あえて無視して灼を見つめた。
「わざわざ来るなんてビックリした」
「来なきゃよかったって言ってたから」
それに待ってるのも暇だし。そう付け足して灼はクスリと息を漏らした。
それに少し安心感を覚えた反面、まだ先輩たちの言葉が頭の中でフラッシュバックする。
……友達に見えるのかな。
「……どうしたの?」
灼は椅子をこちらに寄せて覗き込む。
心の奥底を覗くような視線が眼鏡越しにこちらを刺す。
「なんでもないよ! こんな時まで一緒なんてやっぱ夫婦だなって思って」
灼は「いまさら?」と笑っていた。
明るく振る舞って、心の奥に蓋をする。
私の中でやっぱり引っかかってる。
どう見られても関係ないと思っていたのに、引っかかった。
指輪とか確かな形がない中で「お互い夫婦だね」なんて言い合うことに、意味があるんだろうか。
なにか、なにかが欲しい。
私は喉の奥が無性にむず痒くなる。
私は欲しい。
これが運命だと、私と灼は結ばれるんだと、証明できる何かが……欲しい。
そう思って窓の外を見ると青空の中で輝く太陽に、ちょうど雲がかかったのが見えた。
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