第15話
※昼休み 続き
「いや、私も灼が運命の相手で良かったなって思って」
やっぱり私の直感は間違ってなかったと思う。
だってこれだけ仲良しなんだもん。
女同士なのに、いきなりプロポーズしたのに受け入れてくれたんだもん。
運命じゃなきゃ拒否されて終わりだよ。
そうやって灼を見つめていると、彼女も私の視線を受けるようにこちらを見た。
「私も男が寄らなくなって嬉しいし、女の子の中でも聖は一緒にいて気分が良いよ」
灼はそうやって何かを思い返すようにそう言った。
……始業式の時の注目はやっぱり好きじゃなかったんだ。
なら私なりに何か返した方がいいと思った。
「私も。ねぇ、手ぇ繋いでいい?」
「昼食中なのに?」
「少しだけ」
膝の上にお弁当箱を置いて手を握る。
手を握るのは好き。
体温を交換してるみたいで心地いい。
それが好きな人だと尚更。
お互いの考えとか心とか、手の血管を通して溶け合わせるみたい。
私は多分少しだけドキドキしてるけど、灼の手の血管から感じられる鼓動は落ち着いている。
すると、繋いだ手に視線を落としていた灼はこちらの目を見て不意に言葉を溢した。
「こういうの漫画とかだと百合って言うんだよね」
「百合? 花の?」
「そう、女の子同士の恋愛関係はそう表現するらしいよ。あっ、でも現実じゃなく創作のジャンルなのかな……」
灼はボソリと呟きながら1人で考え始めた。
私はまぁまぁと話を戻す。
「夫婦とかまで言っちゃうとレズとかもっとハッキリした感じじゃない?」
私は笑う。
私たちの関係はどっちかって言うとそんなレトリック? のようなもので括るものじゃない気がするけどね。
改めてラベルを貼るとそうなるんだろうなと思うと笑えてくる。
テレビの中や駅前活動の人の話でしか知らなかったけれど、こんな身近なんて。
ユニセフくらいの、名前は知ってるけどそれ以上は知らないみたいな。
そんなものの中身を見てるみたい。
「まぁ言い方だよ。レズより百合の方がオブラートだし」
「たしかに」
オブラートなぁとか思って食べる。
灼の作ってきた卵焼きはぎっしり重みがあって、味もしっかりしてて美味しい。
意外と甘めなタイプなんだな。と自分の作るものとの違いを感じる。
少しずつ差を理解していくと、何か外堀が埋まっていく気がする。
「んでそういうのには意外とね、定義があるんだってさ」
「定義?」
「人によって百合か、百合じゃないかみたいな。友達同士でも百合だーって言う人もいるし、恋愛感情がはっきり見えないと百合じゃないって人もいるとか」
「へー」
女の子同士で夫婦として過ごしている私たちにとっては他人事に聞こえなくて、つい話を聞いてしまう。
ていうか、そんなジャンル? があって、そういう解釈で宗派が分かれるほどファンが多いんだ。
へー。
「でも、私たちの関係とは距離感じるね」
「……どういうこと?」
私の言葉に灼は目を丸くする。
「だって現実問題として私たちは夫婦だって言ってるけど、これを漫画のジャンルに変換するわけでしょ? なんか浮世離れして感じない?」
同じ青春でも現実とドラマでは劇的具合が違うから、ドラマの方を基準にして物足りなく感じてしまうことがある。
濃縮して作られた青春ドラマの方が青春って言えるように、私たち夫婦関係も漫画とかに比べたら全然なのかもしれない。
私たちからしたら親近感を覚えるべきジャンルなのに、少し遠く感じる。
「それに友達だと違うって言う人もいるんでしょ? その人の基準からしたら私たちってどうなるのかな」
周りからの見え方なんて関係ない。そう思っていてもどう見られてるかは気になる。
色々と俯瞰で考えてしまうものもある。
そうやって甘い卵焼きを口に運びながら灼に話していると
「ふふっ」
灼は小さく吹き出した。
「なに? なんか変なこと言った?」
「いや、聖も理屈っぽくなったなと思って」
「……灼に似たの。つまりは灼のせいだよ」
それでも灼にプロポーズしてから、変に思い詰めてしまうことがあった。
運命の中身とか、私の直感はどこから来たのか。
分からないことが多いせいで、それを解消するために理屈で後付けしようと頭が動くようになっている。
「そっか。でも大丈夫だと思う、愛好家たちから見ても私たちは立派な百合。百合過激派も溶けちゃうくらいに甘々だと思うよ」
静かに、淡々と、小説でも朗読するように恥ずかしい言葉を空中に放り投げた灼。
気恥ずかしくなる。
嬉し恥ずかしい、誰かに聞かれてないかな……?
顔を逸らそうに灼の隣は逃げ場がない。
だから誤魔化し半分で口を動かして、その言葉で上昇した体温を口から逃す。
「それは嬉しいな……てか、そんなことばっか調べてんの?」
そういえば。と付け加えた。
照れ隠しまじりで言ったけど、普通にそこらへんは気になった。
詳しいにしても少し知識というか、ネットサーフィンする海が偏ってる気がする。
もっと大海原をサーフィンすればいいのに
「女の子同士の結婚について調べてたら出てきた」
灼はいじらしくこちらに微笑んで少し自慢げだった。
なんでそんな自慢げになれるのさ。と少し吹き出してしまう。
「調べすぎじゃない? ネット中毒みたい」
「だって聖との関係をもっと形にしたいから」
また恥ずかしげもなくそんなことを……。
ただ少し照れそうになったけど、だんだん慣れてきた。
「はぁ……灼のそういうとこ、もう慣れたよ。灼はキザなんだね」
笑って余裕を見せると灼は瞼を見開いて目をまん丸にしながら、アテが外れたのを誤魔化すようにお弁当に入っている小さなハンバーグを口に入れた。
「じゃあもっと刺激を強くしていく必要があるのかな……」
「えっなに……?」
「愛はハッキリと伝えなきゃね」
ボソリと呟く灼は口の中のものを飲み込むと、再びこちらを向いた。
なんかもうお弁当を一緒に食べるよりも、おしゃべりに夢中になってる気がする。
すると灼は「ちょっと失礼」と私の顎を軽く触って、グイっと目が合うように力を入れた。
王子様のように強引に視線を合わせられ、顔の周りが熱くなる。
「こういう構図とか、結構あったんだよ」
「ちょっ……!」
「もう少し、漫画とかイラストみたいな甘い空間にいたいから」
「……っ!?」
何か、少し焦ってるんだろうか。
灼はぼんやりとしたものを形にするように何かを演出してる。
さらに彼女は少しばかりベンチの座ってる位置をこちらに寄せる。
とはいえ、漫画とか言われても……
「いや、それ私たちからじゃ分かんないでしょ」
ついつい吹き出してしまう。
謎に頑張ってる灼が少し面白かった。
はぁーっと息をついて空を見ようとした瞬間、口に何かが飛び込んできた。
「んっ!?」
「吸って」
「んっ……」
ストロー状のなにか……というかストローをを口に入れられて、それを吸うとオレンジジュースが喉の奥を通過した。
「これで恋人っぽく見えるかもね。美味しい?」
「……うん」
「まぁオレンジだしそうだよね」
灼は顔のそばに紙パックを持ちあげて揺らした。
なんの信頼なんだか。
「ふふ……あっ」
灼の咥えていたものを口に入れたことに遅れて気付いて、私はつい唇に親指を添えた。
……間接キスじゃん。
「あっ、回し飲みとか気にするタイプだった?」
そしてさらに口元に置いた私の手を、灼の柔らかい指が包み込んだ。
片手はオレンジジュースのパックを、片手は私の手を。
ベンチに座り、上半身だけをこちらに向けていながら、こんな姿勢になってる灼がちょっと面白い。
「今日は妙に積極的だね、灼」
「そうかな?」
「器用にあの手この手で色々してくれるじゃん」
「そうかな……?」
一生懸命に強がってみて、彼女の顔を見つめ直す。
すると灼は不思議そうな顔で両手、膝上のお弁当、こちらの顔、と視線を遊ばせた。
そして彼女は言葉を漏らす。
「たしかに、今日は好きなもので溢れてるから。テンション高いかも」
「……っ!」
それが今までの灼の行動の中で一番私に効いた。
やっぱり可愛いとか、恋人とか、そういう関係よりも「好き」という言葉がシンプルで一番攻撃力が高い。
灼は私の体温を上げてくる。
残暑だって言うのに、このままじゃ熱中症になってしまいそう。
静かな中に甘く溶けるような温かさがこもった声が、どうにも私の気持ちを焚きつける。
やっぱり私は灼が好きだ。
愛してる? アイラブユー? いろんな言葉で埋め尽くしたくなるほどに。
そして、灼も私のことを好きでいてくれる。
これは……これだけはたしか。
「うん。私も視界いっぱいが大好き」
「良かった」
「ほら、食べよ!」
これからもずっとそうやって2人で幸せや好きを感じて生きていくんだと、また私の直感が囁いてる気がした。
見上げれば空には雲ひとつ浮かんでいない。
真っ青で透き通る。灼のような青空に私は少しばかり見惚れていた。
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