第14話

 体育の時間が終わって、お昼休み。


 今日は灼がお弁当を作ってきたというから今日はそれを食べることにした。

 快晴のおかげか明るくてピクニックみたいな気分。


「はい、お弁当」

「珍しいね。灼って料理するんだ」


 昼食は購買でパンとかを買って、まったりと過ごす。

 お互いにそんなお昼だったのに、今日はやけに珍しい。


「しないけど、こっちの方がそれっぽい。漫画で見た」

「あれ? そんなシーンあったっけ?」


「1番新しい巻にあったよ」

「そうだっけ? あぁでもたしかにあったかも……って灼、全巻買ったの?」


 あの時小説の新刊も買ってたのに読んだんだ……。


「うん、だって聖は読んでるんでしょ?」

「まぁね」

「だから私も読んだ。聖がどんなものを好きか知りたいから」


 まるで小学生が宿題をやってくる理由を話すみたいに灼は言った。

 当たり前ってことみたい……。


 全部買うと結構お金かかるのに……しかもこの感じだと読み込んでる。

 お弁当を作って一緒に食べる話って、エピソード間に入ってるおまけ4コマだった気がする。


 私のおすすめした漫画を読んでそれを再現してくるなんて流石にびっくり。


 灼のこういうなんとなくで示してくれる好意を感じると、お腹よりも先に胸がいっぱいになってしまいそう。


「言ってくれたら貸したのに」

「別にいい。こういうのは買って読まないと正しく判断出来ないから」


 評論家じみたことを言いながら灼は笑った。

 そこはそういう感じなんだ。

 本当に独自の感覚で生きてるんだなこの子。


「そうだね。」

「うん。ほら、食べてみて。聖のために作ったから」


 ほらほらと促される。

 灼って意外と尽くしたいタイプなのかな……?


 そんなことを思って笑っていると、視界の端に他の生徒がチラチラと目に入る。


 ただ奇異の視線を向ける様子はない。


 あのプロポーズが噂になったのか1週間くらいは灼と一緒にいると、周囲の男女に物珍しく視線が飛んできたけど今はもうそんな視線もない。


 恋人、友人、夫婦、どう見られているのかは分からないけど、多分周りも慣れたんだろう。


 少なくとも私たちは……あれ?


 今の婚約の段階だと夫婦……でいいのかな。

 恋人以上ではあると思うけど、その呼び方がよく分からない。


 付き合うという段階を飛び越してプロポーズしちゃったから、カップル……も違うのかな?

 この手の疑問を灼に投げると、またAIみたいにいろんな答えが返ってきそうだからやめよう。


 2人の関係性なんて「永遠を誓った仲」それでいいんだ。


「どうしたの?」

「あぁいや、なんでもない。うわっ凄いね! 色んなおかずあるじゃん」


 とりあえず思ったことは飲み込んでお弁当を開くと、白米の隣におかずがぎっしりと詰まった中身が顔を出す。


 一目見ただけで手間が分かる。


「聖って色々食べたいタイプでしょ。だから頑張った」

「そうだけど……うわ、私の好きな食べ物ばかりじゃない? そういうこと話したっけ?」

「流石に何度もお昼一緒なら見てればわかるよ」


 うへぇ〜って変な声が出ちゃいそうになった。

 見られてたとなると恥ずかしいな。


 お互いに食べることはそれなりに好きだけど、まだ灼の好みはオレンジジュースとエビだって事くらいしかはっきりと分からない。

 あとは将来的に虫が入る可能性があるくらい。


「灼って凄いね。絶対モテたでしょ」

「さぁ? でも私って意外と尽くすタイプなんだっていうのは、自分でも最近気づいたよ」


 質問を躱しながら彼女は顔を傾けて静かにこちらを見上げる。

 モテる子特有の否定しないあれだ。

 私も返答に困ってよくやる。


 やっぱりモテるんだな。


 まぁでも灼は灼で楽しそうだし、本当にそういう人なのかも。

 わざわざそんなことを……っていうのを積極的にしたいタイプ。


 それを見て喜んでるのを見るのが好きってより、ただ相手のために行動している。

 そんな灼の眼鏡の奥にある瞳が少し潰れていじらしくこちらを見つめている。


「なんか私からプロポーズしたのになんか尽くさせちゃってるね」

「いいよ。私は聖がそばにいてくれるだけで嬉しいから。そのためなら頑張るよ」


 その言葉に心臓が少し跳ねた。

 視線を落として色んなおかずに顔を逃す。


 なんでこんなこっちが恥ずかしくなるんだろって少し自分に呆れると灼は言葉を続ける。


「自信はあんまりないけど食べてみてよ……どうかな?」

「うん……んっ! 美味しい!」


「良かった」


 灼は器用だ。

 ものぐさな割にやれば出来るところが少し羨ましい。


「料理まで出来るなんて凄いね。灼ってこういうの苦手かと思った」


「少しだけ頑張ったよ。レシピ見て聖の好みに合わせて調整したんだけど、料理は科学って言うし分量変えていいのかとか考えちゃって……」


「あぁそうなんだね! ありがどう、伝わったよ。ほら、あーん」


 灼のスイッチが一瞬入ったのを察して即座にシャットダウンした。


 理屈屋な灼の口に卵焼きを近づける。


 きっと愛情表現として料理を作ってくれているし、私もそれを返さなきゃ。


「あーん。ん、甘くて美味しいね」

「灼が作ったんだよ?」


 まるで初めて食べるみたいな感想を言うモノだからつい笑ってしまう。

 なんか不思議な感じ。


 一緒にいることには慣れてきたし、灼のこともいっぱい知れた。


 この子となんとなく結婚するんだという直感の箱に、実感が注がれていく。


 性格が合うかと言われたらそこまで似てないけど、足りない部分をフォローをし合えるいい関係だと思う。


「私も食べたいやつ入ってるし、大丈夫。2人のためのだから」

「よかった。なんか私ばかりに気を遣ってもらって……食べたいモノ?」


 その一言に少し不安を覚えてまたお弁当に目を落とす。


 灼の食べたいモノ……。


「虫は入ってないから大丈夫」

「あ、あぁ! ハハ。そんな気にしてないよ」


 バレてる。


 虫の佃煮でも入れてるんじゃないかと警戒してしまった。


 灼は器用で料理まで上手なのに、虫というだけで顔を引き攣らせたくない。


 いくら美味しくてもそれが昆虫って言われると笑顔を保てる自信がない。


「まぁでも、やっぱりプロポーズした私の方が若干もらってるものが多い気がする」

「そう?」


「うん、色々してくれるのって灼が多くない?」


 お弁当だったり、提案だったり。


 それこそ夫婦のルールだって灼が積極的に考えてくれた。


 私も尽くそうと色々してるけど、天秤にかけたら灼の方に傾くと思う。


 そんなことを思いながら口にご飯を運ぶ。


 灼はオレンジジュースのパックにストローを挿して口に入れた。


 そして可愛らしく口をすぼめてジュースを飲むと、少し緩んだ表情で改めてこちらを見た。


 上目遣いでメガネを避けて視線がこちらに飛んでくるので、目を合わせると彼女は口を開いた。


「聖が一緒にいてくれるだけで私は嬉しいよ。話しかけてくれるし、愛情もくれる。体育の時に言ったけど、プロポーズしてくれたのが聖でよかった」


「ごほっ!」


 灼の一言にご飯が喉に引っかかった。

 本当に凄いなこの子……。


 嘘とか建前とか、私を気分良くするためのお世辞とかそんなんじゃないのが分かる。


 灼の性格を知ってその真実味が強まる。


「ありがとっ。にしても……本当に直球だよね」

「愛情表現はするってルールだし」


 だからか……。


 いや決める前からそれなりに言葉で私の好意に応えてくれていた。


 色んな言葉や理屈で動いてる灼から素直な愛の言葉は、きっと誰でも心を焼かれてしまう。


 頭の中の歯車がオーバーヒートしてなんも考えられなくなっちゃうみたいな。


「漫画とかで頭から湯気出る感覚が分かるかも……」

「……? どういうこと?」


「いや、私も灼が運命の相手で良かったなって思って」


 やっぱり私の直感は間違ってなかったと思う。

 だってこれだけ仲良しなんだもん。


 女同士なのに、いきなりプロポーズしたのに受け入れてくれたんだもん。


 運命じゃなきゃ拒否されて終わりだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る