第13話

 体育の時間になってみると、やっぱり運命というのを信じざるを得ない。


「灼! いたー!」

「えっ?」


 あまりに嬉しくて大きな声が出た


 運命を感じてしまって、周りがこちらを見てるのとか全部関係なしに指を差してしまった。


 でも仕方ない。


 だって示し合わすことなく同じ選択なんだもん。


 あっ、でも体育館ってだけでバスケ選択とか違う球技かも。


 そんなことを思いながら注目を無視して灼に駆け寄った。


 周囲も灼と一緒にいることに慣れた頃合いだったのに、こんな大波立ててしまって恥ずかしい。


「おはよう。大きな声出たね」


「うっ……まぁそりゃあね? 灼は何の球技なの?」


「バドミントン」


「……っ!!!!!」


 私もバドミントン選択だった。


 ほら、やっぱり運命だよ。


 嬉しさから湧き上がる身体の中の力をどこに発散したら良いかわからない。


 でも人前で抱きつくわけにもいかないし、灼とハグもまだしたことないし……。


 ドタバタと地団駄を踏み締めて、嬉しいエネルギーを発散する。


「どうしたの? どこか痒いの?」

「違うよ。まぁ心はむず痒い気分だけど」


「だから体モジモジさせてたんだ」

「あーそうそう」


 よく分からない納得をしている灼を見つめると、そういえば一緒に体育館に来ていた友人を忘れていた。


「ちょっと聖、またいきなり……あっ。陽鷹さん?」


 同じくバド選択にしていた梨々香も息を切らしてこちらに駆け寄る。


 そういえば忘れてた。


「えっ……あー」

「鶴巻梨々香。初めまして、聖の友達です」

「あー、あなたが」


 灼の眼鏡越しの瞳が丸く開いた。


「ん? 聖からなんか聞いてる?」

「話題に困ったらあなたの話してるよ」

「いや、困ったからしてるわけじゃ……」


「はーい集合、バドの選択はこっち集まって」

 弁明を待たず、集合の声掛けがくる。


⭐︎


「あたしもいいの? 陽鷹さん」

「先生が3人組って言ってたし、鶴巻さんもいないと2人になっちゃう」


 ラケットをブンブンと縦に振って灼は本当に気にせず言う。


「私も気にしないからいいんじゃない?」

「いや、でも流石にあたしも空気ってのをさ」

「灼は嫌だったら嫌って言うから多分大丈夫だ……よっ!」


 シャトルを灼のほうに打ち上げる。


「うん、聖って嘘つくと分かるみたいだ……からっ」


 灼は腕をしならせて舞うようにシャトルを梨々香の元へ打ち上げる。

 ふわりと浮かぶそれは、私の感情のように宙を舞っている。


 下から上に、落ちないように会話と一緒に繋いでいく。


「それならいいけど……まぁ確かに聖は嘘とか分かるよねっ!」

「いや、まぁなんとなくだよなんとなくっ!」


 首と目だけで灼はシャトルを追いかけている。

 ボーッと立ってるようで、しっかり見てる。


 めっちゃ省エネ。


「また直感かぁ、陽鷹さんも大変だ……ねっ!」

「いやまぁ……聖は面白いよっ」

「それは同意っ!」

「私は聖にプロポーズされてよかったと思ってるっ……あれ」


 ポトリとシャトルが落ちた。


 フワッと灼の黒髪が跳ねて肩にかかる。


 そんな彼女を見つめる視線を、シャトルが一瞬だけ通過してポトンと音がする。


「……聖?」

「うわぁ……アツいこと言うね」


 首を傾げる灼にも、それをひやかすような声を出す梨々香にも反応が出来なかった。


 直球でそんなこと言われたら私も少し……いや大きく心臓が跳ねる。


 嬉しいとか、気恥ずかしさとか、そういう好きに繋がる感情をスプーンいっぱいにして口の中に入れられたみたいな。


 灼の言葉から理屈じゃなくて感情が出てくると、そんなふうに一瞬で幸せが広がる。


「いきなり……そんなこと言われたらびっくりする」

「プロポーズしたのそっちでしょ?」


 こっちだけど……。あのプロポーズは積み重ねの結果じゃないし。


 直感に任せてしたことが、大きな意味を持って返ってくる。


 灼と一緒にいると、それが何度もやってくる。

 なんとなく好きって言えば、灼はそれにはっきりと応える。


「うわ顔真っ赤じゃん。ほんとに好きなんだー」


 すると今度は梨々香がブハっと吹き出すように笑う。


「えっ! あっいやこれは……」


 視線が反復横跳びする。


 びっくりしながら目尻を垂らして感心そうに笑う梨々香と、不思議そうに首を傾げる灼。


 これは……からかってる。


 灼が朴念仁でも機械人間でもないことはもう分かってるし、わざとそんなこと言って……からかってるなこの子は。


「灼……わざと直球で言ったでしょ?」

「よく分かったね。まぁ本音だし」


 婚約者である眼鏡の女の子は目を丸くしたと思えばふふっと息を漏らす。


 その様子に少し呆れてしまったけれど、呆れるより驚きが勝っていたのは梨々香だった。


「いやぁ……すごいね。マジでお互い本気なんだ」


 本気だよ。


 灼にプロポーズして2週間。

 デートもしたし一緒に過ごす中でも、あの直感を疑うことはなかった。


 むしろ「やっぱり自分の直感は正しい」と思えるくらい。


 不安があるとしたら、その根拠が見つからないだけ。


 数学で問題の答えが分かっても、途中式が分からなくて正しいか分からないって時のような不安。


 どれだけ灼に「その答えで合ってる」と言われても、途中式が分からないと不安は残る。


 それが数学なんてわかりやすいものじゃなく恋とか結婚とか、曖昧な感情で起きている。


 ただそれでも私が灼を好きなのは間違いないんだけど。


「本気だよ。少なくとも私は」


 私が言葉を返す前に灼が返事をした。


「へぇ、いきなりプロポーズされたのにノリノリじゃん」

「もちろん。聖は良い子だし、プロポーズされて喜ばない人はいないよ」


「女同士でも?」

「うん」


 灼は即答。


 そう言って笑うと、その後を追うようにメガネの奥にある瞳が笑う。


 梨々香の前なのに、なぜか灼のペースに飲まれるというか好きと言う気持ちが前に出てきてしまう。


「凄いねぇ。ちょっと想像以上にラブラブだわ」


 梨々香の口調自体は茶化すような雰囲気を出していたけれど、私と灼を行ったりきたりする視線はどこか温かかった。


 最初はなんとなくだけど灼と距離を測っていたように見えていたけれど、この感じなら私の親友公認ってことで良いんじゃないだろうか。


「陽鷹さん側からここまではっきりと愛情表現してると思わなかったよ」

「聖がプロポーズしてくれたから、それに応えたくて」


「ふぅ〜! どうよ聖、フィアンセがこれだけ言ってくれてるなんてさ」


 今度は露骨に揶揄うように片眉をあげてこちらに促してきた。


 私が灼の話をしてる時はスルー気味だったのに、灼を知って少し調子に乗ってるなこれ。


「あっ、それでさ。そういや気になったんだけど、眼鏡……外せない? あたし陽鷹さんの素顔見てみたい」

「えっ、あぁ別にいいけど……いい?」


 灼はこちらに確認の視線を向ける。


 そういえば私以外に見せてほしくないって言ったけど……まぁ梨々香ならいっか。


 私は首を縦に振った。


「見せて見せて……」


 というか、なんか眼鏡を外すことが呪いとか封印を解き放つみたいで少し面白いな。


 そんなちょっとした含み笑いも、改めて灼の眼鏡を外した顔を見ると吹き飛ぶ


「うわっ! マジですごいね」


 綺麗なんだよね。

 眼鏡があると異物すぎる。


 レンズの反射でところどころ光がチラついたり、デカいクリフレームのメガネが合わなすぎて色々と雰囲気を壊してる。


 荘厳な大自然の美しい風景の中にパチンコ台があるみたいに、眼鏡で本来の雰囲気を破壊してる。


 改めて見ると髪型もあるんだろう。


 黒髪ロングにメガネはもうなにかしらのテンプレートに灼を押し込んでしまっている。


 そんなことに全く興味ないように、裸眼の灼は目を細めて私たちを見やった。


「そんなすごい? 鶴巻さんも綺麗だと思うけど」

「いや、まぁそう言ってくれるのは嬉しいけど」


「すごいよね、灼の顔」


 そう言うと灼は眉間に皺を寄せて目を細めてこちらを見た。


 不服を表明してるみたい。


「あぁ別に面白がってるわけじゃないよ。本当に綺麗だから」

「そうそう。ねぇっ! 髪まとめてみてよ。ツインテとか」


 今が体育の時間というのを完全に忘れて、梨々香は私の手首からヘアゴムを外して灼に強引に手渡した。


「……まぁいいけど」


 そして眉を顰めたまま受け取って不器用に髪をまとめはじめた。


「あっ、やったげるよ」


 あまりにも不器用に髪をぴょんぴょん跳ねさせながら結んでいたから手を貸す。


「あまり髪結んだりしないの?」


 そういや体育なのに長い黒髪も結ばないし、そもそも髪型をイジったりしたのを見たことない。


「あまりやらない」


 改めて思い出した。


 この2週間で分かったこと、灼はモノぐさだ。


 あの後のデートもずっと制服だし、結局のとこは面倒くさがりなのだ。


 私は灼の後ろから、光を吸い込みながらキラキラと反射させる濡羽色の髪を軽く指で整えて、髪を束にまとめる。


「暑くないの?」

「暑いけど……涼しくしちゃうとヘアゴム失くした時に余計暑いから」


 よく分からない理屈で返している。


 その答えに困惑したのか、質問した梨々香も口と目を丸くして何も言わなかった。


「はいっ、出来た。どう? 痛くない?」

「痛くない、大丈夫」


「……眼鏡の時と比べると振り幅で怪我しそう」


 梨々香は目と口がまんまるになったと思えば、少し引き攣った。


 そしてそのまま自然と顔で「見てみ?」と私に促したから、灼の体をくるりと回してこちらを向けると私も梨々香と同じ顔になった。


「うっわぁ……」

「なに?」


「可愛い」

「そうなんだ」


 淡白な会話で終わらせて良いの? これは。


 顔が元々綺麗なのにツインテールにすると、髪型による幼さで少し背徳感が湧く。


 灼は実感ないのかポケーっとしてるけど、ダウナーな淑やかさに可憐さが加わるとここまで破壊力抜群になるとは。


 これでゴスロリなんて着てみたら恐ろしいことになりそう。


「いやぁこれは男子も話題にするわけだ。肌も綺麗だし、こんな可愛いなんて知らなかった」


「眼鏡してたら可愛くないんでしょ? じゃあきっと可愛くないんだと思うけどね。ただ整ってるとは思うから、私は美形の枠に入るんじゃないかな。2人は眼鏡も可愛く似合いそうだよね」


 その発言に今度は口を閉じたまま目を見開いて、少し引き攣った笑いを浮かべてこちらを見た。


 あー多分梨々香は「マジで言ってる?」って言いたいんだな。


 灼は多分これマジで言ってるんだよね。


 そう目で返事をすると何かを感じ取ったのか、灼はヘアゴムをするりと髪から外した。


「これいい? なんか頭ぴったりしちゃって」

「あぁうん、あっじゃあさ! ポニテとか……」


「そこの3人っ。遊ぶなら別の選択に変えるぞー」

「げっヤバっ」


 私たちはそうして先生に促されてまた3人で向かい合ってバドミントンのシャトルを打つ。


 落ちないようにポンポンと、何気ない会話をしながら。

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