第8話

「ここの本屋は初めて来たかも」


 じゃんけんの結果、灼が勝ったから服屋と逆方面にある本屋まで向かった。


 初めて来た。と静かながらウキウキで顔を右に左に向けている。

「そんな違いある?」


「図書館とか近所の本屋だと新刊は遅れて入荷するけど、ここにはすぐ入るみたい。新刊コーナーが凄い新鮮」


 眼鏡越しの瞳はキラキラしている。


「どうなの? お目当てのはあった?」

「うん、読んだことのない小説とか色々と読みたいから」


 かなりの本好きみたいで「読んだ」「読んでない」「読む気がしない」と、本棚を眺めてひとつひとつ選定してる。


「本、好きなんだね」


「作者の脳みそと会話してるみたいで楽しいんだよね。私にも理解出来ない感覚を言語化してくれるし、それに共感するのが好き」


 理屈っぽかったり、何かよく分からない美学みたいなものを持ってる理由が分かる。


 こういうものから吸収してるっぽい。


「私は無理だなぁ、漫画のほうがいいや」

「面白いよ。これとかおすすめ」


 灼はそう言って私に本を差し出す。


「なにこれ?」

「せっかくだし読んでみてよ」


「んー」


 タイトルは「落ちて、咲いて、笑って」というハードカバーの小説だった。


 桜の花が舞っている表紙のイラストと、筆で描かれたようなタイトル。

 

 どんな小説なのか、パッと見でよく分からない。


「たださぁ? 漫画は絵でどんな話かわかるけど、小説は分かんないよね。ほら、あの可愛いイラストのやつみたいに全部話してくれればいいのに」


 あっちの方が人気じゃない? と示すように平積みされてる漫画のようで漫画じゃない小説のコーナーを指さす。


「あぁラノベ? あれも読むけど……なんかさ、タイトルで全部書いてあるとこちらの考えを誘導されてるみたいでムカつくよね」

「何に怒ってるのさ」


 ふふって笑った灼。

 どういう感覚なのかよく分かんなくて私もつられて笑ってしまう。


「それで? これはどんな本なの?」

「読めばわかるよ」


 灼は棚から目を離さず、本を吟味したまま答えた。


「ふーん、まぁ読んでみようかな」

「うん。私がどれだけ聖を大切にしてるか分かると思うから、読んでみて」


「そんなに?」


 また大袈裟な……とか思いつつ、私はペラペラと流し見をした。


 恋愛系……みたいだけどやっぱり字が多くて目がしばしばする。


「決めた。この新刊にしよ」


 そして灼は最終的に1冊の本を手に取って小脇に抱え、私のことを見た。


「……そうだ。せっかくだし、聖のおすすめも教えてよ。漫画はあまり読まないから」


 そして漫画コーナーを指さす。


「いいけど、こんだけ読んでるのに漫画は読まないの?」

「絵だとすぐ読み終わっちゃうし。あまり読まない」


「ふーん。なんでもいい?」


 灼は顔を縦に小さく振る。

 どうしようかな。


 漫画は梨々香や彼氏に借りたりして、それなりに手広く抑えてるとは思うけど灼の好みってなんだろ。


 王道かグロ系か不良系か……なんか偏ってる気がする。


 素直に恋愛とか……?


 まぁでも灼が私にオススメしてくれた本がハートフルな感じだし、そんな感じのをおすすめしておこう。


「『メイプルシロップ・コミュニケーション』……?」


 漫画の棚から1巻を取り出して灼に手渡すと、タイトルを読み上げて首を傾げながらこちらを見た。


 読み上げられると少し恥ずかしくなるな……。


 どんな話? と聞きたいのは視線で分かる。


「読めば分かるよ」


 さっきのお返しだって分かったのか、灼はふぅと息を漏らして笑った。


「そっか。聖のおすすめなら期待しちゃおうかな」

「うん、灼にとって面白いかどうかは分からないけど」


「そうだね。ただ合わなくてもさ、なんで面白いと思ったのか知りたい」


 ひとつひとつの言葉が素直で正直。


 静かな表情からそんな言葉が出てくることが嬉しくて、少し全身が温かくなる。


 知ろう知ろうとしてくれるのが嬉しくて、輪郭の無い愛情に輪郭がついてくる感じがする。


 言葉と、灼の姿勢が私の胸の奥に何かを訴えてくる気がして心地いい。


「やっぱ2人で来れて良かった。レジに行こ」


 けれど……そう言いながら漫画と本を抱きしめた灼を見て、私は少し不安になる。


 私は彼女のことが好きだけど、いまひとつ理由が分からない。


 好き。ビビッときた。結婚するんだ。

 その衝動のままに感情が動いてる。


 ただ目の前の彼女は、いきなりプロポーズをした私のことを本当に想ってくれている。


 仲の良い友達じゃなくて、恋人としての距離にいてくれる。


 それに明確な理由があるのを感じた。


 私にも理由があるはずなのに、明確に出来ない。


 なんで? と聞かれたら答えられない。


 それでも私は結婚するっていう直感を信じたくて、そう確信して……陽鷹灼のことを見つめる。

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