第7話

「うぇっ……制服?」


 デート当日、駅前で集合だったけれど灼は制服を着て待っている。


 学校は休みなのに。

 自分でも顔が引き攣ったのが分かる。


「あぁ聖、おはよう。制服だよ」


 ただ私のそんな表情を見ても、彼女は少し首を傾げるだけで「なにかおかしいの?」と言わんばかりだった。


 ルールの挨拶をさらっとこなしてこちらを見る。


 いや、おかしいよ?


「おはよう。なんで制服なの?」


 服を持ってないの? と付け加えてみると彼女は首を横に振った。


「持ってないわけないでしょ」


 冷たい視線がこっちに向く。

 こっちがおかしいかのように……。


 困惑しているとそんな私の様子を見て、クスッと空気を漏らすように彼女は笑った。


「これが1番いいんだよ」

「なんで?」


「他の服だと私のこと分かんないでしょ? 名前も知らなかったし」


 からかいと嫌味とが半分ずつ込もった視線を向けて彼女は眼鏡の奥の目を細める。


 たしかにスカートが長い眼鏡の女子としか覚えてなかったし……私服だとどうなることか。


「眼鏡しない方が目立つらしいけど、もう聖以外に見せたくないからね」


 少し眼鏡を下ろして、舌先を見せて笑う。

 そしてからかいと嫌味とが込もる視線に、好意が乗っけられて心臓が跳ねる。


「それに聖も他の人に見せたくないでしょ? 私、意外と聖のこと見てるからそういう独占欲あるのに気付いてるんだよ」


 なんなのこの子……!?


 というかやっぱり見た目には自信はあるんだ。

 つまりわざとこういう振る舞いをして……私をからかってる。


 好きなのはこっちだけど、なんか分かんないけど好きなんだけど。


 受け入れる側だった灼からそんなこと言われると、恥ずかしくて目を合わせられなくなる。


 ……ん? でもさ。


「私服でもそっちから話しかければよくない?」

「……あぁ、たしかに」


 気付かなかったんかい。


 口にはしなくても、そのまん丸な口を見ればそんなことに気付かなかったのはすぐ分かった。


 頭が良いのか、それともうっかりなのか。

 理屈っぽくて分かりやすいには分かりやすい性格だけれど、掴み所はない。


「でもさ、私は制服の姿が1番可愛くないかな」


 灼は自慢げにスカートをつまんで持ち上げて見せた。


 長くユラユラと揺らめくスカートの裾から小さい膝が顔を出している。


 細く白いこの子には確かに合ってるかも。


 デニムにシャツとかは似合わないだろうな。似合うとしたら……ゴスロリとか?


 そうなるとまぁ高校の制服の方がこのアウトレットモールの雰囲気には合ってるか。


 もしかしてそこまで考えてるのかな……?


「……可愛くないかな?」


 彼女は上目遣いでこちらを覗き込んだ。


 うん、考えてない。そもそもゴスロリ服とか持ってるかどうかも分からないし。


 ゴスロリより制服のが馴染むと思ったんだよね?って聞いても「あぁ、そういうことにしておこうかな」とか言うに決まってる。


 高校の制服を私服にカウントしてるなんて、やっぱり変わってる。


 うん、意外と私も灼のこと分かってきてるじゃん。

 なんか少し嬉しくなって彼女を見つめた。


「可愛いよ。灼は制服で十分だね。制服を私服にカウントしてるのはビックリだけど」

「服は服だし。でもありがとう。聖もおしゃれして、気合い入ってるんだね」


「そりゃね」


 デートですもの。

 ビビッと直感に来た相手とドキドキするデートなんて……気合いが入らないはずがない。


 歴代彼氏の誰の時よりもテンションが上がってる。


 好きになってほしい。ドキドキしてほしい。

 この私の直感の衝撃を、灼にも感じてほしい。


 私を運命の相手と確信してほしい。


 そうすることで、私もこの直感が間違ってないと信じたい。


 そんなことを思いながら、私は手を握る。


「行こっ。灼はどこか行きたいところある?」

「私、本屋行きたい」


「本屋かぁ、私は服屋行きたいな。せっかく灼いるし」


 ぐっと握り返しながら灼と視線を合わせる。


 そして灼のつむじからつま先を眺めた

 

「着せ替え人形にする気?」

「んー、まぁ近いかな」


 素材の良い灼を可愛くコーディネートしてみたいかもとか思いながら見てたら、灼はそれに気づいたっぽい。


 ぼーっとしてるというか、理屈屋で感情に鈍感なように見えて意外と目ざとい。


「それにしても、女の子にプロポーズされて、デートするなんてね」

「私もだよ。そもそも勢いでプロポーズしたのに、よく受けてくれたよね」


 何度も聞いたことだけど、そんな言葉に優しい微笑みが返ってきた。


 ……私が女の子に好きだって言われたら、正直引く。

 けど、灼は私も好きとは言わなかったけど「いいね」と言ってくれた。


 それが嬉しかった。


 嘘臭さがなくて、素直な肯定の言葉。


 私だって実態の掴めてないこの好きって感情を、灼も同じように感じてくれたんだって思えた。


「それじゃあ服屋と本屋、どっち行こうか?」

「意見が分かれたし、じゃんけんだね。聖」


 夫婦のルール『意見が分かれたらじゃんけん』

 彼女は右隣に立つ私を見上げて、口元を上げて笑った。


「ルールを執行出来るの、楽しいかも」


 灼は繋いだ方と逆の手をグーにして、さらに目を細めて笑みを濃くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る