第9話

 お昼ご飯の時間。


 じゃんけんして勝った方がお店を選ぼうと決めた結果、私が勝った。


 ベーグル屋、アメリカのダイナーを模したお店、ファストフードがまとまったフードコート。


 食べるのが好きな私としては目が遊んでしまうほど色々ある。

 いろいろ食べたい。


 とはいえ灼の薄細な体型を見るとあんま食べるタイプじゃなさそうだし、生魚も大丈夫みたいだからチェーンの寿司店にした。


 ここならお互いに食べたいものを食べたい分だけ食べれるし、食の細そうな灼でも大丈夫。


 そう思っていたのだけど、灼は想像以上に健啖家だった。


「意外といっぱい食べるんだね。聖」

「いや、それは灼もだよ」


 2人ともあれこれ注文して食べ続けている。

 10皿の塔が私と灼で一棟ずつ建設されてる。


 過去に梨々香とご飯に行ったら「めっちゃ食べるね」と言われたことがあるけど、灼を見てると意外と普通なのでは? とか思えてくる。


 よく考えたら普段もパンを3つにオレンジジュース。

 運動部の男子が食べるドデカな菓子パンじゃないにしろまぁまぁ食べる方か。


「とはいえ、灼もこんな食べると思わなかったなー」


 パフェのグラスをスプーンでカチンっと鳴らして対面の灼を見る。


「知識も食べ物も摂取するのは楽しいからね」


 彼女はそう微笑みながら、タッチパネルをいじって他に何があるのかをザッピングしていた。


 パネルに伸ばした腕はほっそりとしていて、私の小さい手でも掴めば指がくっつきそう。


 だからと言って病的ってわけじゃない。

 骨ばってなくて、しっかり肉がついている

 

 女の子が憧れる細く見える骨格や体質をしてる。

 いっぱい食べても太って見えないんだろうなって感じ。


 少し……いや、とっても羨ましい。


 そうやって灼を眺めていると、視線に気づいた灼は

 

「……何かついてる?」


 と、タッチパネルからこちらに目をやった。


「いや? 不思議だなーって思って」


 そのスッキリした体のどこに入ってるんだろう……。


 食べるのが好きな私は食べたものが胸につくかお腹につくかで悩んでいるっていうのに。


「不思議……?」

「量もなんだけど、好みも凄い不思議だなって」


 それに沢山食べるのは同じでも、私と灼とでは傾向が違った。


 私は色々と頼んだけれど、灼はひたすらエビを食べていた。


 エビを10皿。


 しかも甘エビとかバリエーションなしのオレンジ色のエビのお寿司を食べていた。


 まるでエビ星人みたいだった。

 エビ星人がなにかは知らないけど。


「他の食べたいとか思わないの?」

「エビが1番好きだし。あ、オレンジジュース飲みたい」


 タッチパネルでオレンジジュースのパックを注文しながら灼は言った。


 まだまだ余裕そう。


「色々食べれるのがこういうお寿司屋の良さじゃない?」

「どれもお寿司だからなぁ。変わったものがあればそれ食べたいけど、お寿司の味は大体知ってるし」


「変わったものって?」

「虫とか」

「えっ」


 ……虫?


 正面に座る灼は顎に手を当てながら、まるでクラスメイトの名前を思い出すように口にした。


「虫って昆虫だよね……? あれ食べるの?」


 マジで……?


 恐る恐る確認すると、灼は少し前のめりにこちらを見つめる。


「食べる機会ってあんまりないから食べてみたくない? 蝉とかはエビに似てるらしいんだよね。むしろエビより旨味があるとか」


「うっわー……聞きたくなかったかも」


 ……エビはもう食べれなさそう。


 露骨に眉にチカラが入ったのが分かったのか、また灼はくすりと口に手を当てて笑った。


「直感で生きてるのに意外と繊細だね」

「灼が理屈っぽい割に大雑把なんだよ」


「興味のあることをやってみて経験を積むことは楽しいし、私は私の価値基準で動いてるから……あっジュースきた」


 灼はジュースのパックが乗った皿をレーンから取り上げて、ストローを差して口に咥えた。


 ストローの白色が少しオレンジ色に染まって、窄めた小さな口にジュースが流れていく。


 それをなんとなく眺めた。


 興味と経験に価値基準ね。


 制服もそうだけど、こだわりとか含めて色々変わってるなーって思う。


 私のプロポーズを受けたのもそれに従った結果なんだろうか。

 私だってよく分かってない、結果ありきの感情な気がするのに。


 灼はそれに合わせてるのか、同じように感じてくれてるのか。


 でも彼女の中で「空井聖との結婚」が理屈の通っていることだと思えば、それは嬉しいことなのかもしれない。


 興味から始まっていたとしても、少なくとも灼の行動には私への愛情があるのは伝わる。


「それにしても、お寿司とジュース飲む人初めて見たかも」


 そう言うと灼は小さい口からストローを離して、視線を返してくる。


「オレンジ、好きなんだよね」

「そうなんだ」


 そういえば昼休みもオレンジのパックジュースを飲んでた気がする。


「オレンジってジュース以外だとあまり見ないから」

「そうかな? 結構ある気がするけど」

「みかんに比べたら少ないでしょ。だからあったら飲んでおきたくなっちゃう」


 そうかぁ。


 彼女と会話をする度に、惹かれた理由が分かってくる。


 灼は少し人と違う。ズレてるというより、自分の考え方に忠実。

 それは直感で動く私と、少し似た部分があるんだと思う。


 口調や理屈っぽさだけを取り上げると機械的だけど、食の好みとかは人間的だからギャップでミステリアスに感じる。


 それが私の目には他とは違う特別なモノに見えている。

 きっと目が合った瞬間、私は彼女の特別を直感した。

 

 他の人とは違う灼の独特な感覚を直感し、惹かれたんだと思う。

 けれど灼が特別ではなくても、私は好きになったと思う。


 でもそれは見た目とかそういうんじゃなくて……。

 うん、考えてもよくわからない。


 それは結局都合よく理屈づけしてるだけだし、意味もないかな。


「にしても、2人で結構食べちゃったね」


 灼がタッチパネルでお皿や注文の履歴を指差す。

 スイーツも含めたらまぁまぁのお会計の額になっていた。


「2人で暮らしたらエンゲル係数高くなっちゃうね」

「食費かさむなぁ〜貧乏になったらどうしよう」


「そしたら私が外で虫食べるから平気だよ。ダンゴムシとか食べようかな。食べたことないけど食べれるのかな?」

「それはやめて、考えたくない」


「必要になったらだから、きっと大丈夫だよ」


 必要になったらってやるってのが怖いんだけど。

 ふふっと悪戯っぽく笑う灼だけど……冗談に聞こえない。


「いや、本当に。必要になってもしなくていいよ」


 それをやっても嫌いにはなれないのがまた……恋って業が深いと思わせる。

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