第2話 王女の依頼と蠢く陰謀
王城は、朝から慌ただしかった。
――だがそれは、日常の賑わいではない。どこか、張りつめた空気がある。
王国政庁棟。その最奥、黄金の回廊を抜けた先――謁見の間。
ここは、王族と限られた高位貴族のみが入れる特別な場所。
この空間の空気は、政治と権力の重さを纏っていた。
重厚な扉が、ゆっくりと開く。
現れたのは、青銀の騎士服を纏う一人の男。
――王国騎士団副団長、レオン・アーディル。
その姿に、並ぶ侍女や衛兵たちが自然と頭を垂れ、騎士たちは直立不動となる。
だが当の本人は、戸惑ったように辺りを見回していた。
「……? あれ、俺なんか変でした? 服、裏返しだったとか……?」
小声で首元を確認し始めるレオンに、衛兵たちの喉が一斉に鳴る。
“あの飛竜を一撃で屠った男”が、なぜこの調子なのか――誰もが混乱し、そして畏れていた。
「レオン・アーディル殿、クラリス殿下の御前である」
宣言とともに、緋の天幕が静かに開かれる。
現れたのは、王国第一王女――クラリス・エルフィリア。
白磁の肌に、淡いプラチナの髪。気高さと知性を備えた気品が、自然と空気を支配する。
王族の象徴にして、王国最大の“政敵を抱える女”でもある。
(……やはり、この人はただ者ではない)
クラリスは、入室してきたレオンを見て、再びそう確信した。
――“飛竜を一振りで討ち果たした”という報せ。
最初は誇張か、あるいは偶然かと思った。だが、報告書を読み込み、目撃者の言葉を集めた末に出た結論はひとつ。
“彼は、意図せず神話級の所業を為した”――それを本人だけが理解していない。
「……お呼び立てしてすまない、レオン副団長。わたくしから、直接お礼を伝えたくて」
クラリスは微笑んだ。だがその瞳の奥には、計り知れない熱が宿っている。
「もったいないお言葉です、殿下。俺なんて、ただの補佐係ですよ。ただの……」
「“一振りで飛竜を討った”方が、それを言いますか?」
「えっ……? あれ、見てたんですか誰か? いやー、たまたま急所に当たっただけで……風向きもよかったし」
クラリスの隣に控えていた側仕えの騎士が、小さく息を呑んだ。
その無自覚ぶりは、もはや神をも畏れぬ“純粋さ”だった。
「……あなたに、お願いがあります」
クラリスの声が、一段深くなった。
「数日後に開催される社交会――わたくしの護衛を、引き受けていただけませんか?」
「護衛……俺でいいんですか?」
「ええ。外交官や貴族、隣国の使節も参加する場。表向きは宴……ですが、実態は“情報と陰謀”の戦場です」
空気が凍った。
クラリスはさらに一歩、近づいて言葉を続けた。
「……最近、わたくしの周辺で不審な動きが続いています。
誰かが、わたくしを……“排除”しようとしているのかもしれません」
「……なるほど」
レオンはしばし考え込み、やがて微笑んだ。
「わかりました。俺でよければ、ぜひお供させてください。けど……」
「けど?」
「……正直、社交会って何話せばいいか分からないんですよね。ワインの味とか、全然わからないし」
クラリスは笑みを浮かべたまま、軽く目を伏せる。
(――この男は、きっと“世界にとっての変数”になる)
***
その数刻後――騎士団本部・作戦室。
「王女護衛ですってぇええ!?」
机を勢いよく叩き、叫んだのはシリルだった。
「副団長が王族に信頼されてるのは当然ですけど! でもやっぱり、なんでよりによって副団長なんですかっ!」
「不満があるの?」
「いえっ! もちろんありません! ただその……危険ですからっ」
(貴族派、魔族派、諜報派……全部来るじゃないの……!)
シリルは頭を抱えた。レオンが無邪気に引き受けた護衛任務の裏には、王国最大の派閥闘争が横たわっているのだから。
「まあ、何かあったら守ればいいし、逃げればいいしね」
「副団長の“守る”が国家防衛クラスだから厄介なんですよ!!」
***
その夜、王城から遠く離れた地下神殿。
「――“神殺し”が、王女の護衛に入ったか」
闇の中、不気味な光を灯す魔族たちが集っていた。
「まだ気づいていないようだが、あれは“完全な兵器”だ。人間側が真に動き出す前に、我らが先手を打たねばならぬ」
「“対レオン計画”を発動せよ。
このままでは、あの“異物”が時代そのものを変えてしまう」
戦火の影が、静かに、だが確実に迫っていた――。
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