俺は平凡副団長〜なぜか化物や英雄が敬語で接してくる件〜

はるはるぽてと

第1話 副団長一撃で龍を屠る

王都の朝は、今日も騒がしくも平和だった。


 衛兵たちの訓練の掛け声、行商人たちの威勢のいい呼び込み。遠くからは鍛冶場の金床を叩く音が絶え間なく響き、通りには焼きたてのパンと煙草の混じった匂いが漂っている。


 ――その喧騒からやや外れた一角。王国騎士団本部の執務室に、カリカリとペンが走る音だけが響いていた。


 


「……よし、これで残りの報告書も終わりっと」


 積み上がった書類の山に一息つき、ペンを置いたのは、王国騎士団副団長――レオン・アーディル。


 金茶色の髪を無造作に束ねた彼は、青銀の騎士服をラフに羽織っているものの、その立ち姿からは否応なく“只者ではない”空気が滲み出ていた。


 だが、本人は至って自然体だ。むしろ、自分を“ただの事務処理係”くらいに思っている節がある。


 ノックの音に続き、扉がそっと開かれた。


 


「お疲れさまです、副団長」


 現れたのは、銀髪の若き女性騎士――シリル・メイファ。彼女の手には、湯気を立てる紅茶の入ったトレイが乗っていた。


「今日は少し甘めにしてみました。お好きでしょう?」


「助かるよ、ありがとう。君の紅茶があるから、副団長ってのも悪くないな」


 にこりと笑ってカップを受け取るレオンに、シリルは一瞬、言葉を失った。


 ――その無防備な笑顔が、たまらなく眩しかったから。


 


(……本当に、自覚がないんですね)


 シリルは思わず心の中で嘆息する。


 副団長として、王国の実質的な戦力の中核を担う彼が、こうして気軽に自分に笑いかける。それは光栄であると同時に、どこか不安を覚える瞬間でもあった。


 この人は、自分がどれほどの存在か、たぶん本当に分かっていない。


 


 ***


 


 その日の午後、騎士団の作戦室は張り詰めた空気に包まれていた。


 壁に掛けられた地図には赤い印がいくつも走り、周囲の騎士たちの表情にも緊張が走る。


「――それで、例の飛竜の件なんだが」


 重厚な声を響かせたのは団長グラハム。剛毅な体躯と厳つい顔で知られる彼が、今は深刻そうな顔で報告書を見つめていた。


「東の山岳地帯に現れた個体、想定よりも活性が高い。周囲の村に被害も出始めている。急ぎ討伐班を――」


「また飛竜ですか。最近多いですねぇ」


 レオンが軽く頭を掻きながら声を漏らす。真剣な空気にそぐわないその調子に、場の空気がわずかに和らいだ。


「だが団長、この記録……以前俺が“たまたま”撃退した個体と似てますね。再生か、もしくは……同種か?」


「“たまたま”ねぇ……。お前の“たまたま”は、竜の顎を素手でへし折るレベルだからな」


「いやいや。風向きが良かったんですよ、あの時は。あと仲間の支援も――」


「ふん、そうかそうか。なら、今回も“運”で頼むぞ。副団長」


 グラハムの顔に浮かぶのは、呆れとも信頼ともつかない複雑な苦笑だった。


 彼の中では、レオンはすでに“規格外”として分類されている。本人だけがそのことに無頓着だという事実に、団長は何度目か分からない溜息を飲み込んだ。


 


 ***


 


 山岳地帯。


 切り立った崖、岩の裂け目、渓流の音。冷たい風が吹きつけ、野鳥すら声を潜めるこの場所に、討伐班の騎士たちが緊張した面持ちで並んでいた。


 その中心に立つ、青銀のマントを纏う男。


「副団長殿、本当にお一人でよろしいのですか……?」


 若き騎士が思わず声をかける。彼の手には微かに震えがあった。


「大丈夫。様子を見るだけだよ。無理そうならすぐ戻ってくるから……あ、何かあったら逃げてね」


 笑って手を振るレオンに、騎士たちは何も返せなかった。


 ――軽すぎる。だが、それが恐ろしいほどに“本物”なのだと、彼らは知っていた。


 


 その瞬間、空が、割れた。


 バサァァァアアアアアッ!!!


 尾根を越えて出現したのは、漆黒の飛竜。甲高い咆哮が空気を切り裂き、地響きと共に岩場が崩れる。


 その双翼はまるで夜の帳のように空を覆い、騎士たちは思わず一歩後ずさった。


「っ……でけえな……!」


 レオンは小さく呟き、剣の柄に手をかけた。周囲の空気がピタリと凍る。


 飛竜が咆哮し、急降下する。


 地が揺れ、風が唸り、岩が爆ぜた。


 ……だがその中心で、ただ一人、レオンは動かなかった。


 


 ――すっと、風を切る音が響く。


「風斬り」


 その一撃は、まるで空間ごと切り裂くようだった。


 目にも止まらぬ剣閃が走り、飛竜の喉元を一直線に貫く。


 グシャアアアアアッ!!!


 咆哮もなく、巨体が地に崩れ落ちた。鱗の擦れる音、砕ける岩、巻き上がる砂煙――すべてが“あと”だった。


 


「……あれ? 弱ってたのかな?」


 レオンは首をかしげた。


 


 ***


 


「……い、今のを見たか……」


「ええ……いや……あれ……剣だったよな?」


「一振り……。一振りで……飛竜が……」


 討伐隊の騎士たちは呆然と立ち尽くしていた。


 そこにいたのは、神話の英雄か、神そのものか。


 ひときわ若い騎士が、無意識のうちに跪いた。


「副団長様……! ご無事で、何よりです……!」


「いや、君たちが連携を意識してくれたからこそだよ。あの竜も、きっと気迫に押されたんだ」


 レオンは、本気でそう思っていた。


 彼の無垢な瞳に、誰も何も言えなかった。


 


 ***


 


 その夜。騎士団本部の一室。


 団長グラハムの元に、一通の書状が届けられる。


「王女クラリス殿下より。副団長レオンに、明日の謁見の場を設けたいとのことだ」


「……やれやれ。堅苦しいのは苦手なんですけどね」


 レオンは頭をかきながら、椅子にもたれかかる。


「……やはり、レオンは王国の切り札だな」


 グラハムは静かに呟いた。


 彼の背後で、その様子を見つめていたシリルの瞳は、まるで神を見るような――崇拝と畏怖が入り混じった光を湛えていた。


 


 ――彼は知らない。


 己の剣が、国を救い、時代を変えていくことになることを。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る