第3話

 何と言うか、ごちゃごちゃとした部屋だった。

 灯りのついていない深夜なので全体は見渡せないが、それでもヘンテコな物品は幾つか確認できる。

 

 人間大の招き猫。

 宇宙服。

 からの虫かごが20個ほど。

 とにかく色んなものが置いてあった。


《まあ、どうでもいいか。やることは一つだ》


 私はあいつが寝ているベッドに上った。

 顔を近づける。

 そして、叫んだ。


《起きろおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!》


「ひぇええええええええええ!!!!!!??????」


 葦原つみれは情けない声を出しながら、跳び起きる。

 そのままベッドから転がり落ちた。

 

《アッハッハッハ!》


「なにごと……あ、悪霊!?」


《こんばんは、つみれ!》


 朗らかに挨拶。

 さて、つみれさん。

 この挨拶は聞こえているよね?


「な!? 人間に言葉を伝えられるだと!?」


《なんとなーく、出来るんじゃないかなと思ったのだけれども……勘が当たったね》


 つみれの奇襲を受けてから十数時間後。

 私は彼女の部屋にお邪魔していた。

 朝に美優が、つみれの家を教えてくれたからね。

 早速、足を運んだというわけだ。


「成長しているということか……!?」


《たぶん、あのときの雷が原因じゃないかな?》


 これも勘だが、あの時の雷撃が私の様々なスイッチを押した気がする。

 出来ることが増えた、そんな感覚が芽生えたのだ。

 

「~~~~~~~~~! 雷の札は逆効果だったか……!」


《残念だったねー!》


 どうやら思った以上に笠臣奈津という背後霊はハイスペックらしい。鼻が高いとはこの事だ。

 さて、それでは。

 本題に入ろう。


《……今朝はよくも美優を気絶させてくれたな。私だけならともかく、あの子にまで手を出すとは。ただじゃおかない》


「くっ……! 仕方ない、仕方ないんだ! お前を倒すためには手段を選んでいられない! お前が美優さんの近くから離れないのならば、彼女にどうしても攻撃の影響が出てしまう!」


《はあ!? 私が美優の側にいるのが悪いみたいな言い草だな!?》


「なにをどう考えてもその通りだろう!? お前が美優さんに憑いているのが最悪なんだ!」


《私のどこが悪霊なんだ!》


 私は全身から黒い靄を出す! 

 黒い靄はつみれを包み込む!

 靄の禍々しさは地獄を覗き込むが如し!

 

「これ! これだよ! こんな邪気を出すんだからもう悪霊以外の何物でもないだろう!?」


《なんかイライラすると出るんだよね、これ!》


「前々からちょっと漏れてたぞ!? 教室で3回くらい見た!」


《マジで!?》


 え、いつ!? 教室で出したことあったけ!?

 あ~~~~~~~~。そういえば、あの時。

 

 数学の先生が美優の居眠りを咎めた時、先生の頭を引っ叩いたことがあった。

 あの時はほんのちょっとだけ出ていたかも……。

 それ以外だと、ちょっと思いつかない。


「ほらほら! 人間に危害を加えている! やっぱりろくな霊じゃないぞ、お前!」


《うるせー!》


 こんな真夜中に、美優の寝顔を眺めると言う至福の時間を捨ててまで、こいつの部屋に来た目的を果たしてやる!

 

 私は人間大の招き猫の前まで移動。

 拳を握り、右手を振りかざす。

 見てろ!


《おりゃああああああああ!!!》


 招き猫に、パンチを三連打!

 招き猫の顔を粉砕!

 

「ああああああああ!!!!!」


《どんなもんだい!》


「くそ! やめろこいつ!」


 つみれは私に向かって飛び掛かろうとしてくる。

 もちろん、そんなものは華麗に回避。

 

 次に台所で、お皿十枚を一気に床へ叩きつけた。

 ガシャアアアアアアン!!! と盛大な音が響く。


「ひええええええええ!!!」


《ポルターガイストをお見舞いじゃああああああ!!!!!!!》


「お前、悪霊としての格を自分でドンドン上げてる自覚あるか!?」


《楽しくなってきた!》

 

 なんというか、己の中で嗜虐的な精神がムクムクと湧き上がって来たというか。破壊の快楽が全身に満ち始めたというか。

 ふふふ、次は何をポルターガイストしてやろうか?


「どりゃああああああ!!!」


 つみれは、未知の心地よさに浸っていた私の隙をつく。

 走り出し、そのまま勢いを殺さずジャンプ。

 足を私の胸元へ叩き込む。

 ドロップキック!


《ぐえええええええ!!!》

 

 霊能力者の蹴りは見事に決まった。私は台所の机を巻き込みながら派手に吹っ飛ぶ。


「どうだ悪霊!? まいったか!?」


《うう……強い。しかし、つみれ。夜中にこんな大暴れをしてアパートの人たちは皆、飛び起きたことだろう。ふふふ。ご近所さんから、白い目で見られるといい!》


「心配御無用! 呪術を使った防音をしてある。術の開発中に大きな音がすることもあるからな……というか、なんださっきから! なんで下の名前で呼ぶんだ! 慣れ慣れしい!」


 あ……言われるまで気づかなかった。

 たぶん。たぶんだが。

 美優がお前のことをそう呼んでいたから、いつの間にか私も自然と下の名前であるつみれと……。

 

 いけないな。仕返しをする相手への対応にすら。

 あの子の影響がある。

 どうしようもなく、私の中心は美優なのだ。


《ど、どうでもいいだろそんなこと!》

 

「――いいか、悪霊。お前が美優さんとの間にどんな関係性を持っているかは、知らない。けれど。それでも」


 つみれはこちらを見据えた。

 その表情には、研ぎ澄まされた刃の趣がある。


「私の直観が告げているんだ。お前は暴走している、と。例え最初の想いがどれだけ純粋なものだったとしても、それは歪んでしまった」


 歪み?

 まったくこいつは一体何を。

 戯言だ。


「あの人から……離れろ! 美優さんはお前なんかが側にいて良い存在じゃない。あんなにも美しくて優しい人はいない。私みたいな奴にも、あの人は微笑んでくれた。学校ではいつも気味悪がられていた私を、だ!」


 ……私はお前のことを覚えていないけど。

 それでも、美優との間に何気ない一言二言の会話があって、それはお前の大切な記憶だったんだな。


 少しだけ、ほんの少しだけ物思いにふける。

 ポルターガイストをしようとする私の手は、一時的に止まった。


 プルルルルルルルルルル! プルルルルルルルルルル!


「え?」


《え?》


 部屋の中に突如、着信音が響いた。

 これは、つみれのスマホから?

 彼女のベッドの上が音の発信源のようだ。


 つみれは私を警戒しながらスマホを手に取った。

 こんな深夜、しかも私が襲来したタイミングでの着信だ。

 何かかがある。私との戦闘中だが、つみれには着信を確認する価値があるだろう。

 私も電話の内容が気になるので、そのまま傍観。

 

「もしもし……梁本さん!?」


 え、美優!?

 私は電話に出ているつみれのすぐ近くへ行った。


「えっと、どうされました? こんな夜中に?」


『うーん? なんとなく?』


「な、なんとなくって……」


『いいじゃん、わたしとつみれさんはもう、ただならな仲なんだから』


「ひゅい!? ななななななななな、なんですかそれ!?」


『わたしに憑いている霊のことで、色々と考えてくれるんでしょ? そんなの普通の友達よりもずっと深い関係だと思うよ?』


「それはそうかもしれないですけど……もう! からかわないで下さい!」


『ばれたか♪』


 それは随分と。

 楽しそうな光景だった。

 楽しそうな、会話だった。


 私の足は自然と部屋の外に向かっていた。

 玄関のドアを開け、それを閉める。

 つみれは私が退出したことに気づいただろうか。


 夜の街を一人、行く。

 いや、道の向こうから酔っぱらいのおっさんが歩いてきた。


《わっっっっっっっ!!!!!》


 おっさんの耳元で叫んでみた。

 けれど。


「ふんふんふん~」


 おっさんの鼻歌は止まらない。

 私の声は一切届いていない。


 ある程度能力が成長しても、声が届くのは一部の霊能力者だけなのだろう。

 だから、美優にも私の言葉は伝わらない。

 

 もうあの子と楽しくおしゃべりは出来ない。

 それがとても、寂しかった。

 

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