第4話
他の人から見たら、何でもない出来事のように思えるかもしれない。
でも、私にとっては光り輝く一瞬だった。
美優を助けたあの日、あの瞬間。
私はとても大切な時間を歩み始めたのだ。
まだ私が五歳で、幼稚園児だった頃。
一人の女の子がイジメられていたのを見かけた。
イジメていたのは何人かの男の子たち。
その子が具体的にどんな理由でイジメられていたのかは覚えていない。でも、髪の毛を引っ張られて泣いている姿がとてもかわいそうだったから、私はいじめっ子の男の子たちにとびかかった。
複数人が相手だったがなんとか勝利。
どんなもんだい。鼻高々。
『かっこいい……』
イジメられていた女の子が、そんな言葉を投げかけてきた。
私は応える。
『もうだいじょうぶ! ねえ、ともだちになろう!』
それまで同じ幼稚園に通って、それなりの時間が経っていたのだけれど、美優と積極的に話し始めたのはそれが最初。
以来、およそ十年間。
私と美優は友達として一緒の時間を過ごした。
かつてイジメられていたとは思えないくらい、美優は活発で物怖じしない女の子に育っていく。
対して私はその、なんというか、人付き合いが苦手な方で……社交面においては美優に頼りっぱなしだったと思う。
その代わり、運動全般を頑張った。どこか特定の部活動に入ったわけではないが、とにかく体を動かし鍛えていった。
運動会で結構、活躍できたのが生前の自慢の一つだ。
全ては美優の隣に、胸を張って立つために。
あの時言われた『かっこいい』という言葉へ報いるために。
私は頑張った。
数カ月前、美優の背後霊となった。
死んだ私が、彼女に何が出来るか、悩んだ。
悩んで悩んで、悩みまくって。
そして、美優を守ろうと決意した。
あの時のように。
美優をイジメから守った、あの時のように。
大切な幼馴染を守ってみせる。
……まあ、『かっこいい』とは、もう言ってもらえないかも知れないけれど。
会話自体が出来ないからね。
回想はここまで。
話を戻そう。
葦原つみれの部屋に夜襲をかけてからしばらくの間、私は美優の下を離れていた。
その間ずっと、つみれに対してヒット&ウェイ攻撃を繰り返していたのだ。
生前よりも格段に上がった身体能力のおかげで、その経過は順調そのもの。
買い物のための外出時を狙い、走行中のトラックの上から飛び降りて、蹴りを喰らわせたり。
学校周辺を散歩している時に、住宅の外壁の中から突然現れて、そのままバックドロップを仕掛けたり。
少しでも外に出かけたら、すぐさま攻撃! そして撤収!
じわじわと奴の心身にダメージを与えてやった。
ただ霊能力者というのは格闘術にも長けているものらしく、反撃を受けることも。
バックドロップを即座にやり返された時はびっくりした。
というか、あの短刀はどうした。雷の罠を仕掛けてきたあの日に使ってたアレ。常備はしてないのだろうか。
そんなこんなで、およそ十日。
ヒット&ウェイを続けていたのだけれど。
今日はちょっとお休み。
深夜、私はつみれの家に再びお邪魔することにした。
なんというか。
その日はちょっと、センチメンタルな気分だったのだ。
《おーい、起きろー》
「……!!!!!!!!!!」
壁をすり抜けて、アパートのつみれの部屋に侵入。
ベッドの上にのぼり、部屋主の耳元で声を出す。
つみれはたちまち跳び起きた。
部屋の隅に移動し、そこでファイティングスタイル。
「またなのか! またなのか悪霊! いい加減にしろ! 何度も何度も! っていうか、この部屋には結界があったはずだぞ!?」
《ノリで乗り越えられたぞ?》
「またしても能力が成長している……!」
つみれは頭を抱え、天を仰いだ。
私はその場に腰を下ろす。
「……? どうした悪霊? 攻撃してこないのか?」
《私の名前は笠臣奈津》
「!?」
おーおー、目を丸くしてら。
そりゃ、いきなり名乗ったんだからね。
こうもなろう。
《梁本美優の幼馴染。大切な人を守ろうと思って、死んだ後も背後霊をしている……基本的な情報は以上》
「ちょ、ちょっと待て!? あの人の幼馴染!? いや、っていうか何で急に自分の情報を明かす!?」
《つみれにヒット&ウェイを繰り返しながらさ、まあ色々と考えたんだよ。で、こっちも手持ちの情報が少ないなーと思って》
「……情報交換がしたいと?」
《そうだね、今日はちょっと休戦。つみれも私の諸々を知りたいんじゃないの?》
「むう……」
つみれはしばらく考え込んだ。
時間にして数分ほどだろうか。私はゆっくり待つ。
そして。
「……なにが知りたい?」
《よし、釣れた釣れた!》
「やっぱり罠じゃないか!!!!!!!!!」
《冗談冗談。えーと、そうだな。あれから美優に連絡した?」
「――してないよ。スマホの電源は切って、それから触ってもいない。私は出来るだけ、この争いに彼女を巻き込みたくないんだ」
《最初に私諸共、雷に包んだくせによく言うよ。善人ぶりやがって、反吐が出るね》
「あの時は、あの時はそれが最善だと思ったんだ! 本当なら、あの時にケリがつくはずだったんだ……」
《ふん。でもさ、悪霊退治って憑かれた人間のことを詳しく調べるもんじゃないの? 憑かれた理由から効果的な退治方法が見つかるかもしれない。いや、私は悪霊じゃないけれども》
「お前は悪霊だよ……ああ、そうだな。本当は美優さんに話を聞くべきなんだ。でも」
《でも?》
「緊張する」
《は?》
「緊張するんだ! あの人の顔を見るとドキドキして、うまく喋れないんだ!」
こいつ、まさか。
まさか、こいつ。
前に美優から下の名前を呼んでもらって、顔を赤くしてた時から、薄々疑念は抱いていたけれども。
《断じてあってはいけないことだけど……お前まさか美優に惚れてるのか?》
「~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!」
《てめええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!》
疑念は確信に変わった!
その赤面だけで十分に断定できる!
《ぶっ潰す!!!!!!!》
「ま、まてまて! 休戦だって言ったのは奈津の方だろう!? そんなに邪気を出すな!」
当然私の全身からは黒い靄が湧きだす。
こやつ、どうしてくれようか。
「あのなぁ! 禍々しい邪気を出している時点で、悪霊確定なんだよ! お前は歪んでいるんだ!」
《歪んでいる? それ前も言っていたけど、どういう意味?》
「本来、死者は彼岸を渡らないといけない。それが世の理だ。でも、奈津はこっちに残って美優さんに憑いてしまった。理が破られた時……元からあった何かは否応なく変化してしまう」
《よくわからない》
「悪霊になったお前は、昔のお前じゃなくなっている。大事な何かを失ってしまっている。悪霊になるとは、そういうことだ」
《それは霊能力者としての経験?》
「ああ、小さい頃から霊と関わって来た。想いが暴走した悪霊なんて……みんな哀れなものだよ」
想いが暴走している? 私が? 何かを失っている?
ありえない。
私の中にある美優への想いは何一つ変わっていない。
大切な幼馴染を守りたい。
その心は不変だ。
《つみれ。これだけは言わせて。私と美優は十年間、一緒だったんだ。だから、いきなり現れた貴方にとやかく言われる筋合いは無い。放っておいて》
「それは、そうだけど……私なんかが割って入って良いとは思えないけれど……でも、それでも! 私は美優さんを守りたい! 今のままだと必ずよくないことが起こる! それを防ぐためなら……!」
どんな手段でも取る、か。
分かった。
分かったよ。
《なら、決着をつけるしかないね。それしかない》
「最初からそのつもりだ。全力でいかせてもうよ、笠臣奈津」
《こちらこそ、葦原つみれ》
結局。
情報交換の末に分かったのは、お互いが相容れないという事実を補強する事柄のみだった。
休戦期間は僅か一時間ほど。
つみれの家を出た私は、美優の下へ戻った。
すやすやと眠る美優の顔を見ると、ほっとする。
十日ぶりだ。
本当に温かな気持ちになる。
この気持ちが、偽りであるはずがない。
《好きだよ美優。大好き》
これまでも、そしてこれからも。
決して変わらぬ言葉を、眠ったままの美優に向けて、言った。
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