第10話
佐々木先生は肩をすくめて話を続ける。
「誰でも気になるさ。俺でも気になった。でも直接聞くのは気が引けて有馬に聞いたら、A組の女の子らしい。ええと名前は確か、出席名簿に……あぁ、緒方だ。嘉根にくっついてる子だな」
「緒方さんが、なぜそんなことを?」
「流石にそこまでは知らないよ。まぁ、高校生の子どもらしく痴情のもつれとかじゃないのか?仕返しが内申点下げとは少々頂けないが。あぁ、もうしばらくすれば有馬が帰ってくるだろうから、その時詳しいことを聞けばいい。」
「有馬くんは今どこに?」
「サイエンス部で使う備品が届いたから取りに行ってもらっている。」
あぁ、届いた物を仕分けするおじさんがかなり時間をかけて対応するから、佐々木先生は生徒を向かわせたのだろう。ものぐさな性格がよく現れている。
緒方さんには嘉根さんから話を聞いてもらおうと思ったが、仲がいいと誤魔化してしまうこともあるだろう。残された時間は少ないが、明日僕が聞くことにしよう。
忘れかけていたが、有馬君が人体模型に細工したのでなければ一体誰がそんな事をしたのだろうか。
「あの、僕も有馬君がしょうもない事をするとは思えないのでお聞きするんですが、先生は誰が有馬君を貶めるような事をしたとお考えですか」
「そりゃ、緒方じゃないの。鍵の貸出票に名前があったからな。」
「え!証拠が残っているんですか!?」
「証拠ってお前なぁ、探偵ごっこなら他所でやってくれよ。お前がそういった事が好きだとは知らなかった。」
「あ、すみません。しかし、鍵の貸出票に名前が残っているなら、有馬君は何もしていない理由になるんじゃないでしょうか。」
「お前探偵ごっこ好きならもうちょっと考えろよ。鍵の貸出票に名前があるだけで、緒方が模型を動かした証拠はない。それから緒方は用具管理委員会だろ?備品管理に来ただけって言われたら、評価が下がるのはサイエンス部だ。」
なるほど、備品を有馬君に直接取りに行かせたのは、また言いがかりをつけられないためか。ものぐさな性格だからと決めつけてしまって少し申し訳ない。緒方さんが用具管理委員会に属しているのは知っていたが、活動内容が活動内容なだけに記憶から抜け落ちていた。委員会活動は地味派手で評価されるべきではないと考えているが、やはり表立って行動する委員会が印象に残ってしまう。
僕はメモに有馬君がやっていない事を記して、詳しい話を後ほど有馬君から聞こうと心に決める。すると、佐々木先生が空になったマグカップを揺らしながらまた話し始めた。
「お前、変だとは思わないのか」
「何がですか?夏休みの件ですか?」
「いや、あぁ、まぁ、その理由になった言いがかりについてだ」
「……A組は素行が良いとは決して言えないので、そういうもんかと思っていましたが、やはり先生から見ても変なのですか」
「あぁ、変だね。俺なら言いがかりをつけるならもっとそれぞれ適任がいる。報告書を読んだだけだからなんとも言えないが、俺ならもっと上手く良いがかれる。」
佐々木先生がA組の起こした事件を冤罪だと信じている事に驚いた。心底どうでも良さそうな態度を取ると思っていた。
「詳しくお聞かせ願えますか」
「あぁ、その前にお前が知っている事と俺が知っている事の擦り合わせをしたい。万が一でも俺がお前に知らない事を話して情報を漏らしたなんてなったらまた担任が変わる羽目になるからな。」
恐ろしい脅しに聞こえるが、お互いのためを思っての事だろう。僕は誤魔化す事なく、サッカー部が井戸の蓋を壊した件、先ほど話した有馬君の人体模型事件、そして前々担任の先生を休職に追いやったとされている件を話した。
「あぁ、報告書通りだな。……何処で知ったのかは聞かないでおいてやる、互いのためだ。まず、サッカー部の井戸だな。」
佐々木先生はガタリ、と立ち上がり二枚の上下に並んだ黒板の綺麗な方を引き寄せてチョークを手に持ち、何かを書こうとしてやめた。
代わりに、引き出しからノートくらいのサイズの壁に貼って使用するホワイトボードの紙を取り出して、机に固定してマジックペンで何かを書き出す。その様子を僕は何も言わずに見ていた。
キュッ、キュッと音を立てて書き出されたのは運動場と井戸がある学校裏側の簡易的な地図だった。
「まず、ここでサッカー部が練習してるだろ。井戸はここ。いつも通りパス練習をしてボールが飛んだとして、井戸の方へは飛ばずに運動場のフェンス側へ飛ぶはずだ。それが井戸に飛ぶならとんでもないノーコンか、意図的なものだ。」
僕は川中君から聞いた話を佐々木先生に話すべきか迷ったが、とにかく一連の先生の推理を聞いてからにしようと考えた。
「……それから、乙訓先生がわざわざタバコを吸いに喫煙室に向かうとは思えない。芽島はよく職員室に来るから知ってるだろ。あの人は職員室だろうとお構いなしに吸う人だ。まぁ、一応窓は開けるようにしているらしいが。……あぁ、あと、川中はスポーツ推薦を目指しているから内申が下がる行為をわざわざしないな。」
「そのあたりは僕も同じ意見です。乙訓先生がなぜ喫煙室にいらしたのか、それから川中君に話を聞いたのですが、どうにもその日はイレギュラーだったようで。」
チラリと目線を上げれば、頬杖をついた先生はジッとこちらを見つめており、無言で続きを促されているような気がして、話を続ける。
「川中君は、普段一年生のパス練習の面倒を見ることはないらしいのですが、その日は顧問に言われてそうしたらしいんです。そして一年にボールを思い切り蹴った生徒がいて、すでに壊れた井戸のところまで飛んでいき、近くの喫煙所から出てきた乙訓先生に説教をされたらしいんです。」
「はぁ、なるほど……」
佐々木先生は少し考える素振りをして、ポリポリと頭を掻いた。そして大きくため息をついた後、僕を見つめてこう言った。
「なぁ、この件お前と俺が思っているよりも面倒だと思う。お前のためを思って言うが、ここで身を引いた方が賢明だ。深掘りすれば間違いなく内申点に響く。そして俺も今年度で飛ばされるだろう。」
「……どういう、ことですか」
僕は必死に頭を回転させるが、そこまで言われる理由が思い当たらない。佐々木先生はしきりに周りを気にしているようだが、これは聞かれてはマズイ事なのだろうか。
「……先生、よければ夜にお会いできませんか。場所を変えてお話しした方がいい気がします」
「お前なぁ、生徒と先生が放課後に会う方が問題だろ……」
はぁ、とまた大きくため息を吐くが、ここで引き下がってはいけない気がした。
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