第9話
無事に何事もなく、帰りのホームルームを迎えた。
チャイムとほぼ同時に佐々木先生が教室に来る。
「あい、ホームルームするぞ、号令。」
「はい、起立、礼、着席」
佐々木先生は気怠そうに、連絡事項が書かれているであろうボードを眺めてため息を吐き口を開く。
「……今日水曜だよな?」
一番前の席の男子生徒に尋ねると、男子生徒は首を縦に振る。「ふむ」と顎に手を当てて何かを考えているようだ。
「お前ら、夏休み……あぁ、いや、」
あぁ、とかうぅんとか唸っている。
おそらくだが、夏休みが補習に当てられてしまう事を伝えるべきか悩んでいるのでは無いだろうか。
正直、今日か明日まで待って欲しい。いまクラス内に周知されてしまうと混乱に陥って、かけられた容疑の弁明がフラットな目で見れなくなってしまう。
今この件を知っているのは、僕と嘉根さんだけに留めたい。スッと手を挙げて発言を続ける。
「先生、部活の時間が短くなるので手短に願えますか」
佐々木先生は僕をチラリと一瞥すると、確かにそうだな、と頷いて連絡事項や配布物を優先し、そのままホームルームが終了した。
放課後、僕が佐々木先生と話す間に、前担任、今となっては前々担任の山本先生の件を嘉根さんが女子グループから聞き取りをしてくれるという。男子グループについては明日、僕が聞こうと思う。
いつものように掃除を終えて日誌を書いて教室の戸締りをして職員室へ向かう。渡り廊下は相変わらず部活へ向かう者の声がうるさく響き渡る。僕はそれを横目に、足早に職員室へと歩みを進める。当然何事もなく職員室にたどり着き、コンコンとドアをノックして開ける。
「失礼します。二年A組の芽島です。佐々木先生に日誌を届けに参りました」
心なしかいつもよりも賑やかな先生方はパソコンとにらめっこをしているいつもとは違い、すぐに僕に声をかけてきた。
「あぁ!芽島君いつもおつかれさま!キミは偉いな。佐々木先生なら職員室に帰ってきていないから、そのまま部活に向かったんじゃないかな」
「あ、わかりました。カギだけ渡します。」
日誌も机に置いておいて貰ってもいいのだが、話をしたかったのでこれを口実にしようと心に決めて、これまでにないくらい明るい雰囲気の職員室を後にする。
不気味に感じながらも夏休みが近いのは先生方も同じなのかと勝手に結論付け、サイエンス部が活動する理科準備室へ向かった。
理科準備室前に着いたが、中からは物音ひとつしない。しかし、耳を澄ませてみると小さな低い声で愚痴のような言葉が聞こえてくる。あえてノックもせずにガラリと戸を開ければ、「うわ!」と佐々木先生の驚く声が聞こえ大きな体を跳ねさせて驚いていた。
「びっくりした……学級委員長が何の用事だ?」
「日誌を届けに来たのと、お尋ねしたい事がありまして」
僕は日誌をズレた眼鏡を正している先生に手渡し、ポケットに入れている手帳にメモを取る姿勢をする。
「なんだ?芽島が質問なんて珍しいな」
「あぁいや、教科のことではなくてですね。先生はA組の夏休みが補習に当てられる予定をご存知ですよね?」
僕がボールペンを用意しながら言うと、先生は少しだけ目を見開いてニヤリと口角を上げた。
「何だお前、意外と噂早いんだな。箝口令のせいでお前らにも言えないけどな。しかし、どこで知った?俺も乙訓先生の代わりを頼まれてから知ったってのに」
「まぁ、それは後ほど」
訝しげに見てくる目から視線を逸らし、本題に取り掛かる。
「そんな横暴が通っては困るので、僕は対策を練っているんです。その為に少し前に起きた人体模型の騒動について、サイエンス部顧問である佐々木先生に聞きたい事が少々あります」
「はぁ、なるほどね。うまくいくかは知らんが、協力してやろう」
頬に手を当てていたずらっ子の様に笑う佐々木先生は、クラスの先生ファンの子がいれば大興奮だった事だろう。僕は手帳を広げ、有馬くんが人体模型にイタズラをしたとされている事件について聞く事にした。
「今はビニールが被せられていますが、あの人体模型にイタズラをしたとしてA組の有馬くんが乙訓先生にこっぴどく怒られたのに謝罪しないという件なんですが」
「いや、有馬は謝ったはずだ、俺がその場に居たからな。」
「あ、そうなんですか?」
嘉根さんからの情報でしかこの件を知らなかったので、少しだけ食い違っていた様だ。佐々木先生に事の顛末を詳しく教えてもらう事にしよう。
「すみません、僕も人づてに聞いただけでよく知らないんです。A組の為にも詳しく教えていただけますか」
「ダルいが、まぁいいだろう。」
佐々木先生は少し伸びをして、机に置いていたマグカップに入ったコーヒーに口を付け喉を潤した。そして頬杖をつきながら、伏せ目がちに話し始めてくれた。
「その日はなぜか俺が職員会議の、なんだ、まとめをする事になってな。部活動に行くのが遅れたんだよ。ノコノコと三十分くらい遅れて理科準備室に行ったら、有馬が乙訓先生に怒鳴られていた。何事かと思って、生徒の胸ぐらを掴みかねない乙訓先生を俺が宥めて話を聞けば、有馬が教材である人体模型を粗末に扱っていると聞いて来てみれば、人体模型の手が左右逆にハマっていたから叱っているという。俺はすぐに有馬のせいではない事が分かった。アイツはプライド高いからな、自分に非があればすぐに謝るが、そうでなければ謝らない。担任はご存知なかった様だが。」
ふぅ、と一息ついてまたコーヒーを飲む。僕は乙訓先生に告げ口した人間が誰なのか気になっているが、取り敢えず全て聞いてから尋ねる事にした。
気怠そうに腕時計を見て、また話を続ける。
「とにかくその場を治めたかったから、有馬に無理やり頭を下げさせて俺がキツく叱っておくと伝えた。疑っていたから、数字で叱りますと伝えれば満足そうに帰って行ったよ。担任のくせに他人の不幸を楽しむなんて、信じられないね。これでその件は終わり。有馬の内申をほんの少し下げて終わった。アイツもそうやって世渡り上手になってもらわないとな」
僕は有馬君に心底同情しながら手帳にメモを取り終えた。気になっていたことを質問しようと目線を上げれば、バチっと先生と目が合った。
「お前が聞きたい事は、誰が乙訓先生にそんな事を言ったのか、だろう」
何故、考えている事が分かったのか。ゴクリ、と思わず生唾を飲み頷く。
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