第11話
その時、ガラリと僕らが居る準備室の戸が開き、ヨロヨロとした足取りで山ほどの荷物を抱えた有馬君が入室してきた。突然の入室に驚き、椅子から腰を浮かして警戒していた佐々木先生はホッとした表情で手伝ってやってくれ、と言ってきたので迷う事なく荷物を半分持ってやることにした。
「あれ?芽島君?どうしてここに?あ、荷物ありがとう、重くて重くて……」
「ちょっとね。これくらい構わないよ、置く場所に案内してくれないか」
割れ物も入っているため、二人してゆっくりとした足取りで傷一つつけないように準備室の奥にある棚のところへと向かう。
ダンボールを開いて言われる通りに荷物を仕分けていく。佐々木先生は手伝わないのかと思い視線だけで探すと、部屋の端で携帯を耳に当てて電話をしていた。大人というものは忙しいものだ。再び、有馬君の説明通りに荷物を仕分けにかかる。
「いやぁ、ありがとう!やっぱり芽島君は効率いいし頼りになるや!」
「力になれたなら何よりだよ」
有馬君は丸椅子を持ってきて、僕と佐々木先生が話していた小さなテーブルに肘をつく。佐々木先生は電話の後、何かを考えるようにぼぅ、としているような気がする。
それよりも、有馬君と緒方さんの関係を教えてもらわなければ。佐々木先生が冗談めかして言ったような恋愛関係だった場合、内容によっては僕は緒方さんを責める事ができないかもしれない。
「有馬君、突然なんだけど、緒方さんとはどういう仲か教えてくれるかな」
僕がそう言うと、有馬君は露骨に顔を顰めて言った。
「本当に何の関係もない。話したこともない。嘉根さんといつも一緒にいる人でしょ?この前言いがかりつけられて最悪だったんだから」
「それって、人体模型の?」
有馬君は大きくゆっくり首を頷かせて肯定する。腕と足をそれぞれ組んで、その時のことを話し始める。
「僕がいつもみたいに、サイエンス部の活動をしに準備室に向かっていたら乙訓先生に呼び止められてさ、聞いたぞお前の狼藉!、なんて叫ぶもんだから萎縮しちゃって」
佐々木先生は眉を寄せて自らの顎を撫でている。僕は有馬君の話の続きを待つ。
「人体模型は学校の備品だからお前が遊ぶものじゃない!、って怒られて。そんなことするワケがないから否定すれば、じゃあ準備室を開けろ!、ってまた怒鳴られて。隠してると思われたみたいだから開けたんだよ。……そしたら、人体模型の手が逆だったり内臓のパーツがぐちゃぐちゃにはめられてたり。」
「嵌められたのはお前だけどな、はは。」
「佐々木先生!」
オジサンという歳でもないくせに笑えないジョークを挟む佐々木先生を咎めて、続きを促す。有馬君は、力無く笑った後に一呼吸置いて、また続ける。
「それを見た乙訓先生はもうカンカンでさ、胸ぐら掴んで薬棚に押し付けられて、死を覚悟したよ。先生の許可がないと使えないような薬品も入ってたからね。謝れ謝れって言われたけど僕はやってないから謝らなかった。そしたら丁度佐々木先生が来てくださって、その場をおさめてくれたんだ」
「お前が表面上だけでも謝っとけば、もう少し楽だったがな」
佐々木先生はジトリと有馬君を睨むが、有馬君はヘラヘラと笑っており、何一つ効いていないように見える。
「それでお前、緒方と話したか?」
「あぁ、そうでした。一応聞いたんですけど、なんか僕が怖いのか何も話してくれませんでした。勝手に話切り上げて逃げてっちゃって。」
「ほぉ……?」
有馬君の話を信じないわけではないが、正直疑い深い。緒方さんは嘉根さんと一緒にいる人だが、かなりの自信家だったと記憶している。
そんな彼女がイタズラをしたクラスメイトに話しかけられて逃げるなんて、あり得ない。むしろ、嫌味のひとつでも言いそうなものだ。
「芽島、お前学級委員長で誰とでも喋るだろ。緒方ってそんな奴だったか?」
「え、いえ。緒方さんは、その、かなりの自信家だと記憶しています。怯えるなんて、正直あり得ないかと」
考え込んでいた時に急に話しかけられ、驚きを処理できないまま話してしまったが、伝わったようだ。
先生は、何も分かっていない有馬君を一瞥した後、書類などの荷物を片付けながら言葉を放つ。
「有馬、今日はサイエンス部中止だ。まっすぐ家に帰りなさい」
「えぇ!そんな!僕しか部員がいないのに、活動までしなくなったらいよいよ廃部ですよ!」
「大丈夫だ、なんだかんだ存命出来てるから」
ケラケラ笑いながら、佐々木先生に追い出されるように僕らは準備室を後にする。有馬君の愚痴を聞きながら二人で廊下を歩いていれば、「芽島!」と教室から出てきた佐々木先生が僕を呼んでいた。有馬君に先に帰ってもらうように伝えて、佐々木先生の所へ走る。
「俺もお前の探偵ごっこに付き合ってやる。夜の七時にこの喫茶店の前で待ってろ。もちろん着替えとけよ」
「先生……!」
正直、先ほどまでは佐々木先生の事はよく知らなかったが、今はかなり頼りになるいい先生にまで僕の中でランクが上がっている。
渡されたメモを制服のポケットに仕舞い込み、昇降口で靴を履き替えている時にはたと気付く。
夜の七時は塾が始まる時間だ。ピッタリと被ってしまった。
どうしよう、と考えるが佐々木先生も無い時間を捻出してくれたのだろう。先に場所を変えたいと申し出たのはこちらだ。塾のお金を払ってくれている両親には悪いが、僕は生まれて初めて仮病を使って塾を休む事にした。
そもそも、夏休みが学校の補習で埋まれば先に納めている塾の夏休み強化合宿の代金は無駄になってしまう。それならば、今日を犠牲にして佐々木先生と夏休みを取り戻すための話し合いをする方が有意義だと考えたのだ。
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