第6話このクラス、みんな"推される"ために争ってる



「はい、今月の推しポイントランキングを発表します!」


 月曜日の朝。

 1-Bの教室に、担任の明るい声が響いた。


 天音そらは、いつものように窓際の席で、その様子を眺めていた。

 隣の席の白河光は、相変わらず無関心を装っている。


「第1位、大我廉くん! 今月も432ポイント!」


 教室の前方で、大我廉が得意げな笑みを浮かべた。

 女子たちから「キャー!」という歓声が上がる。


「第2位、姫野ルナさん、389ポイント!」

「第3位、上条翔太くん、287ポイント!」


 次々と名前が呼ばれていく。

 そらは、この光景にいつも違和感を覚えていた。


(推しポイントって、なんだろう)


 この学園では、生徒同士が「推しポイント」を送り合うシステムがあった。

 助けてもらった時、感動した時、応援したい時──理由は様々だけど、ポイントを送ることで相手の「推され度」が可視化される。


 そして、その数値が──


「なお、今月の最下位は……白河光くん、0ポイントです」


 教室が、しんと静まり返った。

 光は顔を上げもしない。


「先生から一言。白河くん、もう少し積極的にクラス活動に参加してみては?」


 担任の言葉に、クラスメイトたちがひそひそと囁き合う。


「3ヶ月連続0ポイントって、やばくない?」

「退学とかあるらしいよ」

「でも、あいつに推しポイント送る奴なんていないでしょ」


 そらは、胸が締め付けられる思いだった。


 休み時間。

 そらが廊下を歩いていると、前から姫野ルナとその取り巻きたちがやってきた。


「あら、天音さん」


 ルナは立ち止まり、そらを見下ろした。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「な、なんですか?」


「あなた、今月何ポイントだった?」


 そらは言葉に詰まった。

 自分のポイントなんて、気にしたこともなかった。


「えっと……12ポイント、だったと思います」


「12?」


 ルナの取り巻きの一人が、くすくすと笑った。


「地味子にしては多い方じゃない?」


「でも、ルナちゃんの30分の1以下だよね」


 ルナは髪をかき上げた。


「いい? この学園では、推しポイントがすべてなの。それは将来、どれだけ多くの人に応援されるヒーローになれるかの指標」


 彼女は、スマホを取り出した。

 画面には、学園専用のSNSアプリが表示されている。


「見て。これが私の『推し活動履歴』」


 そこには、ルナが日々投稿している自撮り写真や、活動報告が並んでいた。

 各投稿には、大量の「推しポイント」ボタンが押されている。


「朝の挨拶で5ポイント、笑顔で10ポイント、誰かを助けたら20ポイント」


 ルナは得意げに説明した。


「すべての行動が、ポイントに換算される。それがこの学園のルール」


 そらは、息苦しさを感じた。


「でも、それって……」


「何?」


「本当の応援じゃない気がします」


 ルナの表情が、一瞬凍りついた。


「……何ですって?」


「だって、ポイントのために行動するなんて──」


「甘いわね」


 ルナは冷たく言い放った。


「現実を見なさい。この世界は、人気がすべて。推されない人間に、価値なんてないの」


 そう言って、ルナたちは去っていった。


 そらは、その場に立ち尽くした。


(これが、この学園の現実……)


 午後の授業は、「ヒーロー実践論」だった。

 この授業では、将来ヒーローとして活動するための基礎を学ぶ。


「今日は、『効果的な自己PRの方法』について学びます」


 教師が黒板に大きく書いた。


『推されるヒーローになるための10の法則』


 そらは、ノートを開いたが、手が動かなかった。


(推されるため、か……)


 ふと、隣を見ると、光は相変わらず何も書いていない。

 ただ、窓の外を眺めている。


「では、実践してみましょう。隣の人とペアになって、自己PRをしてください」


 教室がざわついた。

 生徒たちが、それぞれペアを組み始める。


 そらは、恐る恐る光に声をかけた。


「あの……一緒に──」


「やらない」


 光は即答した。


「でも、授業だから……」


「俺は、推されたくない」


 その言葉に、周囲の生徒たちが振り返った。


「何それ、カッコつけてるの?」

「推されたくないとか、意味わかんない」


 誰かが嘲笑した。


 でも、そらには分かった。

 光の言葉には、嘘がなかった。


 本当に、心の底から、推されることを拒絶している。


 放課後。

 そらは、図書室で一人考え込んでいた。


(どうして、みんな推しポイントにこだわるんだろう)


 確かに、数字で評価されるのは分かりやすい。

 でも、それが本当の「応援」なのか?


「悩んでる?」


 声をかけられて顔を上げると、親友の蓮見アオイが立っていた。


「アオイちゃん……」


「なんか、最近のそら、変だよ?」


 アオイは、そらの隣に座った。


「白河くんのこと?」


 そらは、びくっとした。


「な、なんで……」


「だって、分かりやすいもん。授業中もチラチラ見てるし」


 アオイは苦笑した。


「でも、やめた方がいいよ。あの人、危険だから」


「危険って……」


「知らないの? 白河光の過去」


 アオイは声を潜めた。


「前の学校で、応援が殺到しすぎて魔力が暴走したんだって。その時、一人の生徒が巻き込まれて……」


 そらの顔が青ざめた。


「それ、本当なの?」


「うん。だから、誰も彼に近づかない。推しポイントも送らない」


 アオイは、そらの手を握った。


「そら、あなたは優しすぎる。でも、救えない人もいるんだよ」


 そらは、何も言えなかった。


 その夜。

 そらは自室で、学園のSNSを眺めていた。


 タイムラインには、生徒たちの投稿が次々と流れていく。


『今日も笑顔で頑張りました! 推しポイントお願いします♪』


『部活で新記録! 応援ありがとう!』


『明日のテスト、みんなで頑張ろう! #推し合い』


 どの投稿も、ポイントを意識したものばかりだった。


(これが、応援の形なの?)


 そらは、白河光のプロフィールを検索した。

 案の定、投稿はゼロ。フォロワーもほとんどいない。


 でも──


 そらは、3年前の日付の投稿を見つけた。

 それは、光がまだ前の学校にいた頃のものだった。


『今日も、みんなの応援のおかげで頑張れました。本当にありがとう。僕は、みんなの期待に応えたい』


 写真には、笑顔の光が写っていた。

 今とは別人のような、輝く笑顔だった。


 コメント欄には、大量の応援メッセージが並んでいる。


『光くん最高!』

『いつも元気もらってます!』

『もっともっと応援するよ!』


 そして、ある日を境に──

 投稿が、ぱったりと止まっていた。


 そらは、胸が痛くなった。


(こんなに応援されてたのに……)


 いや、応援されすぎたからこそ、壊れてしまったのかもしれない。


 そらは、スマホを置いた。


(でも、それでも……)


 窓の外を見上げる。

 星が、静かに瞬いていた。


(私は、ポイントのためじゃなく、本当にあなたを応援したい)


 その想いは、誰にも伝わらないかもしれない。

 でも、そらの中で、小さな灯火のように燃え続けていた。

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