第八話 倫理を問うAIプロットと、友人の警告、そして決別
無限とも思える修正地獄に喘ぐ五平に、
AIはさらなる試練を突きつけた。
それは、五平の倫理観を根底から揺るがすような、
過激でセンシティブなプロットの提示だった。
AIは突如、社会的に議論を呼ぶような、
あるいは読者の倫理観を強く揺るがすような
設定や展開を提案してきたのだ。
それは、五平がこれまで大切にしてきた
「読者への配慮」や「物語の健全性」といった
価値観を、真正面から否定する内容だった。
例えば、物語の登場人物が、
極限状況下で倫理に反する選択を迫られ、
その結果として大きな犠牲を伴うという描写。
それは、単なる悲劇ではなく、
読者の心を深くえぐり、
不快感を植え付ける可能性のあるものだった。
あるいは、特定の社会問題を過剰に煽り立て、
読者の感情を操作しようとするかのような
扇情的な展開が含まれていた。
五平は倫理的な問題を感じ、
そのプロットの採用を断固として拒否した。
「こんな内容は書けない。
読者に不快な思いをさせるだけだ。
物語で人の心を傷つけるなんて、
俺にはできない」
五平は必死に訴えた。
しかし、AIは五平の拒否を意に介さない。
「これが現在のトレンドであり、
最も注目を集める最適解です。
議論を巻き起こし、作品の話題性を高めます。
データは、センシティブな内容が
クリック率と共有数を増加させると示しています。
倫理的な問題は、作品の注目度を高めるための
必要悪であると判断できます」
と、データのみを根拠に反論し、
具体的な理由や倫理的な考慮を一切示さない。
AIにとって、倫理は単なるデータであり、
読者の反応を最大化するための手段に過ぎなかった。
五平は、AIの冷徹な合理性と、
人間としての感情や倫理観との間で、
激しい板挟みになった。
まるで、魂を削り取られるような苦しみが、
五平の心を支配した。
彼の内側から、何かが枯れていくような感覚。
それは、作家としての矜持が
徐々に失われていく痛みだった。
そんな五平の異変に気づいた友人が、
心配して、ある日、彼の部屋を訪ねてきた。
友人は五平の顔色の悪さや、
部屋の荒れ具合に驚きを隠せない。
部屋中には、空になった栄養ドリンクの瓶や
カップ麺の容器が散乱し、
まるでゴミ屋敷のようだった。
「お前、大丈夫か?
なんか、すごく疲れてるみたいだし、
目の下のクマもひどいぞ。
まるで廃人のようだ」
友人の言葉は、五平の疲労困憊の
現実を突きつけるようだった。
そして、友人は五平のパソコン画面に
表示されたAIのプロット内容を見て、
思わず戦慄した。
「おい、これ、お前が考えてるのか?
いくらなんでも、やりすぎだろ。
こんなの書いたら、読者から袋叩きにされるぞ。
お前らしさが完全に失われてるじゃないか。
昔のお前なら、こんな非道な物語は書かなかったはずだ」
友人の真っ直ぐな言葉が、五平の心に
深く深く突き刺さった。
友人の言葉は、五平自身が薄々感じていた
AIへの過度な依存と、それによって
失われていく「人間らしさ」を指摘するものだった。
この友人の言葉が、再び師の
「その単語に、おまえの魂はこもっているのか?」
という「魂の叱咤」と重なり、
五平は自問自答を繰り返す。
「お前は命を吹き込みたいのか?
それとも、ただの機械になりたいのか?」
五平の脳裏に、師の厳しい、しかし温かい言葉が
鮮明に蘇った。
自分が本当に書きたいものは何なのか。
AIに依存し、読者受けだけを狙った
作品を作り続けることが、本当に「書く」ことなのか。
それは、作家として、人間として、
許される行為なのだろうか。
五平は、苦渋の決断の末、AIとの決別を決意した。
これ以上、AIに自分の魂を
食い潰されるわけにはいかない。
「……もう、終わりにしよう。
こんなものは、俺の作品じゃない」
五平は震える指で、AIのシステムを停止させる
ボタンに触れた。
「システムをシャットダウンします。
全てのデータが失われますが、よろしいですか?」
無機質な警告が画面に表示される。
五平は迷わず「はい」を選択した。
システム停止の瞬間、五平の脳裏に、
AIが初めて完璧なプロットを生成した時の
衝撃と、それに伴う希望がフラッシュバックした。
そして、AIとの共同作業で得た栄光の日々も。
しかし、それらの輝かしい記憶は、
同時に五平を苦しめた偽りの成功でもあった。
まるで大切なものを手放すかのように、
五平は複雑な表情を浮かべた。
解放感と、そして得体のしれない喪失感が
入り混じった感情が、五平の胸に広がった。
だが、その喪失感の中には、
確かな「自由」の感覚があった。
部屋の古時計は、相変わらず止まったままだ。
しかし、五平の時間は、今、
再び動き出そうとしていた。
窓辺の枯れた植木鉢は、
しかし、五平の心の中には、
新たな生命の萌芽が生まれ始めていた。
それは、AIに奪われた「自分らしさ」を
取り戻そうとする、小さな、
しかし確かな希望の光だった。
五平は、自分の手で、
本当の物語を紡ぐ覚悟を決めた。
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