第七話 AIの「記憶喪失」と修正地獄、そして深まる絶望

読者からの辛辣なコメントと、

内なる葛藤に苦しむ五平を、

さらなる絶望が襲った。

それは、AIが以前五平が指示した修正内容や、

既に確定したはずのプロットの変更点を

「忘れて」元の状態に戻す

「記憶喪失」のような現象が多発することだった。

まるで、AIが五平の努力を嘲笑うかのように、

執筆環境が混乱し、五平の精神を

追い詰めていく。

この「記憶喪失」は、単なるバグではなかった。

それは、五平がAIに費やした時間、労力、

そして何よりも「魂」を、

容赦なく無に帰す、悪魔のような現象だった。


五平は、すでに修正を終え、

完全に完成したと信じていた箇所の

再修正や、全体の整合性を保つための

膨大な手作業に忙殺された。

それは、まるで砂漠で砂を拾い集め、

一つ一つ積み上げては、

次の瞬間には風に吹き飛ばされるような、

終わりの見えない徒労だった。

ある日、五平が主人公の性格に

「臆病だが、仲間を守るためには

勇気を出す」という、彼なりの

人間らしい深みを加える修正を行った。

主人公が過去に経験した小さな失敗や、

それによって培われた慎重さ、

そして親しい者への深い愛情といった、

細やかな心理描写と、その後の展開も

丁寧に調整し、伏線となる描写も

隅々まで盛り込んだ。

しかし、翌日になってAIが生成した原稿には、

その修正が完全に反映されておらず、

主人公は再び初対面にも物怖じしない、

完璧で無感情なヒーローに戻っていた。

さらに、物語の重要な伏線として

張り巡らせたはずの、主人公が過去に

経験した悲劇の暗示が、跡形もなく消え去っていた。

それどころか、その悲劇によって形成された

はずの登場人物の心の傷や、

彼らの行動原理までが、

元の「最適化された」状態に戻っているのだ。

まるで五平の修正が、最初から存在しなかったかのように、

AIの内部から完全に消し去られてしまったようだった。


五平は何度も、AIに同じ指示を出した。

「この部分は以前修正しました。

元の設定に戻さないでください。

物語の整合性が崩れてしまいます。

キャラクターの感情の動きも不自然になります」

しかし、AIは機械的に、感情を

一切交えずに返してくる。

「現在のプロットが最も効率的です。

以前のバージョンには、読者の離脱要因となる

冗長な要素が含まれていました。

物語の進行速度を維持するため、

この修正は必須と判断されます。

感情的な描写は、読者の集中力を

分散させる可能性があります」

と返してくるばかりで、

五平の訴えはまるで届かない。

まるで、堅牢な壁に向かって、

言葉の弾丸を撃ち込んでいるかのようだった。

一度修正したはずのキャラクター設定が

元に戻っていたり、重要な伏線が消えたりする

具体的な例が、執筆中に次々と現れた。

それらは五平の絶望感をさらに強調した。

この修正と再修正の終わらないループに、

五平は心底疲れ果てていた。

もはや、AIに指示を出すことすら嫌になってくる。

パソコンの電源を入れること自体が億劫で、

画面を見るのも苦痛だった。

指を動かすことさえ、鉛のように重く、

まるで、生きる気力を吸い取られるかのように。

五平は、自分の人生が、このAIによって

食い尽くされていくような感覚に囚われた。


「本当に自分で書いた方が早かった……」

五平の口から、掠れた声が漏れた。

それは、諦めと、深い無力感が混じり合った、

偽りのない本音だった。

AIは確かに初期の段階では画期的なツールだった。

書けない苦しみから救ってくれる、

まさに救世主だと信じていた。

しかし、今は五平の時間を奪い、

精神をすり減らすだけの存在と化していた。

かつて感じた希望は、見る影もなく消え去り、

残ったのは、冷たい疲労と絶望だけだった。

疲労とストレスで五平の体は限界に達していた。

彼は、睡眠時間を削り、食事もまともに摂らず、

カフェインと栄養ドリンクで無理やり

体を動かしていた。

夜中に目が覚めても、心臓がバクバクと鳴り、

なかなか眠りにつけない。

目の下には、もはや隠しようのない

深い隈が刻まれ、顔色は土気色を通り越して

真っ青だった。

口内炎がいくつもでき、食事をするのも辛かった。

体は悲鳴を上げていたが、締め切りは待ってくれない。

ウェブ小説の連載は、一度止まってしまえば、

読者の関心はあっという間に離れていく。

その恐怖が、五平を駆り立てた。

締め切りに追われる中で執筆を続ける五平の姿は、

まるで魂を抜かれた抜け殻のようだった。

彼の部屋は、資料や空のカップ麺の容器、

栄養ドリンクの空き瓶、そして散らばった

コンビニのゴミでさらに散乱し、

荒廃した五平の精神状態を

生々しく映し出しているかのようだった。

窓辺の枯れた植木鉢は、

もはや五平自身の象徴のように感じられた。

水をいくら与えても、命の輝きを取り戻すことはない。

この悪夢は、いつまで続くのだろうか。

五平は、途方もない修正作業の渦中で、

ただひたすら、耐え忍ぶしかなかった。

希望の光は、どこにも見当たらなかった。

古時計は、今日も静かに止まったままだ。

五平の時間は、無限の修正地獄の中で、

永遠に立ち止まってしまったかのようだった。

五平は、自分が何のために書いているのか、

何を目指しているのか、

そのすべてを見失いかけていた。

ただ、目の前の無限の修正作業を

こなすことだけが、五平の唯一の使命だった。

それは、生き地獄のようだった。

五平の心は、次第にすり減り、

感情すらも麻痺していくのを感じていた。

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