第三幕 デートをしよう

 デート当日のこと。

 麗寧から家の前に到着したという連絡があった。

 ボクは着替えの入った鞄を持ってお店へとおりる。


「じゃあ父さん、行ってくる」

「気をつけてな」

「うん」


 厨房にいる父さんとそんなやり取りをして、ボクはお店の入り口から外へと出た。

 麗寧はそこに立っていた。


「おはよう、晴希」

「……おはよ」


 快晴の空の下、麗寧はただ微笑んで立っていただけだ。

 だというのにそれだけで絵になるというか、映画のワンシーンみたいだった。

 そんな彼女が着ていたのは七分袖のブラウスにデニムパンツだった。


 ブラウスは真っ白で、太陽の光を反射して眩しい。

 デニムパンツは細身で麗寧の足の長さを強調していた。

 とてもラフな格好という印象だけれど、麗寧が着るとおしゃれで華やかな服装に見える。


 顔もスタイルもいい麗寧にはピッタリとハマっていた。

 ……やっぱり素材が良すぎるな。

 本人には言ってあげないけれど。


 一方のボクはというと、だ。

 英字のプリントされた黒いTシャツに、迷彩柄の七分丈のパンツ。

 ついでに黒いキャップを頭にかぶっている。

 前に朋絵の前でこの格好をしたら……。


『ダサすぎ。おしゃれに興味なくてお母さんに服買ってもらってる男子中学生じゃん』


 と、やけに具体的にバカにされた。

 ……そんなにダサいか?

 そこまで言わなくてもよくない?


「君の家はラーメン屋さんだったのか」


 ボクが心の中で朋絵に文句を言っていると、麗寧がそんなことを口にした。

 彼女は父さんのお店を見つめていた。


「あれ? 言ってなかったっけ?」

「初めて知ったよ」

「そっか。まあ言う必要もないし、別に知る必要もなかっただろ?」

「そんなことはないよ。私は君のことならどんなことでも知りたいからね」


 ……それは、ボクのことが好きだからなんだろうか。

 好きな人のことはなんでも知りたい。

 恋愛ものの演劇でそういうようなセリフを聞いたことがある。


 けれどボクにはよくわからない。

 そういう意味でも、ボクは確かに恋愛感情に対する理解が足りないんだろう。

 今日は少しでもそれが掴めるといいんだけれど……。


「親御さんは中にいらっしゃるんだよね。……挨拶していこうかな」

「いいって、そんなことしなくても」

「しかし……」

「いいから。早く行くぞ」


 ボクはお店に入ろうとした麗寧の背中を押して遠ざける。

 そうして、ボクたちは目的地へと向かった。





  ○



 ボクと麗寧は、最初の目的地であるラウワンの前に立っていた。


「ここがラウワンか……」


 隣の麗寧は関心でもしているかのように呟いた。

 なに、その反応。


「……ラウワン来てそんな反応する人、初めて見た」


 ほら、周りの人が訝しげに見てきてるって。

 確かに麗寧にラウワンに行くと伝えた時、行ったことがないと言っていた。

 けれど、だからといってそんな関心する要素ある?

 ただのアミューズメント施設なんだからさ。


「せめてワクワクしなよ」

「これでもワクワクはしているよ。なにせ初めて来る場所だからね」

「他のこういう施設、行ったことないの?」

「ないね。テーマパークとかはさすがに行ったことはあるけれど」

「ふうん」


 まあお金持ちってそういうものなのかも。

 勝手なイメージだけど。


 ボクと麗寧は施設へと足を踏み入れる。

 受付精算機でスポッチャを選んで、ボクたちはスポッチャの方へと向かった。


 ボクたちはそれぞれデートプランを立て、午前午後にわけてデートをすることになっている。

 そして午前中はボクの立てたデートプランの日だった。

 それでボクが選んだのはスポッチャだった。


「デートってやっぱりどこ行ったらいいのか思いつかなくて……。ボクと麗寧は運動は得意だし、それにここならいろいろあって楽しめるかなって選んだんだけど。……本当に大丈夫だった?」

「もちろん。君は二人で楽しめるようにと考えてくれたんだろう? それなら私はどこだろうとすごく嬉しいよ」

「なら、いいんだけど……」


 今回やってみて思ったけれど、デートプランって結構難しい。

 世のカップルはこれを毎回やってるのか?

 しかもきっとボクなんかよりもいい感じのデートプランを立てるんだろう。

 なんかちょっと尊敬するかも。





  ◯



「まずは何で遊ぼうか」


 着替え終えて更衣室から出た後、案内板を見ながら麗寧が言った。

 麗寧は汗をかいてもいいようにと、無地のTシャツとハーフパンツ姿になっていた。

 そんな麗寧の隣でボクも腕を組んで考える。


 何がいいんだろう。

 考えながら案内板をなんとなく眺めていると、ふとキャッチボールの文字に目が留まった。


 ……そういえば。

 ボクはデートに来るにあたって、改めて調べた時に書いてあったことを思い出す。


「……キャッチボールとか、どう?」

「キャッチボール?」


 ボクは小さく頷く。


「なんか調べた時に、カップル向けみたいなこと書いてあったなって思い出して」

「なるほど……。だけどキャッチボールなんてやったことないな」

「ならちょうどいいじゃん」


 そんなわけでボクたちはキャッチボールのスペースに向かった。

 幸いにもやっている人はいなくて、待つこともなくスペースに入ることができた。

 ボクたちはそれぞれグローブをはめて、向かい合う。


 キャッチボールのスペースはそれなりに広いけれど、野球場のマウンドからバッターボックスまでの距離よりはだいぶ短い。

 けれどキャッチボールをするには十分だった。

 まあちゃんと考えて作っているはずだから当然のことだろうけれど。


「コツはあるのかな?」


 ボクから少し離れた位置から麗寧が聞いてくる。

 少し考えてみる。

 けれど、麗寧に教えられるようなコツなんてそれほど多くないと思う。


 それに麗寧のことだから、やってみればすぐに自分でコツを掴めるはずだった。

 強いて言うのであれば……。


「相手の取りやすそうなとこに投げる……、とか? 別にキャッチボールは勝負じゃないし」

「なるほど」

「試しに投げてみてよ」

「わかった」


 麗寧はポーンとボールを投げる。

 さすが麗寧というべきか、届かないということはなかった。

 ただしちょっと高かった。


 ボクは軽くジャンプしてキャッチする。

 パンと、ボールがグローブを打つ心地よい音が響いた。


「少し高かったね、すまない」

「別にこれくらい余裕で取れるから大丈夫」


 ボクはキャッチしたボールを片手で軽くお手玉した。

 久しぶりにボールを握ったけれど、それでもしっくりときた。


「いくよ」


 ボクは軽く振りかぶって、麗寧が構えたグローブに向かって投げる。

 スパンと、麗寧よりは少し強い音がした。

 一瞬強かったかなとも思ったけれど、麗寧は平気そうな顔をしていた。

 それはそうか。だってあの麗寧なわけだし、多少強くても平気か。


「なかなか様になっているね」


 麗寧が感心したように言った。

 それからボールを投げてくる。


「父さんとよくキャッチボールしてたんだ。……最近はしてないけど」


 ボクはボールをキャッチしながら答えた。

 ……思った通り、麗寧はもう軌道を調整できていた。


「君のお父さんはキャッチボールが好きなのかな?」

「そういうわけじゃないみたい。高校時代に野球やってたらしいけど。……ボクとキャッチボールしてたのは、昔から自分の子供とやるのが密かな夢だったから、とか言ってた」

「……いいな、そういうの」

「そう?」


 ボクは麗寧にボールを投げ返す。


「そうだよ。……お父さんとは仲がいいみたいだね」

「普通だよ。でも二人だけの家族だからさ、険悪な関係でいたくないって気持ちはある。あるだけで特に何もしてないけど。それくらいだよ」

「……二人だけの家族?」


 麗寧がボールを投げようとして動きを止める。

 そうか、そういえば麗寧には言っていなかった。

 まあこれまで言う必要なんてなかったし。


「うん。うち、父さんしかいないんだ」

「……それは、申し訳ないことを聞いてしまったね」


 麗寧は申し訳なさそうに謝ってくれたけれど、ボクは別に何も気にしていなかった。


「別に気にしてない。物心がつくくらいの頃からずっとそうだったし、なんとも思わない」


 母さんがどんな人だったのかボクは知らないし、記憶にも残っていない。

 だからいなくなって悲しいだとか、母さんに対してそういう感情を抱けない。

 ボクには父さんだけがいる。それがボクの普通になっていた。


「そうか……」


 それでも少しの間、麗寧は複雑そうな表情を浮かべていた。

 そうやって彼女はグローブの中のボールを見つめていた。

 けれど一つ納得したように頷くと、もういつも通りの顔に戻っていた。


 そうして勢いよくボールを投げてくる。

 スパンと、小気味のいい音が鳴り響く。

 麗寧はもうコツを掴んでいた。


 やっぱりすごいなと、ボクは密かに思った。

 そこからは大きなミスもなく、キャッチボールが続いていった。

 きっと普通のカップルだったのなら、トンチンカンな方に投げたり、キャッチできなかったり。そういうことで笑い合うんだろう。


 そういうのもきっと楽しい。

 けれど小気味のいい音がずっと聞こえるキャッチボールも、やっぱりそれはそれで楽しい。

 キャッチボールが上手くなった頃のボクと父さんのことを思い出す。


 あの頃もすごく楽しかった。

 麗寧とのキャッチボールもそれくらい楽しかった。




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