9
しばらくして別のスポーツをやることにした。
「次は勝負できるやつやらない?」
ボクが提案すると、麗寧は小さく頷いた。
「しかし、それはそれとして何をしようか」
「麗寧がやりたいのでいいよ」
麗寧は悩んだ表情を浮かべる。
そして周りをキョロキョロと見回した。
「じゃあ……。スカッシュをやろう」
やがて麗寧はそう言った。
スカッシュって確かテニスの壁打ちみたいなやつだったよな。
けれど、あれって勝負性のあるスポーツなんだろうか。
やったことはないからよく知らない。
けれど麗寧が勝負のできるスポーツとして選んだんだから、スカッシュはきっとそういうスポーツなんだろう。
ただ、どうしてスカッシュなんだろう。
普通に考えると……。
「好きなの?」
「君のことは好きだよ。そう言ったじゃないか」
「そういうこと聞いたんじゃない! スカッシュのことだよ!」
「なんだ、スカッシュのことか」
「今の流れからしてどう考えてもそうじゃん!」
何を考えてるんだ、こいつは!
けれど麗寧は「そうかな?」とすっとぼける。
その顔を見てボクは確信する。
この女、わざとやったな?
この恨めしさを存分に込めた視線に気がついたようで、麗寧はニヤリと笑った。
こ、こいつ……。
「フフ、すまない。急にからかいたくなってね」
「急にからかいたくなるな!」
「スカッシュは別に好きというわけじゃない」
急に話を戻すなよ。
……またからかわれるのも嫌だし、別にいいんだけれど。
なんかこう、温度差で風邪をひきそう。
「ただやり慣れているというか。……家族に好きな人がいて、実家にコートがあったから」
「家にコートが……?」
「スカッシュは他の一対一の球技に比べて、比較的狭いコートでやるスポーツだからね。意外に手軽なんだよ」
大きさの問題か?
そういうのって作るだけでもけっこうするんじゃないのか。
スマホでこっそり調べてみると、約八百万と書かれていた。
家に作るの全然手軽じゃないじゃん!
……お金持ちってすごい。
ボクと麗寧は並んでスカッシュのコートに向かう。
他愛もない話をしながら歩き、やがてコートにたどり着いた。
スカッシュのコートは確かに狭めだった。
単純にテニスコートを半分にしたよりも小さい気がする。
他の一対一の球技と違うのはコートの四方が壁に囲まれているところだった。
一つの部屋みたいになっていた。
一部の壁が透明になっていて、そこから中を覗いてみる。
「あれ? コートの端ないの?」
コートの中央辺りに白線がいくつかあったけれど、コートの端を示すような白線がどこにもなかった。
「ああ……。スカッシュのコートをテニスとは違うんだよ。この部屋の中、すべてがコートなんだ」
「そうなの?」
「そう。なぜならこの壁も試合で利用するからね。もちろん背後の壁も」
「へえ、背後も使うんだ」
壁に当ててもいいとなれば戦術の幅が広がったりするんだろうか。
いろいろと考えないといけなさそうだ。
「他にもルールはあるけれど……。まあ、やってみた方が早いかな」
「じゃあやろう」
コートの中に入ってテニスラケットに似ていて、けれど少し違うスカッシュラケットを握る。
思っていたよりも軽かった。
「まずはウォームアップがてら練習してみようか」
「おっけ」
そうして軽くやってみたんだけれど……。
「……これ、意外とスタミナ必要そうだな」
「狭いとはいえかなりに動き回るからね」
体力には自信があるけれど、それでもこれは慣れてないボクが不利かもしれない。
けれど、ハンデを要求したくはない。
勝負なら正々堂々やりたかった。
「……麗寧。手を抜かないでよ」
「本当にいいのかな?」
「当然」
麗寧はそうこなくちゃとでも言いたげに嬉しそうに笑った。
そうして、ボクたちは勝負を始めた。
◯
思っていた通り、麗寧の方が有利な試合展開になっていた。
ボクがスカッシュ初心者だということもあるんだろう。
けれどそれだけじゃなかった。
なんというか、ソワソワしてしまっていたからだった。
すぐ近くに麗寧の息遣いが聞こえる。
それはスカッシュというスポーツの特徴なのかもしれない。
コートの特性上、対戦相手との距離が近くなる。
相手とスペースが分けられておらず、ボールの軌道によっては至近距離で何度もすれ違う。
加えて四方を壁に囲われた中……、つまりほとんど密閉された部屋に二人きり。
しかも狭めの空間。
その中で麗寧の息遣いが間近に聞こえる。
パーソナルスペースを取っ払わらざるを得ない空間でのそれは、なんというか……。
ボクは別に麗寧のことを好きというわけでもないのに、心が妙にソワソワして落ち着かなくなるんだ。
このままだと負けてしまうかもしれない。
麗寧が近くて落ち着かなくて負けたなんて、そんなことにはなりたくないぞ?
○
けれどラケットを何度も振っているうちに、ソワソワは消えていった。
スカッシュでの勝負が案外楽しいと気がついたんだ。
そうなるともう気にならなくなっていて、勝負だけに集中できていた。
ボクは小さなボールを正面の壁に当てる。
ノーバウンドで跳ね返ってきたそれを麗寧が打ち返せなければボクに得点が入る。
だというのに麗寧は素通りさせた。
ボクが「え?」と思った時、麗寧がニヤリと笑った。
ボールは背後の壁にぶつかって跳ね返る。
それを麗寧が打った。
ボールは再び背後の壁にぶつかる。
跳ね返ってきたボールはそのまま正面の壁にぶつかり、そして返ってくる。
テンポを崩されたボクはそれを打ち返せなかった。
思わずその場に座り込む。
「背後って……、そう使うのかよ……」
「驚いたかい?」
「っていうかテンポ崩された」
してやられたというのに、ボクは笑ってしまう。
スカッシュって面白いかもしれない。
ボクはそう思った。
◯
結局のところ、ボクはスカッシュで麗寧に負けた。
「悔しい……」
「いや、君もなかなかやれていたと思うよ。もしかしたら私が負けていたかもしれない」
「本当かよ……」
圧倒的な点差で勝ったくせに……。
本当に悔しい!
もう、このままじゃ終われない。
「次は1on1で勝負だ!」
「お、いいね。次も勝ってみせるよ」
ニヤリと笑って挑発してくる麗寧に、ボクは笑い返してやる。
「どうだろうな。ボクはバスケ、得意だから」
「奇遇だね。私もだよ」
そうやって次のアイテムへと向かう。
バスケが終わればロデオ。それが終わればまた次のアイテムへ。
そうやってボクたちは勝ち負けを繰り返していく。
そうしながらボクは思う。楽しい、と。
負けて悔しいこともあったけれど、それでも麗寧と一緒に汗を流して遊ぶのは楽しかった。
朋絵相手ならこんなことはできないし、他の友達も麗寧ほど動ける子はいない。
運動が得意なボクと麗寧だからこそできる遊びなんだ。
新鮮で、すごく楽しかった。
……けれど、ふと疑問に思う。
——麗寧も、楽しめているんだろうか。
キックターゲットをしている麗寧の横顔を見る。
彼女の表情は楽しそうに見えた。
けれど、それは気を使っているだけなんじゃないか。
そんなことを考えてしまった。
もしもボクだけが楽しいと思っていて、麗寧は違っていたりしたら……。
それは……、ちょっと嫌だな。
……麗寧の本心が覗けたなら、こんな不安もないのに。
そんなことできるわけがない。
頭ではわかっていたけれど、今はそれを願わずにはいられなかった。
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