7
「じゃあ気を取り直して、君が上手くできない原因を探ろうか」
パチンと手を叩いて小気味のいい音を出して、それから麗寧が言った。
そしてさっそくボクに質問を投げかけてくる。
「晴希は、この王子様はお姫様に対してどんな感情を抱いていると思う?」
「恋心、でしょ?」
それくらいは、恋愛経験のないボクにだってわかる。
けれど麗寧は質問を重ねる。
「その恋心とはどういう感情?」
「……恋心は恋心じゃないの?」
「じゃあ王子様はお姫様に恋をしているのに、どうして一度は諦めようと思ったんだろう」
……どうしてだろうか。
まだ王子様はお姫様に告白していない。
振られているわけじゃないんだ。
お姫様に好きな人がいると知ったわけじゃない。
ロミオとジュリエットのように互いの家が険悪というわけでもない。
まだ諦めるような段階にないはずだった。
それならいったいどうして?
「……わからない」
「やっぱり、そうだ」
麗寧が納得したように一人頷いた。
やっぱりということはどこかで原因に当たりをつけていたのだろう。
「君に足りないのは登場人物の心情に対する理解だと思う。今回は恋愛感情だね」
「恋愛感情……。確かにそうかもしれない……。恋なんてしたことないからわからないんだ」
「……なるほど、自分の中にないのか。だから言語化できない、と。……なら君の中に作ればいい」
「どうやって?」
麗寧はにっこりと笑って――。
「私と恋人になろう」
――そんなことを言った。
「なるほど、恋人にね。……は?」
……何を言っているんだ、こいつは。
恋人にはならないって言っていたよね?
いきなり前提を崩す気なのか!?
「だからね、互いに恋人の体として過ごしてみるんだ。あくまで恋人の体として、ね」
「じゃあ本当に恋人になるわけじゃない……?」
「もちろん」
まあ、それならいいけれど……。
ただ、それって意味があるんだろうか。
恋人同士が何をするものなのかはあまりわからないけれど、フリである以上できることは限られてくるはずだ。
それに、だ。麗寧はボクに対して恋愛感情を抱いているけれど、ボクはそうじゃない。
好き同士じゃないから恋愛感情を知ることはできない気がする……。
何か、フリであっても恋愛感情を知ることのできる行為なんてあるのだろうか。
「恋人……。例えばどんな事するわけ?」
「デートをしよう」
「……それ意味あんの?」
それはボクも少し思い浮かべたけれど……。
やっぱり好き同士じゃないということがネックになるんじゃないのか?
けれど麗寧は自信満々な顔で。
「やってみる価値はあると思うよ」
なんて言った。
「まあ、それなら」
……半信半疑ではあったけれど、麗寧の言葉を信じるしかなかった。
なにせ、ボクは何も知らないのだから。
「当日は本物の恋人としてデートをする。その方がより感情に近づくと思うんだ。それに演技の練習にもなる」
「でも恋人いたことないし、どうすれば恋人らしくなるのかわからないんだけど……」
「たとえば大切な人……、仲のいい友達とか、家族とか。そういう人と特別な日を過ごす。そういう想定で考えてみるのはどうだろう」
「特別な日……」
「たとえば相手の誕生日、とかね。大切な人。たとえば家族や友達の誕生日をお祝いするとしたら、相手にどんなことを思ってもらいたい?」
父さんと朋絵を思い浮かべて。……いや、朋絵は今関係ないじゃん。
頭で思い浮かべた朋絵がギャンギャン文句を言い出したけれど、今は関係ないから追い出す。
そうして父さんのことを考える。
父さんの誕生日を祝ったとして、どんな表情を浮かべてほしいか……。
そんなのやっぱり。
「……喜んでもらいたい、な」
「そうだね。その人に喜んでもらいたい、その人を楽しませたい。そう思うよね」
「まあ」
「つまりそういう気持ちで望んでみるのもいいんじゃないかな」
「……それでいいのか? だって大切な人は人でも、恋人と家族友達は違うだろ?」
「確かに関係性は違う。しかし相手のことを想うというのはどちらも変わらないと、私は思っているよ」
……そういうもの、なんだろうか。
ボクにはまだよくわからなかった。
けれど麗寧は話を先に進めてしまう。
「そうだ。お互いデートプランを立てて、その二つのプランでデートをしよう」
「……わかった」
麗寧とデートをすれば、それもわかるんだろうか。
○
麗寧と別れた頃、ボクはふと思った。
「これって、百合営業……みたいなものか?」
わからないけれど、朋絵にバレたらやばそうな気がする。
……バレないように気をつけないと。
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