第一幕 王子様との出会い

南条なんじょう晴希はるき様》 

《誠に残念ではございますが、今回は不合格とさせていただきます》


 スマホの画面に写っていたのはそんな文面だった。


「……また落ちた」


 自分の教室にいたボクは、思わずそう呟いていた。

 スマホの画面に写っている【不合格】という文字。

 それはボクが一番見たくなかったものだった。

 机に突っ伏して、大きくため息を吐き出す。


「どうしたの、ハル。ため息なんかついちゃって」


 そう声をかけられて、ボクは顔だけを横へ向けた。

 そこには隣の席に腰を下ろした一人の女生徒がいた。

 黒髪をツインテールにしていて、その耳にはいくつものピアスがついている。


 黒いマスクをしているから顔の全体像はわからないけれど、その肌はすごく白い。

 なんというか人形めいた白さというか、陶器みたいな質感に見える。

 どうもメイクでそうしているらしい。


 目元には泣き腫らしたような見た目のメイクがされていた。

 メイクのことはよくわからないけれど、前に本人が地雷系とか言っていた気がする。

 彼女は月詠つくよみ朋絵ともえ


 どういう関係かと聞かれるとすごく困る。

 ボクにもよくわかっていないけれど、仲がいい関係でないことは確か。

 というか仲が悪いと思う。


「……オーディションに落ちたんだよ」

「演劇の?」

「そう」

「ふうん、また落ちたんだ」


 朋絵はボクの返事に興味をなくしたのか、自分のスマホを弄り始めてしまう。

 その様子にちょっとイラッとする。


「そっちが聞いてきたのに興味なさそうな反応」

「だっていつものことじゃん。……それとも、なに。あたしに慰めてほしかったわけ?」

「そうじゃないけどさ、もっとこう、言い方ってものが」

「あんた、あたしに優しいこと言われて平気なの?」

「……それは気持ち悪い」

「喧嘩売ってる?」

「そっちが聞いてきたんじゃんか!」


 ボクがそう言っても、朋絵はどこ吹く風とでもいうような態度だった。

 なんというか、自分勝手……。まあいつものことだけど。

 ボクはもう一度スマホを見て、小さくため息を付く。


 少し前にとある演劇オーディションがあった。

 舞台役者志望のボクはそのオーディションを受けて、そして今回不合格のメールをもらった。

 ボクは今までいくつものオーディションを受けてきたけれど、一度も合格したことはない。

 つまり舞台に立てたことはなかった。


 どこかの劇団に所属していれば、その劇団の舞台に立つ機会はあると思う。

 特に児童劇団に所属していたのなら、一度は絶対に何かしらの役で舞台に立てるらしい。

 けれど、ボクはそういう児童劇団に所属していなかった。

 だから舞台の経験はない。


 舞台に立つにはとにかくオーディションに合格しなければならない。

 事務所に所属するにも養成所に入るにも、一般募集されている舞台に立つにも。

 オーディションや試験は必ずある。


 合格しないとその先には進めない。

 だからボクはいろいろな事務所オーディションや舞台オーディションに応募してきた。

 けれど、今のところ結果が伴わずにいた。

 


 ……どうして、こんなにもうまくいかないんだろう。

 このまま舞台に立てなかったら。

 このまま誰にも認められなかったら、ボクは――。

 


 その時、だった。

 

「あっ、麗寧様のビジュ出てる!」


 朋絵のテンション高い声がして、ボクは現実に引き戻された。


「これやばくない!?」


 朋絵はそのままのテンションでスマホの画面を見せてきた。

 そこに映っていたのは背の高い女性だった。

 彼女は舞台衣装に身を包み、なにかポーズを取っている姿だった。


 彼女の着ている衣装はファンタジーでよく見る王子様のようなもの。

 髪型もそれに合わせているのかシルバーアッシュのウルフカット。

 綺麗な顔立ちで、男女関係なく美人だって言われそうだ。


 けれどかっこいい雰囲気もあって……。

 その背の高さや衣装も相まって、本当に王子様みたいに見える。

 ボクはこの人を知っている。


 加賀美かがみ麗寧れね。ボクと同じ高校一年生で舞台俳優。

 現代舞台業界には役者が全員女性で構成される2.5次元舞台がいくつもある。

 彼女はそんな舞台を中心に出演している。

 もちろん、それ以外の舞台にも出ているけれど……。


 女性客が多いため、彼女は女性ファンが多い。

 その雰囲気や容姿から王子様系の役が多く、【麗寧様】という愛称で呼ばれている。

 要するにボクとは正反対で、舞台俳優として成功しているんだ。


「やっぱり麗寧様は王子様が似合う。めちゃくちゃかっこよくない? あ、やばい……。もう、なんというか指増える、両面宿儺になっちゃう……。どうしよう、寿命伸びる!」

「……興奮しすぎ。というか前も似たようなこと言ってなかった? 指何本増えるんだよ。もう宿儺超えてるじゃん」

「あんたなんでそんなに冷静になれるわけ!?」

「だって別に好きじゃないし、加賀美麗寧のことなんて」


 ……まあ、顔はいいと思うけれど。


「……あー、あんたってそういう奴だったね」


 テンション下がるわー、とか言って朋絵がため息を吐き出す。


「勝手にライバル視してんでしょ。あんたが麗寧様みたいなれるわけないのに」

「……うるさいな」

「だいたい身長だって全然違うし。麗寧様は百七十あって、あんたより十センチ以上も高い」

「身長は関係ないだろ」

「何言ってんの、身長は大事でしょ。高い方が王子様っぽい。……逆にいえば背が低くても王子様って思わせられなかったら、あんたは麗寧様を超えられない」

「それは……、そうかもしれないけど」


 加賀美麗寧はボクがほしいものを持っている。


 ボクは王子様役がやりたい。

 子供の頃にとある演劇で観た王子様がかっこよくて、そんなふうになりたいと思った。

 それがボクの舞台俳優を目指すきっかけの一つで、その思いを今でも持ち続けている。


 そんなボクのなりたい王子様の理想像こそが、加賀美麗寧その人だった。

 言わばボクの目標ということになる。

 けれど、好きになんてなれない。


 だって加賀美麗寧のそれは、言い方を変えればボクと同じ年齢でその域に達しているということで……。

 それが堪らなく悔しかった。

 だからボクは加賀美麗寧が嫌いだ。


「あーでもホントに楽しみだな、麗寧様の次の舞台」

「なんかすごいんだっけ」

「そう! 共演者も豪華だし、演出家を含めたスタッフもすごい人たちが集まってる。劇場もあの帝都劇場! ファンにとっても期待しかない舞台なんだから!」

「……確かにすごいかもしれないけどさ」

「もうあんたの手の届かない世界に行っちゃうかもね。……まあもうなってるか」


 朋絵が皮肉っぽく笑う。


「もう、一言多いなぁ……」


 とはいえ、実際にこのままじゃいけないことは確かなわけで……。

 追いつくためにもまずはオーディションに受からないといけない。

 加賀美麗寧が本当に追いつくことのできない場所へ行ってしまう前に……。

 ボクは頑張らなくちゃいけなかった。


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