第5話 姉に悩殺されました
僕は水着売り場にいる。ただの水着売り場じゃなく、女性物を専門とした店だ。男の僕がいるべき場所じゃない。
そうと分かっていながら何故僕がここにいるのか。僕が水着に興奮する変態でもなければ、女性物の水着を着たいわけでもない。姉さんが着る水着を選ぶ為、らしい。
「これとこれ。どっちが似合う?」
「どっちも似合うよ」
「そういうのやめて。アンタが私の水着姿に興味が無いと誤解しちゃうから」
「じゃあさ、こういうのやめてよ。僕なら外で待ってるからさ。姉さんが自分で選んで買いなよ」
「それじゃ意味無いの。私が選んで、アンタが良いと思う物を買わなきゃね」
「だからって……恥ずかしいよ」
「別に恥ずかしがる事なんてないわよ。彼女の付き添いで来る男なんて、アンタだけじゃないんだから」
「一緒にしないでよ。さっきからさ、目のやりどころに困ってるんだよ」
昔からずっと思っていたが、男女関係なく、水着と下着に違いはあるのだろうか。耐水性とかデザインとかの違いは分かる。下着姿だと恥ずかしがるが、水着姿だと恥ずかしくないっていうのが分からない。僕からしてみれば、水着姿も下着姿も一緒だ。
でも、そういう考えを持ってるのは僕だけなんだろう。海に行けば、みんな嬉々として水着を着て、周囲に自慢するように動き回る。やってる事は露出狂と変わらない。
もしかして、合法的に露出できるからみんな海が好きなのだろうか?
「水着は別だからね?」
「え? 声に出してた?」
「声に出さなくても、何を考えているかは分かるわよ。私はアンタが産まれた時からずっとお姉ちゃんだし、今はアンタの彼女なんだから」
「またそれを言う。公共の場で言わないでって前にも言ったじゃんか」
「はいはい。うっかり口を滑らせました。それでさ、これはどう?」
姉さんは僕の指摘をアッサリと受け流すと、手に取った水着を服の上に合わせた。正直言って、どんな水着を着ても姉さんなら似合う。欲を言うのなら、あまり肌を露出させない水着を着てほしいものだ。水着姿の姉さんが砂浜を歩けば、男女問わず魅了するだろう。そうなれば、海水浴どころの話じゃない。血で血を争う合戦が始まる。
「さっきから全然アンタの好みに合わないわね。もっと肌が露出した際どいのがいい?」
「その逆がいいな。ほら、ダイビングとかで着るやつとか」
「……そういう趣味なんだ」
「どういう趣味だと思ってんのさ」
「体のラインが強調された物を好むド変態」
「とんだド変態だな」
「他人事みたいに言わないでよ」
「身に覚えがないから言うよ」
「もぉー、我が儘ね。じゃあこうしましょう。アンタが選びなさい。それを試着してあげるから、アンタが見て良かったら買うわ。さぁ、早く選んで」
今に始まった事じゃないが、無茶苦茶な要求をしてくる。売られている水着に触れる事さえ出来なければ、真っ直ぐ見る事さえ躊躇ってしまう僕に選ばさせるなんて。
だが、ここで僕が適当な物を選んで、実際に海でそれを着た姉さんが醜態を晒すのはあってはならない。ダサいだけならともかく、変に露出が多いと姉さんを性的な目で見る奴が現れてしまう。そんな奴が現れないような水着にしないと。中学生で前科持ちになるのは避けたいところだ。
羞恥心で逃げ出したい気持ちを我慢しながら、売られている水着をちゃんと確認していき、遂にマシな物を見つけた。それを姉さんに渡すと、姉さんは僕の手を掴んで、試着室の前で僕を待たせた。
待っていると、試着室のカーテンが開き、僕が選んだ水着を着た姉さんが水着姿を披露してくれた。胸元部分を隠す透明な布と、長いスカートが下の水着を隠している。これを水着姿と言っていいのか分からないが、少なくとも露出はかなり抑えられている。
「いいね。よく隠れてるよ」
「そこは似合ってるって言いなさいよ」
「そんなの当然の事でしょ。でも、センスの無い僕が選んだ水着をここまで着こなすなんて……うん。やっぱり姉さんは、僕の自慢の姉さんだよ」
「……これにするわ」
「え? 本当に? 選んだ僕が言うのもなんだけど、本当にそれでいいの?」
「言ったじゃない。アンタが良いと思った物を買うって。それじゃ着替えるから、そこで待ってなさい」
そう言って、姉さんは試着室のカーテンを閉めた。僕としては不安が消えたが、本当に良かったのだろうか。まぁ、姉さんがこれが良いって言ったんだ。なら心配する事はないだろう。
いや、ちょっと待てよ。確かに露出は抑えられたけど、それによって姉さんの素の美人さが際立ってしまう。
それはつまり、根本的な懸念は消えていないという事になる。
「……サングラスと刺青シール買っておくか」
その後、帰宅してすぐに水着姿の姉さんのお披露目会が始まり、僕は拍手喝采を家中に響かせた。
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