第6話 姉に侵入されました
小学生の時から今まで気付かなかった。僕の部屋の扉には鍵がついていない。姉さんの部屋はもちろんの事、家中の部屋という部屋に鍵がある。それだというのに、僕の部屋だけ鍵が無い。つまり自室であるにも関わらず、プライバシーが無いに等しいという事だ。
ネットで購入した新しいドアノブと、家にある工具を使って早速ドアノブを交換した。初めての事や不器用な事も相まって、ドアノブ一つ交換するのに半日掛かってしまった。作業中、姉さんが廊下を通り過ぎて行く際に、僕を妙な人間を見る目で見ていた。
苦労と絶望はしたが、どうにかこうにか鍵を取り付ける事に成功した。これで僕のプライベートは守られる。もう寝てる間に姉さんに忍び込まれる事も、朝起きた時に隣で寝ている事も無くなる。嬉しいような、寂しいような。
「さて。これで姉さんが乱入してくる事も無くなったし、気楽に友達とメッセージのやり取りや通話が出来るな。まぁ、その相手が明美一人しかいないんだけど」
ベッドの上であぐらをして壁に背を預けながら、携帯の着信を確認した。見ると、ちょうど明美からの通話が数件着ていた。姉さんは何故か明美を嫌悪している様子だったし、こうして隠れてやり取りをするしかない。
「もしもし明美? ごめん、連絡返すの遅れちゃった」
『いいんですよ……今、お姉さんは近くにいる?』
「いないけど。姉さんに何か用があるの? 代わればいい?」
『いいのいいの! そっか、いないんだ。そっかそっか!』
「なんか嬉しそうだね」
『それはもちろん! だって邪―――ゴホンッ! こうして落ち着いてハルト君とお喋り出来るんだもん。あ、そうだ! 改めての話なんだけど、土曜日の海に行く話。やっぱりハルト君も来ない?』
「行くよ。行くけど……その、なんて言えばいいかな? 例えるなら、同じ修学旅行先でも、所属する学校が違う学生というか。ソースはソースでも、お好み焼き用とタコ焼き用みたいな感じというか。そんな感じで僕達も海に行くよ」
『待って。全然分かんなかった。というか、僕達?』
「うん。姉さんと一緒に行くんだ。相当楽しみなんだろうね。昨日水着を選ばされちゃってさ。気まずかったよー」
『……へぇー』
明美と通話をしていると、部屋のドアノブが動いた。どれだけ動かしても開かない扉に違和感を覚えたのか、扉の前にいる姉さんがノックとは程遠い力で扉を叩いてきた。
「ねぇ! なんで鍵なんかつけてんのさ! 開けなさいよ!」
『何の音? それに、怒ってるような声も聞こえるよ?』
「あー、大丈夫大丈夫。ちょっと待ってて。鎮めてくるから」
明美との通話を繋いだままにしてベッドの上に携帯を置いた。扉の前に立ってみると、よりダイレクトに姉さんの怒りが衝撃波となって肌に伝わってくる。鍵をつけて良かったのか、悪かったのか。
「怒れる龍よ、鎮まりたまえ。其方がしている事は何の意味も無い事だ。せっかくつけたばかりの鍵が壊れるので、あんまり強く扉を叩かないでほしいです。ドアノブの交換で苦戦した僕が扉を新しく設置出来る訳ないでしょ」
「……浮気してるでしょ」
「あれなの? 姉さんは僕を学校で孤立させたいの?」
「アンタには私がいれば十分でしょ」
「でも姉さんは高校生じゃん」
「私の高校に飛び級してきなさいよ」
「やっとの思いで凡人を保ってる僕に出来る事じゃないよ。とにかくさ。僕は今、友達と通話してるんだ。後で話し相手になるから、今は大人しく退いてよ」
「……分かった」
気配が消えた。扉に耳を当てて廊下の音を聴いてみたが、吐息の音さえ聴こえない。どうやら去ったようだ。流石の姉さんといえど、鍵を掛けられてしまえばどうにも出来まい。鍵は内側からでしか開け閉め出来ない物をつけたから、ピッキングでもしない限り扉を開けるのは不可能だ。
安心して扉に背を向けた……その瞬間だった。
カチャリ。
何かが開く音が聴こえた。この音は鍵が開く音。何処の鍵の音だろうか。いや、何処の鍵かなんて分かりきっている。認めたくなくて現実逃避をしただけだ。
後ろに振り向くと、貼り付けたような笑顔をした姉さんが立っていた。作り笑いとはまさにこれだろう。
僕は素早くベッドに飛び込み、未だ通話中の明美との連絡を切った。自分の身は守れずとも、威厳は守れた。明美に僕の弱弱しい声を聞かせたくない僕の足掻きだ。
気を取り直し、僕はもう一度姉さんの方へ振り向いた。口元で笑みを浮かべながら、薄っすらと開いた瞼から垣間見える姉さんの視線。獲物を狙う捕食者の顔だ。
「……お慈―――」
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