第4話 姉に痕を残されました

 夏休みには何故課題があるのだろう。夏の休みと書いて夏休みなのだから、その期間中全力で休めるようにするべきだ。それに課題が無ければ、担任の先生の作業も減ってウィンウィンじゃないか。恒例というのは、かくも面倒なものだ。




 今日やる分の課題を終え、僕はベッドに腰を下ろして携帯を開いた。明美からの新着メッセージがきている。内容を確かめてみると、デパートの時に話していた海の件についてだ。てっきり誘うのを辞めたのかと思ったけど、意外と粘り強い。




 さて、どうしたものか。僕個人としては、あまり乗り気ではない。明美が誘ったのなら誰も文句は言わないかもしれないが、だからといって僕と仲良くする義理もない。常日頃から嫉妬の念を飛ばされていたんだ。安易に参加しては、命を取られかねない。




 だが、僕にとって唯一の友達である明美の誘いを断るのも気が引ける。断ってしまえば、もう僕と話してくれなくなってしまう可能性がある。ただボッチになるだけならいいが、イジメにでも遭えばたまったものじゃない。




「……詰んでるな」




 参加でも不参加でもメリットが無い。八方塞がり、あるいは四面楚歌。こんな難しい状況に立たされている中学生など、僕しかいないだろう。




 返信に迷っていると、部屋の扉を叩くノック音が聴こえた。適当な返事をすると、寝間着姿の姉さんが部屋に入って来た。夏だから寝間着も夏仕様になっており、下着が透けて見える寝間着を着ている。ランジェリーみたいな名前のやつか。




「どう? 魅力的かしら?」




「姉さんはいつも魅力的だよ」




「エッチな子」




「褒めたのに酷い事言うね」




「まぁ、無理もないわね。だって私だもの。アンタが私に常日頃から発情していてもおかしくないか」




「僕の初めてを奪った癖に、よく言うよ……」




「さて。雑談はここまでにして。しよっか」




「……い、嫌だ」




 いくら僕が思春期真っ盛りとはいえ、毎日そういった行為をしたいわけではない。今僕がしたい事といえば、濃厚で深い睡眠だ。




 しかし、というかやはり、姉さんが僕の意見を聞く気は無かった。姉さんは流れるように僕の隣に腰を下ろすと、蛇のように絡みついてきた。耳元には姉さんの吐息が吹きかけられ、左腕全体に姉さんの女の感触を感じさせられた。抵抗など無意味であった。




 食べられる直前、姉さんの動きがピタリと止まった。視線は僕の手にある携帯の画面を凝視している。




「……これ、あの娘から?」




「え? う、うん。明美っていう女子だよ」




「ふ~ん……惚れてるの?」




「まさか。僕が彼女に求めているのは良き友人である事。そして彼女が僕に求めているのは休憩所の役割さ」 




「女たらし」




「話聞いてた? そんなんじゃないって」




「アンタがそうでも、彼女はどうかしら? 姉を溺愛するアンタを海に誘ってるのよ? 奪う気満々じゃない」




「彼女は良い人なんだ。姉さんの高校にも一人はいるだろ。誰にでも分け隔てなく接する良い人が」




「……よし。海行こう。この日に私達も」




 私達、という事は姉さんもついてくる気だな。狙いは分からないが、とりあえず海に行く事は決定した。




 僕は明美に【同じ日に海へ行きます】とだけ返信した。姉さんについて書かなかったのは、なんだか書くのが怖かったからだ。なんで怖かったのかは分からない。




「宣戦布告完了」




「どういう意味?」




「良い機会だから教えてあげる。女ってのはね、産まれた時から勝負の世界で生きるものなのよ」




「へぇー、大変だね。男として産まれて良かったよ」




「そうね。アンタが女として産まれていたら、きっと今よりも悲惨な人生を送っていたはずよ。あー、惨めで憐れな子」




「惨めで憐れでも、姉さんは僕を見捨てないだろ。姉さんはそういう人だ」




「……へぇ」




 隣にいた姉さんが僕の膝の上に跨ると、手で僕の頬を抑えながら濃厚なキスをしてきた。息継ぎの暇も無い程に繰り返されるキスに、僕の脳は早々に蕩けてしまった。姉さんが強いというのもあるが、僕も弱すぎる。




 そこから先の事はあまり憶えていない。長い時間が流れたのはなんとなく分かる。悶えながら乱れていたのが姉さんなのか、僕なのかも分からない。




 ハッキリと憶えているのは、挑発的な笑みを浮かべながらも、慈愛に満ちた瞳をした姉さんの綺麗な顔。僕はきっと見惚れていたのだろう。




 次の日の昼頃。目を覚ました僕の体には、姉さんの痕が色濃く残っていた。蚊のせいにするのは、無理があるな。

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