第3話 姉に暴露されました

 夕飯の食材を買いにデパートに来ている。もちろん荷物持ちとして。




「今日は食べたい? アンタのリクエスト聞いてあげる」    




「何でもいいよ」




「……はぁ。昨日恋人になったばかりなのに、もうアンタに幻滅してる」




「じゃあ元の姉と弟に戻ろうよ」




「何さ? 私と別れたいの?」




「いや、別にそうじゃないけど。姉さんみたいな美人な女性と別れたい男なんていないよ」




「分かってるじゃない! そうよ! アンタは今、世界で一番の幸せ者なんだから!」




 嬉しいのは分かるけど、ここは公共の場なんだから、声を張り上げて言わないでほしい。幸いにも周囲の人には僕らが姉弟と悟られていないが、代わりにバカップルを見るような目で僕らを見ている。恥ずかしいのか、誇らしいのか。




 カートを押していきながら、カゴに積み上げられていく食材から晩ご飯を予想した。野菜・肉・カレールー。絶対にカレーだ。問題はライスなのかスープなのか。普通ならカレーライスなのだが、作るのは姉さんだ。たまに予想外の行動に出るのが、姉さんの長所であり、短所でもある。そのおかげで、僕は昔から姉さんに振り回されっぱなしだ。




「あ、ごめん。ちょっと電話」




「今出ればいいじゃん」




「周りの音で声が聞こえずらいでしょ? 安心しなさい。浮気じゃないから」




「分かってるよ。姉さんは裏切りとは縁が無い人間だからね」 




「理解ある彼氏で結構。ちょっとだけ見直したよ。ちょっとだけね。それじゃ、行ってくる」




 姉さんが電話で離れ、一人取り残された。このままここで待っていてもいいが、せっかくだし散策しよう。




 お菓子コーナーに来ると、袋菓子に紛れて、オモチャが付属したお菓子が置いてあった。その中には、僕が小さい頃に観ていたヒーローのオモチャが付属されたラムネがあった。手に取って見てみると、僕が観ていた時よりも人数が増えているし、見た目が全然違う。あの頃、僕が観ていたヒーローは、もう過去の存在なんだな。




「あれ? ハルト君?」




「ん? おー、明美。奇遇~」




「奇遇だね~」




 同級生の明美。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群の三拍子が揃った美少女。当然クラスでも人気者で、彼女に告白する男女が今もなお後を絶たない。




 だからか、僕は彼女と仲良くなった。理由は多分、僕が彼女に恋心を抱いていないからだろう。全員に好意を向けられては、気が休まる時間も少ない。そんな彼女にとって、僕は絶好の休憩所みたいな存在だろう。




「買い物? 一人で?」




「いや、姉さんと」




「へぇー。ハルト君ってお姉さんがいるんだ。ハルト君に似て、美人さんなんだろうね」




「僕に似てないくらい、姉さんは美人だよ」




「ハルト君だって美人さんじゃん」




「それ、男の僕に言っても嫌味にしか聞こえないから……」




「アハハ! それもそうか! ごめんごめん。ハルト君はカッコイイよ」


 


「明美もイケメンだよ」




「あら? 仕返しのつもり~?」




「そのつもり~」




 こうして面と向かって話しているのに、やっぱり全然彼女にドキドキしない。理由は、姉さんがいたからだろうな。




「あ、そうだ。私達、今週の土曜日に海に行く約束してるの。ハルト君も一緒にどうかな?」




「誘われてない僕が行ったら迷惑でしょ」




「だから今、私が誘ってるじゃん。来てくれないの?」




「う~ん……それじゃ――アベッ!?」




 後ろから急に抱きつかれて変な声が出た。振り返ろうとすると、姉さんが僕の肩に顎を乗せていた。あと少しでも顔を動かしていたら、姉さんの頬に唇が触れてしまうところだった。




「あ、もしかしてハルト君のお姉さんですか? 初めまして。私は―――」




「どっか行きなよ。見て分からない? 私達、今デート中なの」




「……え?」




 とんでもない爆弾を投下したな姉さん。初対面の人に冗談言ったって、冗談だと分かるはずもない。いや、確かに冗談ではなく事実なんだけど。




 ほら見ろ。明美さん、目に見えてドン引きしてるよ。この歳になってこのベタつきはやっぱりおかしいんだって。僕の唯一の友達がクラスメイトの一人になっちゃったよ。




「ア、アハハ……それじゃ、私はお邪魔みたいだから……またね、ハルト君」




「またね、じゃなくて。さよなら、でしょ?」




「……けんな」




 去り際にポツリと呟いて、明美は去っていった。なんて言ったのかは分からないけど、友人関係にヒビが入ったのは分かった。




「姉さん。姉さんは僕に不幸になってほしいの?」




「何言ってんの。こんなに美人な彼女を同級生に自慢出来たのよ? その優越感に浸りなさいよ」 




「歪な幸せだな。まぁ、別にいいか。そのかわり、姉さんにはお詫びに美味しいカレーライスを作ってもらうからね」




「カレーライス? 今日はスープカレーのつもりだったけど」




 ライスじゃなく、スープの方だったか。

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