第2話 姉に責任を押し付けられました
シャツが汗でひっつく。今日は割と涼しい夜だったのに、姉さんの所為で汗をかいてしまった。喉も渇いたし、一階に下りてオレンジジュースを飲もう。
そうして一階のリビングへ行くと、姉さんが麦茶を飲んでいた。まるで何事も無かったかのように、平然と麦茶を飲んでいる。いや、少し嬉しそうな表情を浮かべてるな。そりゃ、あれだけ好き勝手したら満足はするか。
「……あ」
「あ」
目と目が合うと、姉さんは僕のコップをテーブルに置き、麦茶を注いだ。本当はオレンジジュースが飲みたかったのだが、仕方がない。僕は姉さんが淹れてくれた麦茶を飲んだ。姉さんのと違って、僕のには氷が入ってなくて、中途半端に冷たい。
「分かってると思うけど、お父さんとお母さんには言わないでね」
「言えるわけないじゃん。実の姉に童貞を奪われましたって聞いたら、二人共卒倒しちゃうよ」
「よろしい! それじゃ、これからよろしくね」
「これからって、何が?」
「私の初めてを奪ったんだから、責任取るのが男でしょ」
「奪われたのは僕なんだけどな~……」
「こういうのは男側が責任を取るものなのよ。それにアンタも途中からノリノリだったじゃない」
「……思春期ですから」
冷静に考えてみても、やっぱりマズい事をしてしまったな。僕がもっと歳を重ねていて、高校生くらいだったら姉さんの誘いを断れたのだろうか。いや、その時はその時で、より大人の色香を帯びた姉さんの誘惑に抗えないだろうな。こう言うのは贅沢だけど、姉さんがもっとブサイクだったら良かった。
「ハルト」
振り向くと、姉さんは椅子に座っていた。両手を広げ、足をパタパタと遊ばせている。
「切り替え早いね。もう恋人になれるの?」
「私はアンタと違ってウジウジしてないの。さぁ」
「……恥ずかしいよ」
「自分から女を抱いてみなさい。男の子でしょ」
そうは言っても、恥ずかしいものは恥ずかしい。実の姉とはいえ、美人な女性と手を繋ぐだけでもハードルが高い。もっとハードルが高い事を経験したばかりだけど、あれは場に酔ったというか、若気の至りというか。
僕が悩んでいると、姉さんはあからさまに不機嫌になって、視線を横にズラした。
「意気地が無いのね……私さ、結構モテるんだ」
「そりゃそうでしょ。姉さん美人だし、スタイル良いし」
「内面の良さを忘れてるぞー。まぁ、とにかく。モテる私は当然今まで何人もの男や女から告白されてるんだ。アンタがその調子だと、そいつらの内の誰かと付き合った方が良いのかもね~」
「うん。それが健全だよ」
「否定しなさいよ。それでも私の彼氏なの?」
「弟だよ」
「とにかく! アンタが自分の意思で私を抱きしめないなら、私は他のロクデナシとくっついて大変な事になるから! ピアスとタトゥーまみれになって、酒と煙草が体臭になるから!」
本当に大変な事を言う。そんな風に変える相手は、もう犯罪者しかいないだろ。
十中八九脅し文句だろうが、万が一という事もある。ここで僕が姉さんを抱きしめなかった所為で、姉さんがピアスとタトゥーまみれになって、酒と煙草が体臭になってしまうのは非常にマズい。僕だけじゃなく、父さんと母さん、姉さんを知る人達がみんな悲しんでしまう。
「やるよ。姉さんを抱いてみせるよ」
「へぇ。言うじゃない。アンタに出来るのかしら?」
「……もっと子供っぽくして」
「はぁ?」
「今の姉さんだと緊張するから、小学生くらいの無邪気な感じを演じてよ」
「呆れた。条件を提示出来る立場のつもり? それとも、ロリコンなのかしら?」
「そっか。小学生の頃の姉さん可愛かったし、滅茶苦茶甘やかしたかったんだけどなー」
「ねぇねぇお兄ちゃん! ギューして! ギュー!」
自分で言い出しておいてなんだが、普通にキツい。高校生の姉さんが、小学生というか幼稚園児まで退化した姿は、見るに堪えなかった。これはこれで抱きしめたくない。
しかし、姉さんは僕の条件を呑んでくれたんだ。僕もそろそろ腹を括って、姉さんの望みを叶えるのが筋だろう。というか早く終わらせて、元の姉さんに戻ってほしい。
ぎこちなくではあったが、僕は姉さんを抱きしめた。強く抱きしめられない僕とは裏腹に、姉さんは僕を絞め殺すつもりで抱きしめ、更には頬ずりまでしてくる。
「意気地なしのアンタにしては頑張った方じゃない!」
「うん。頑張ったよ僕は」
「嬉しいわ。アンタから私を求めてくるなんて。ほんと、夢みたい……今日から私達は恋人よ」
なんだか騙された気分だが、正直なところ嬉しい。姉さんみたいな人と恋人になれるなんて夢にも思わなかった。惜しむらくは、僕達が血が繋がった姉弟である事だ。それにさえ目を瞑れば、やっぱり嬉しい事だ。
流石に無いとは思うけど、一緒に出掛けるなんて事は無いだろう。流石に姉さんもこの関係にはリスクがあると分かっているはずだ。
分かって、いるよね?
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