07 お祝い
考えた対策が上手くいったのもあって、私はわろたさんに笑顔を向ける。
「いずれ誰でも読めるように翻訳するのでお待ちください。そして完成した暁には売り出して、ウハウハの印税生活する予定ですぅ!」
この野望は半分本気。
『カログリア王国戦記』と全然違う未来になったら、物語としては悲しいけど本当に素晴らしい話なので、是非この世界の人達にも読んでもらいたい。登場人物の名前とか時代背景とか変えればいけると思うんだよね。
異世界の物語なのにカログリア王国の話? て突っ込まれそうだけど「異世界の物語を参考に分かり易く受けいれられるように直した」て事にすれば問題ないでしょう。
実際、その体で直されて世に出ている異世界の物語が幾つかある。…もしかしたら、それが過去にあった黙示録なのかもしれないね。
まぁそれはともかくとして、直されていても異世界の物語は洩れなくベストセラーとなっている。
お金が溜まったら世界ふしぎ発見の旅に出るんだぁ。
ルシア先輩も学園長も【記憶の魔法】で得た知識は私の物だって言ってくれたし、役目を終えた黙示録ならそう使っても良いじゃん。
「うふふ」
おっと、つい笑いが零れ出てしまった。
咄嗟に口元を抑えつつチラリとわろたさんを窺うが、特に気にする様子はなくて胸を撫で下ろす。
「では、ローリくんが翻訳してくれるのを待つとしよう。一番に買わせてもらうよ」
「その時は是非ぃ」
その瞬間、私の真横スレスレを何かがもの凄い勢いで掠めていった。
風圧に髪がなびく。
「ひょえぇええ!?」
「危ないな…ローリくんに当たったらどうするんだ」
「当てるかよ。後輩から離れろこの不審者!」
私には全く見えなかったけど、わろたさんが胸元の位置で何かを掴んでいる。多分、今し方私の横を通り過ぎたモノだろう。
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには緑色のローブをはためかせながら武器を構えた男子生徒の姿が。
「スファイ先輩」
ロクヤ・スファイ先輩。ルシア先輩と同じ最高学年の6年生だ。
構えた体制のままスファイ先輩は私を手招きする。
「ローリ、こっちに来い。1年生が1人で不審者と話すんじゃない、攫われたらどうするんだ」
「酷い言われようだ。3年生まで途中退学は許されない。まだ1年生のローリくんを連れて行ったりしないさ、登用係としての信用に関わる」
「どうだかな。ただでさえアンタは救護クラブの連中にご執心じゃないか。その上記憶の継承者となったとなれば、3年終了を待たずにローリを連れていきたいと思っても不思議じゃない」
「うん、それは最早、不審者じゃなくて誘拐犯だねぇ」
やれやれとあくまでも軽い調子のわろたさんに対し、スファイ先輩はギラリと目を鋭く睨みつけている。
ビリビリとしたスファイ先輩の気配が空気越しに伝わって来て、怖いけどちょっとゾクゾクしてくる。
「ヒュ~」
「…相変わらず面白いね、君は」
「ローリ、何楽しいって顔しているんだ! さっさとこっちに来い!」
またしても感情がそのまま口から零れてしまうと、わらたさんからもスファイ先輩からも呆れた声が聞こえてくる。
そこへこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「ロクさん、ローリいた? あれ? チャチャイさんまたいらっしゃっていたんですか?」
「ルシア! 後輩にもう少し危機感を持つよう指導しとけ!」
「え? 何? ロクさん何で怒っているの?」
着くや否や怒られて目を丸くするルシア先輩。
「やぁルシアくん。ローリくんの顔を見ようとお邪魔したら、誘拐犯の言い掛かりを受けていたところさ」
「あ~ははは、すみません。ロクヤは後輩思いなので大目に見てあげて下さい」
「なんでお前がこいつに対して俺のフォローしてるんだ!? 納得いかないぞ!」
「まあまあロクさん、いいじゃないの。それよりローリ、学園長先生とのお話は随分と長かったみたいだね、皆食堂で待っているよ」
「皆?」
「うん、お祝いだよ。ローリが無事に目覚めた事と【記憶の魔法】で知識を得た事の、ね」
「お祝い!」
「本当はローリが食堂に来た時まで黙っていてビックリさせるつもりだったんだけど、中々学園長先生の離れから戻ってこないから迎えに来ちゃった」
さぁ行こう。ルシア先輩に差し出された手を、私は素直に取った。
同時に、振り返ってわろたさんへと手を出す。
「わろたさんも行きましょう! お祝いならご馳走が沢山ありますよぉ!」
「…おや、私を招待してくれるのかい?」
「はい!」
「ダメに決まっているだろうが! 関係者以外立ち入り禁止だ!」
「まあまあロクさん、いいじゃないの。主役のローリが言っているんだし、チャチャイさんだって元学園生なんだから関係者みたいなものじゃない」
「途中退学者は元学園生に入らねぇよ!」
「やかましいですこと。いつまでやっていますの?」
コツコツと高い足音をまるで奏でるように鳴らしながら、また1人、緑色のローブの先輩が現れた。
歩く度に揺れる結う事なく下ろされた長い髪は世界一の美髪との呼び声も高い、学園きっての才女。
「フィオーレ先輩」
「リンジュまで来る事なかったのに」
「2人が遅いと1年生達がそわそわし出してね。わたくしが代表者1名を連れて行く事で場を収めましたの」
「どうもぉ…」
「シシー」
現れた先輩の名前はリンジュ・フィオーレ。
そしてそのフィオーレ先輩の後ろからひょっこり顔を出したのはシシーだった。
手を振りたかったけど片方はルシア先輩と繋いでいて、もう片方はわろたさんに出しているところだったので無理だった。
「ロクヤ、皆がローリを待っていますの。これ以上待たせたらまた別の者が探しに来て、収集がつかなくなってしまいますわ。チャチャイ殿にも同席してもらえば良いでしょう」
「なっ、リンジュ!?」
「他ならぬ主役ローリの招待です、他にご予定がなければ受けて下さいます?」
寸分の隙もなく話をまとめるフィオーレ先輩。スファイ先輩の抗議の声にも取り合わず、わろたさんに上品な笑顔を向ける。
わろたさんの見えている片目が弧を描いた。
「ではお言葉に甘えて、招待を受けるとしよう」
出していた私の手にわろたさんの手が重なる。
私の手と、大きなわろたさんの手とじゃ繋いでいると言うよりすっぽり覆われているみたいになる。ちょっと荒れているようだから、後でルシア先輩に頼んでハンドクリームを分けてもらおっと。
「それでは参りましょう。不満のある者は着いてこなくてよろしい」
フィオーレ先輩が凛とした態度で言い切って、先頭を歩き出す。
その後ろをシシー、そして私と手を繋いだルシア先輩とわろたさんが続く。
チラリと後ろを窺えば、スファイ先輩がわなわなと肩を震わせているのが見えた。
ーーーあ、何か叫び出しそう。
「せめてッ、3人並んだ仲良し家族みたいな手の繋ぎ方は止めろ!!」
校内にスファイ先輩の声が木霊する。
食堂に着くと、いつも明るく広々としているそこがあちこち飾り立てられていて、まさしくお祝いの会場のようになっていた。
これが自分の為にだと思うと嬉しくて、頬が自然と温かくなっていく。
しかし、真っ先に私に向かって飛んできたのはお祝いの言葉ではなく、同じ1年2組のクラスメイト達だった。
特に隣の席の友人達。【記憶の魔法】の授業で皆が次々と目を覚ます中、いくら呼んでも揺すっても一向に起きない私に皆はパニックとなったのだと、泣かれてしまった…。
先生が確認してくれて3日後に起きると言われても、不安で仕方なかった本当に起きてくれて嬉しいと、ギュウギュウに抱き締められながら言われてしまえば苦しくても受け入れるほかにない。
暫く友人達の好きにさせていたら「もうそろそろ」と助け船が出され、他にも「お腹空いた」とか「ご馳走食べたい」とか言う声も上がってやっと解放された。
空気を読まない声にも聞こえるけど、テーブルの全てには豪華な食事が沢山並んでいて、私が来るまでそれ等を目の前にお預け状態だったのなら我慢も限界になるだろう。何たって、いつだって美味しい食事を提供してくれるテフル魔法学園が誇る食堂が特別に用意してくれたご馳走なのだ。食いしん坊じゃなくても早く食べたいと思うに決まっている。
「では、皆でローリを祝うとしよう」
学年と組事に分かれた席に着くと、私の担任でもある1年2組の実技の先生が手にコップを持って食堂内に声を響かせた。
実技の先生は先生の中でも一際大きな声を出す。なお教科の先生の方はとてももの静かな人で、こう言うのには向かない。
先生に倣って、全員がコップを持つ。皆の視線の先は私。
「乾杯!」
「ローリ、おめでとう!」
先生の音頭でその場にいる全員からの祝福を受けた。
皆、皆、笑顔だ。
だから私も、とびきりの笑顔で返す。
「ありがとうございまぁす!」
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