06 不審者

 私が持つ知識『カログリアシリーズ』は時系列で言えば『カログリア王国戦記』までで、その先は描かれていないので分からない。

 戦争を止める事が出来たとして、未来を変える事が出来たとして、私の『カログリアシリーズ』の中身まで変わるかは大分怪しい。

 『カログリア王国戦記』がルシア先輩の平和な医療奮闘記とかに変わるのなら寧ろ大歓迎だし、目指す未来としてはまさにそれだ。でも少なくとも“戦記”ではなくなる訳で…。

 中身が変わらないのなら、その先の未来は分からないのなら、「未来が分かる人」みたいな感じで認知されるのは遠慮したい。

 謎や不思議な事が好きで追い求めたいと思っているけど、私自身がそうなりたい訳ではないのだから。とは【記憶の魔法】の授業でも思った事か。

 

 この際頭の隅にあった、私がいるこの世界は物語の中で、こうしている今も作者の筋書き通りに動かされている……と言うある意味恐ろしい考えは捨てよう。

 

 多分、過去、その時代の黙示録…あえて『カログリアシリーズ』と呼ぶ。それを得た人達も『カログリアシリーズ』を元にその時代の最悪を変えようと頑張ったんだ。

 英雄を救い、導き、支えた何かとして。

 けして歴史には記される事ない、裏側で。

 

「ふぅ…」

 

 息を吐く。

 身体が重くなった救護室での息とは違う。吐く度に身体が、心が軽くなっていくのが分かる。

 

「ワシの話はお前さんを少しは軽くできたかな?」

「はい、この上なくぅ」

 

 学園長に笑顔で答えた。

 

 理屈は考えても分からない。

 だから切り替えて、前向きに考える事にしよう。学園長も記憶の継承は慶事だと言ってくれたし。

 【記憶の魔法】で私が得たのは未来の情報と、その未来に繋がる現在進行形の情報。しかも言わば、世界の裏知識のおまけ付き。

 そう捉えた方が、遥かに私の好奇心を刺激してくれゾクゾクしてくる。

 

 この知識を元に、戦争を止める。

 

 このままいけば戦争が起きる。

 そのせいで大好きな先輩が苦しむ。

 多くの命が散り多くの人が悲しむ。

 大問題だ。

 何より、その戦争で自分が消えるとなると問題はより切実である。

 正直、いただけない。

 私の好奇心を刺激してくれるハラハラドキドキは楽しいが前提。だから安全に楽しめる1年3組のドタバタが好きなのだ。

 

 結局は振り出しに戻っただけだけど、気の持ちようが全然違う。

 

「ありがとうございます、学園長先生」

「はて、お礼を言われる事をしたかのう?」

 

 すっ呆ける学園長に苦笑する。

 会話の中で、学園長は黙示録ついて教えてくれたけど私の持っている知識がそうなのかとはっきり確認しなかった。

 私もぼかした言い方しかしていない。

 あくまでも黙示録は噂。謎や不思議は、時に解き明かさない方が良い事もある。

 黙示録を得た最初の人として私は記録されたくないし、会話の流れを変える事で学園長は確認を避けてくれた。私を守ってくれたんだ。

 ならその想いに応えなくては。

 

「ワシに何か頼みたい事があるのなら遠慮なく尋ねるがいい。ワシの出来る範囲で手を貸そう」

 

 改めてどう切り出すか、私が頭をフル回転させて考えていたら学園長の方から助け舟を出してくれた。

 学園長ってやっぱり先生で、大人なんだなぁ。ありがたい。

 

「じゃぁ、例えば、なんですけどぉ…」

 

 ザァッと再び風が通り、庭の草花が揺れる音に私の言葉が溶けていくーーー

 

 

 

「学園長先生、今日は沢山の話を聞いてくれてありがとうございましたぁ!」

「ワシも実に有意義な時間を過ごせた、礼を言おう。今日はこのまま寮へ戻りゆっくり休みなさい」

 

 あれからどれだけの時間が経ったのか…。見上げれば、青かった空はすっかり綺麗な夕焼けの色に染まっていた。黄昏時と言うやつだ。

 この時間では授業どころか、授業後のクラブ活動も殆どが終わっている。生徒も寮に戻っているだろうから、3日も寝ていて心配掛けた皆に顔を見せるには寮に戻る事が一番だろう。

 学園長に深々と頭を下げながらお礼を言って、私は学園長の離れを出た。

 

 寮へ向かう私の足取りは軽い。

 【記憶の魔法】で得た知識をどう受け止め、どう扱っていくか心が決まったのもあるけど、何よりも学園長のお陰で戦争を止める方法の算段は付いた事が大きい。

 あくまでも「例えば」を前置きにした会話だったけど、そこは人生経験豊富な学園長が私の言いたい事を察して拾い上げてくれた。あの様子なら必要な手配もしてくれるだろう。

 1人で悶々と考え、自分じゃどうにもならないのに無駄に足掻く羽目にならなくて本当に良かった。

 ただ、唯一問題があるとしたら、今すぐ出来る事はないって点かな。

 

 『カログリア王国戦記』の戦争が始まる要因はまだ存在していない。

 大よそではあるけど今から3年後、私が4年生になった頃に…それは生まれる。

 

「それまでどうしようかなぁ」

 

 何となく、タブレットを出して眺めてみた。

 『カログリアシリーズ』は私が【記憶の魔法】で内容を知れたように、作者も何らかの方法でカログリア王国の様子を知っているんじゃないか? と疑うくらいに各設定や背景が念密に作り上げられている。

 何ならカログリア王国の住民である私より遥かに詳しい。まぁ、まだ13年しか生きていませんが。

 その念密な設定で描かれた『カログリア王国戦記』の話は「戦争さえ起きなければ皆ハッピーエンド」と言う訳ではなかったりする。

 タブレットの中には物語だけでなく、その各設定を有志…ファンがまとめたサイトや各種情報を元にファン達が考察しているスレッドなんかもある。

 まさに、世界の裏知識。

 

 タブレットに指を走らせると、そのスレッドが出てきた。大体の使い方は教えられなくても自然と理解している。

 羅列されたスレッドのタイトルに私が目を通していると……

 

「本当に知識を継承したんだね」

「おんぎゃああ!」

「おっと」

 

 いきなり背後から、しかも至近距離で声を変えられて心臓が飛び出るくらいに驚いた。実際に飛んだのは勢いで投げ飛ばしてしまったタブレットだけど…。

 私が手離したからか、タブレットは地面に落ちる事なく消えた。

 ついでにバランスを崩して倒れそうになった私も、支えてもらったお陰で倒れる事はなかった。

 背後から支えてくれた人を確認しようと首を仰け反らせたら、顔半分を仮面で覆い隠した長身の男性と目が合う。

 

「わろたさん!」

「ヴァロータだ。歩きながら本を見るのは危ないよ、ローリくん」

 

 生徒でも先生でもない。学園関係者でもない。

 しかし不審者ではない。一応、私の認識では…。

 

「お久しぶりですぅ、来ていたんですねぇ」

「久しぶり。実は3日前に伺わせてもらったんだけど、その時ローリくんが【記憶の魔法】で寝ていると聞いてね。今日あたり起きると思って待っていたんだよ」

「わぁお。トラモントの兵士団隊長さんに待たれるなんて、何だかドキドキしちゃいますねぇ」

「知識の継承者は貴重だからね、登用係としては当然さ」

 

 隠されていない方の目が細められる。

 支えてくれていた手から離れ、体勢を整えてから改めて不審者ではないその人を正面から見る。相手はかなりの高身長だから、私の視線は大分上向きだ。

 

 うん、カッコいい。

 “カログリアの代表沼”なんて呼ばれるのも分かるわぁ。

 

 目の前のこの人はヴァロータ・チャチャイさん。年齢は確か、この時点では29歳。

 西にあるトラモントって都市の、長直属兵士団の隊長さんであらせられる。

 長期休暇明けに起きた1年3組を起因にしたとある出来事…一騒動がきっかけで知り合って以降、特に救護クラブは仲良くさせてもらっている。最初に呼び間違えた「わろた」で呼び続けても怒らない、優しくて気安い人だ。訂正はお決まりネタのようなモノである。

 一騒動については『テフル魔法学園生シシー』をご参照ください。なんてね。

 

 そう、わろたさんも『カログリアシリーズ』の登場人物だ。

 それも超重要な……。

 

「一応聞いてしまうけど、継承した知識はどんなモノだい? 答えたくなければ、答えなくていいからね」

「残念ですけどルシア先輩みたいな分かり易く役に立つ知識じゃないですぅ。異世界の物語でぇ、とっても素晴らしい話なんですけどね」

「継承した知識は役に立つ立たないで判断するものではないよ。現に異世界の物語は、私としては実に興味深い」

「お聞かせしたいんですけど異世界用語が沢山でして、今のところ私にしか分からないですねぇ。さっき学園長先生に試しで聞いてもらったんですけど、翻訳が必要だって言われました」

「おや、それは残念だ」

 

 あっさり引き下がってくれたわろたさんに、内心でホッとする。

 学園長にも勧められた、知識についてしつこくされない対策が上手くいったようだ。

 学園長ですら分からなかった内容と言えば、大抵の人は諦めるはず。学園長を利用しちゃったけど、怒られはしないでしょう。えへ。

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