第13話:放物線の律動と賢者の賭け
「調律者だと…?」大輔は、能面の男を睨みつけた。
「ふざけるな! お前たちはただの支配者だ!
真理を隠し、人類を進化の揺りかごに閉じ込めておこうとする、臆病者の集まりだ!」
男の能面のような顔が、ぴくりとも動かない。
「進化ではない。混沌だ。
お前たちのような未熟な種に、この『心臓』の力は扱えん。
火を手にした赤子と同じ。いずれ、自らを焼き尽くすだけだ」
男が再び手を振ると、蜘蛛型の戦闘機械がその多脚を軋ませ、プラズマ砲の砲口を二人へと向けた。
絶望的な戦力差。
しかし、大輔とレイナの瞳には、もはや恐怖の色はなかった。
「レイナ! やるぞ!」
「ええ、もう迷わない!」
レイナの指が、時田博士の遺したデータチップに描かれた、禁断の回路図を起動する。
彼女の腕時計型コンソールが、この古代施設の制御システムに、まるでウィルスのように侵入していく。
狙うは、モノポールを閉じ込める螺旋磁場の檻。
その完璧な調和に、ほんの僅かな「不協和音」を混ぜ込むのだ。
「博士の理論は、こう言っている…」
レイナは、凄まじい速度でコンソールを操作しながら叫んだ。
「重力は、加速膨張が生む『放物線』!
ならば、この施設のエネルギー制御も、同じ法則に従っているはず!
この無限のエネルギーを安定して取り出すために、彼らは完璧な『三角波』で磁場を制御している!
だからこそ、加速も減速もせず、エネルギーは永遠に安定している!」
「だが、そこに…」大輔が言葉を継ぐ。
「僕たちの理論…『非対称な放物線』の律動を叩き込む!
電圧を三角波で上げ、放物線でゼロに落とす、あの反重力の波形を!」
それは、この星の心臓に、直接「反重力」の命令を送り込むことに等しい、神をも恐れぬ所業だった。
失敗すれば、モノポールの檻は崩壊し、正と反の物質が対消滅を起こし、半径数百キロが跡形もなく消滅する。
まさに、賢者が遺した、あまりにも危険な最後の賭けだった。
「混沌をもたらすのは、お前たちだ!」
調律者の男が叫び、戦闘機械のプラズマ砲が火を噴いた。
致死の光線が、二人に向かって放たれる。
その、刹那。
レイナが、最後のコマンドをエンターした。
ドクンッ!!
施設全体が、巨大な心臓のように一度だけ大きく脈打った。
モノポールを囲む螺旋磁場が、一瞬だけ、目に見えるほどの光の波紋となって歪む。
放たれたプラズマ光線は、二人には届かなかった。
彼らの目の前の空間そのものが、まるで蜃気楼のように揺らぎ、光線を捻じ曲げて壁面へと逸らしたのだ。
壁に直撃したプラズマは、自己修復機能を持つナノ構造壁に、一瞬で吸収され、消えていく。
「な…に…!?」調律者の男の顔に、初めて動揺の色が浮かんだ。
「驚いたか」大輔は、不敵に笑った。
「これが、僕たちの見つけた真理だ。
反重力は、ただ物体を浮かすだけじゃない。
空間そのものを歪ませ、光の道筋すら操る力なんだ!」
施設は、もはや調律者たちの制御下にはなかった。
大輔とレイナが送り込んだ「反重力の律動」が、この古代のシステムに新たな命令を与え、施設全体が、二人の意志を反映する巨大なリアクターへと変貌し始めていた。
戦闘機械が、次弾を発射しようとする。
だが、その動きは鈍い。反重力の波紋が、その精密な関節部を『拡張』させ、正常な動作を奪っているのだ。
「今よ、大輔君!」レイナが叫んだ。
「この施設のエネルギーを使って、モノポールの檻を、もっと強固なものにできる!」
「いや、違う!」大輔は、首を横に振った。
「僕たちは、支配者になるためにここへ来たんじゃない!」
彼の目は、調律者の男の、さらにその向こう…この施設のさらに深部へと続く、もう一つの通路を見つめていた。
「この力は、誰かが管理するものじゃない。
解放するんだ。全人類のために!
そして、僕たちはさらにその先へ行く!
この星の揺りかごを卒業して、星々の海へ!」
大輔は、レイナのコンソールに表示された、もう一つのコマンドを指差した。
それは、施設のエネルギーを、一点に集束させるコマンドだった。
「あの戦闘機械の足元に、斥力場のパルスを!」
レイナは一瞬ためらったが、すぐに大輔の意図を理解した。
彼女はコマンドを実行。戦闘機械の足元の空間が、急激に『拡張』し、その巨体はバランスを失って大きく傾いた。
その隙を見逃さず、二人は駆け出した。
目指すは、施設の深部へと続く、未知の通路。
「逃がすか!」
調律者の男は、自ら腰のホルスターからエネルギー銃を抜き、二人の背中に狙いを定める。
だが、彼が引き金を引くことはできなかった。
大輔たちが仕掛けた「反重力の律動」は、施設の防御システムだけではなく、攻撃システムにも影響を及ぼしていた。
男が構えた銃は、エネルギーの過充填を起こし、彼の手の中で眩い光を放って暴発した。
悲鳴と共に、調律者の男は吹き飛び、壁に叩きつけられて動かなくなった。
二人は、振り返ることなく、暗い通路の中へと姿を消した。
彼らが解放した「反重力の律動」は、もはや誰にも止められない。この星の心臓は、新たな鼓動を始めたのだ。
その力は、やがて地表にまで及び、世界中の科学者たちを驚愕させる、未知のエネルギー波として観測されることになるだろう。
それは、人類が新たな時代へと足を踏み入れる、産声となるのだ。
そして、大輔とレイナの冒険は、まだ終わらない。
彼らが進む通路の先には、この施設を建造した、遥かなる古代の訪問者たちの、更なる秘密と、宇宙船そのものが眠っているのかもしれない。
人類の未来を賭けた二人の旅は、今、新たな章の扉を開けた。
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