第9話 遺跡調査の護衛依頼
翌朝、ライセルはいつものようにギルドへ向かった。昨日の依頼で身体の調子も戻り、今日はもう少し難易度の高い依頼に挑戦してみようと考えていた。
「おはようございます、ライセルさん」
「おはようございます。今日も何か適当な依頼があれば……」
いつもの様に挨拶を交わしてお勧めの依頼でも聞こうとしたライセルだったが、セリアの表情を見て眉を顰めた。彼女はいつもの穏やかな笑顔とは違い、セリアの表情には困惑の色が浮かんでいる。彼女の手元には一枚の依頼書があり、それを見つめながら小さくため息をついていた。
「どうかしたんですか?」
「えぇ、実は……少し困った状況でして」
セリアが差し出した依頼書を見ると、『古代遺跡調査護衛依頼』と書かれていた。
「護衛依頼ですか」
「はい。学術協会からの依頼で、西方の古代遺跡群を調査するための護衛を募集されているのですが、あと一人引き受けて下さる方がなかなか見つからなくて……」
セリアの困った表情を見て、ライセルは内心で溜息をついた。
(護衛依頼かぁ……正直、他人のペースに合わせて行動するのは苦手なんだよな)
自由に動き回れるのがフロンティア冒険者の醍醐味だと思っているライセルにとって、護衛依頼は制約が多い。普段なら避けたいタイプの依頼だった。
しかし、いつも世話になっているセリアが困っているのを放っておくのも、それはそれで気分が良くない。少し考えてライセルは決断した。
「分かりました。俺が引き受けますよ」
「えっ、本当ですか?ありがとうございます!」
セリアの表情が一気に明るくなった。その笑顔を見ると、やはり引き受けて良かったと思える。
「それでは詳細を説明させていただきますね。護衛対象は学術協会の研究員三名。もうお一人の護衛の方と合わせて、計五名での行動となります」
「もう一人の護衛の方はどのような?」
「ガレス・ラートンさんという方です。元兵士で護衛の経験も豊富な、とても頼りになる方ですよ」
――――――
集合場所である西門に到着すると、既に四人の人影が待っていた。
「君がライセル君だね。私はエドガー・リンドバーグ、今回の調査団長を務めさせてもらう」
六十代前半の白髪の男性が手を差し出してくる。学者らしい知的な雰囲気を纏っているが、フロンティアに慣れた冒険者の逞しさも感じられた。
「よろしくお願いします」
「こっちがアリス・ウィンザー研究員」
紹介された女性は三十代前半で、眼鏡の奥の瞳が知的に輝いている。大きな鞄を背負い、調査道具らしき器具をいくつも身に着けていた。
「お世話になります」
「そして、こっちがマックス・グリムソン研究員だ」
最後に紹介されたのは二十代後半の青年で、筋肉質な体格から考古学者というより冒険者に見える。
「よろしく頼む」
「そして私がガレス・ラートンだ」
最後に紹介されたのは、四十代の屈強な男性だった。大きな戦斧を背負っており、元兵士という経歴も納得の風貌だった。
「同じ護衛として、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「それでは早速出発しよう。目的地まではおよそ半日の道のりだ」
――――――
一行は西門を出て、街道を西に向かった。天気は良好で、護衛任務の開始としては申し分ない条件だった。
「ライセル君は最近フロンティアに来たのかい?」
歩きながらエドガーが話しかけてくる。
「はい、まだ数ヶ月ほどです」
「そうか。君が引き受けてくれて助かったよ。研究員の人たちも滞在期限が近かったみたいで焦っている様子だったからね」
「そうだったんですか。まぁ、お役に立てたのなら良かったです」
セリアから、その辺の事情までは聞いていなかったがそういうことだったらしい。彼女が困っていたのも納得の理由だった。
(まぁ、引き受けた以上は期待に応えられるよう頑張るしかないな)
――――――
街道を外れて森の中に入ると、雰囲気が一変した。古い石碑や崩れた石組みが所々に見られ、かつてここに文明が栄えていたことを物語っている。
「素晴らしい!これだけでも貴重な発見だ」
アリスが興奮気味に石碑の文字を記録している。その情熱的な姿勢は見ていて微笑ましいが、護衛する側としては周囲への警戒が疎かになりがちで気が抜けない。
「そろそろ魔物が出てもおかしくない場所だ。気をつけよう」
ガレスの言葉通り、森の奥から低い唸り声が聞こえてきた。
「グルルル……」
茂みから現れたのは三体のフォレストウルフ。通常の狼よりも一回り大きく、緑がかった毛色をした森の魔物だった。
「下がってください!」
ライセルがトランスロッドを剣の形に変化させ、前に出る。ガレスも戦斧を構えて並んだ。
「右の二体は俺が引き受ける。左の一体を頼む」
「分かりました」
最初に動いたのは右側のフォレストウルフだった。地面を蹴って跳躍し、鋭い牙でライセルの首筋を狙ってくる。
ライセルは身体を左にずらしながら剣を振り上げた。刃がウルフの前足を浅く切り裂き、魔物が苦痛の鳴き声を上げる。
「はっ!」
続いて二体目が側面から襲いかかってくる。ライセルは剣を横に薙ぎ、魔物の突進を剣身で受け止めた。
力比べになるかと思われたが、ライセルは素早く剣を引いて魔物のバランスを崩し、そのまま胴体に斬りつけた。
「ギャウン!」
一方、ガレスの方は一撃で決着がついていた。戦斧の一撃が三体目のフォレストウルフを真っ二つにしている。
「さすがですね」
「こんなものは朝飯前だ。君のほうも手慣れたものじゃないか」
残った二体も程なく倒し、一行は再び調査を続けた。
――――――
目的地である古代遺跡群に到着したのは、太陽が中天に差し掛かった頃だった。
「おお……これは想像以上だ」
エドガーが感嘆の声を上げる。
目の前に広がっていたのは、巨大な石造建築群の廃墟だった。崩れ落ちた塔や壁の残骸が森の中に点在し、かつての壮大さを偲ばせている。
「この規模……少なくとも千年は前の遺跡だな」
マックスが構造を観察しながら呟く。
「文字が残っている部分もある。これは貴重だ」
アリスが興奮しながら記録を取り始めた。
「我々は周囲の警戒に専念しよう」
ガレスの提案で、ライセルと二人で遺跡の周辺を巡回することになった。研究員たちは夢中になって調査に取り組んでいる。
(平和だな……このまま何事もなく終わってくれれば良いんだが)
遠くから、重い地響きのような音が聞こえてきた。
「何だ、あの音は……」
ガレスが眉を寄せる。
地響きはだんだん大きくなり、やがて遺跡の奥から巨大な影が現れた。
「あれは……サンダービースト?」
全長三メートルはありそうな巨大な狼のような魔物が、青白い電光を身体に纏いながらゆっくりと現れる。サンダービーストは本来、もっと山奥の高地に生息するはずの強力な魔物だった。
「何故こんな場所に……」
「今は理由はどうでも良い。とにかく研究員たちを守るぞ」
ガレスが戦斧を構えた時、サンダービーストの口元に青白い光が集中し始めた。
「雷撃が来ます!皆さん、遺跡から離れて!」
ライセルの叫び声に、研究員たちが振り返る。巨大な魔物の姿を見て、彼らの顔が青ざめた。
「なんて大きさだ……」
「今すぐ避難を!」
しかし、サンダービーストの攻撃は思ったより速く、研究員たちが完全に避難する前に雷撃の準備が完了してしまった。
「バリバリバリ!」
青白い雷光が一直線に研究員たちに向かって放たれる。
「させるか!」
ガレスが身を挺して研究員たちの前に立ちはだかり、戦斧で雷撃を受け止めようとした。しかし、雷の力は想像以上に強力で、ガレスの身体が痙攣を起こして倒れ込む。
「ガレスさん!」
ライセルが駆け寄ろうとした時、サンダービーストが再び雷撃の準備を始めた。今度は確実に研究員たちに命中してしまう。
「英雄招来!」
ライセルは迷うことなく切り札を切った。
『氷雪の魔導師ロスヴェイン』──氷と雪を操り、あらゆる攻撃を氷壁で防ぐ氷の魔導師。
(氷の魔導師か……雷に対してどうだろうか?)
ロスヴェインの力が身体に宿り、トランスロッドが氷結のロッドへと変化する。
「氷壁創造!」
ライセルがロッドを振ると、研究員たちの前に巨大な氷の壁が立ち上がった。サンダービーストの雷撃が氷壁に衝突し、激しい水蒸気を上げながら威力を削がれる。
「今のうちに距離を!」
研究員たちが慌てて遺跡から離れていく。これで後顧の憂いはなくなった。
「すまない、助かった」
ガレスが痺れの残る身体を起こしながら声をかけてくる。
「大丈夫ですか?」
「何とかな。あの雷は想像以上に強力だった」
サンダービーストが再び攻撃態勢を取る。今度は単発の雷撃ではなく、小さな雷球が次々と射出された。
「アイススピア!」
ライセルの詠唱により氷の槍が連続で放たれ、雷球と空中で激突する。氷と雷がぶつかり合い、激しい爆発音が森に響いた。
「君はそのまま魔法で牽制してくれ。俺が懐に潜り込む」
ガレスが戦斧を構え直し、サンダービーストに向かって駆け出した。
「分かりました。アイスバリア!」
ライセルがロッドを振ると、ガレスの進路上に氷の盾が次々と現れる。サンダービーストの雷撃を遮りながら、ガレスが距離を詰めていく。
しかし、サンダービーストは近づいてきたガレスに巨大な前足を振り上げ、叩き潰そうとしてきた。
「フリーズ・ロック!」
サンダービーストの周囲の空気が氷結し、その動きを一瞬止める。その隙にガレスが戦斧を振り上げた。
「はあああ!」
戦斧がサンダービーストの前足に食い込み、魔物が苦痛の咆哮を上げた。
「ガオオオオ!」
しかし、痛みで怒りを増したサンダービーストは全身に電光を纏い始めた。
「まずい、何かする気だ!」
「させない!」
ライセルがロッドに氷の魔力を集中させる。
「絶対零度・氷獄陣!」
サンダービーストの足元に巨大な氷の魔法陣が現れ、氷の柱が次々と立ち上がった。魔物の動きが鈍くなり、雷撃の準備が阻害される。
「ガレスさん、今です!」
「おう!」
ガレスが最後の力を振り絞り、戦斧を大きく振りかぶった。
「両断剣!」
戦斧が一閃し、サンダービーストの巨体を斜めに切り裂く。魔物の身体から青白い光が漏れ出し、やがて大きく倒れ込んだ。
「やったか……」
ロスヴェインの力が薄れ、氷の装備が消失する。疲労感が襲ってくるが、皆を守り抜けた達成感の方が大きかった。
「皆さん、大丈夫ですか?」
研究員たちが恐る恐る戻ってくる。
「ああ、おかげさまで無事だ。本当に助かったよ」
エドガーが深々と頭を下げた。
「それにしても、何故サンダービーストがこんな場所に……」
マックスが首を傾げる。
「遺跡の奥で何かが起きているのかもしれない。今日のところは調査を切り上げて、改めて準備を整えてから挑戦した方が良いだろう」
エドガーの賢明な判断で、一行は予定より早く帰路についた。
――――――
リムヴァルドへの帰り道、研究員たちは今日の発見について熱心に議論していた。サンダービーストとの遭遇も含めて、彼らにとっては貴重なデータとなったようだ。
「今日は助かった。君の力がなければ、研究員たちを守り切れなかっただろう」
ガレスが感謝を込めて声をかけてくる。
「そんなことはありません。ガレスさんの勇敢な行動があったからこそです」
「良い仕事だった。また機会があれば、ぜひよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
護衛依頼は無事完了し、予想外の強敵との戦闘もあったが、充実した経験を積むことができた。
――――――
「お疲れ様でした。サンダービーストまで出現したとは、大変でしたね」
ギルドで結果を報告すると、セリアが安堵した表情で労いの言葉を掛けてきた。
「えぇ、何とか皆さんを守れたので良かったです」
報酬を受け取りながら、ライセルは今日の出来事を振り返った。
(護衛依頼も悪くなかったな。人を守るのは良い経験になった)
自由気ままな行動を好む性格は変わらないが、冒険者として活動していくうえで、様々な経験をしていくのは必要なことだろうと感じていた。
「今回は本当に助かりました。今日はゆっくり休んでくださいね」
「ありがとうございます」
ギルドを後にし、夕陽に照らされた街路を歩く。今夜も用意されているだろうエレンの手料理を楽しみにしながら、ライセルは宿への帰路に着いた。
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