第10話 ダンジョンの素材収集と思わぬ収穫
前日の護衛依頼を終えて一夜明けた朝、ライセルは昨日よりも早い時間にギルドの扉を押し開けた。まだ朝の空気が冷たく、街にも活気が戻り始めたばかりの時間帯だ。
「あら、ライセルさん。今日は随分と早いですね」
受付にいたセリアが、いつもの穏やかな笑顔でライセルを迎える。
「おはようございます。昨日は護衛依頼だったので、今日は予定していた依頼を早めに探そうと思いまして……」
「そうでしたね。それでしたら……こちらの依頼はいかがでしょうか?」
セリアが差し出したのは、『晶洞窟 魔鉄鉱石蜘蛛の糸腺採取依頼』と書かれた依頼書だった。
「魔鉄鉱石蜘蛛ですか」
「はい。晶洞窟に生息する魔物で、その糸腺は魔法装備の素材として重宝されています。依頼主は装備品工房のメルヴィンさんです」
ライセルは依頼書に目を通した。報酬は銀貨二十枚、必要数は糸腺五個。晶洞窟は街から徒歩で二時間ほどの距離にある小規模ダンジョンだ。
(一人でも十分に攻略可能な規模だな。久しぶりに気楽にダンジョン探索ができそうだ)
「じゃあ、この依頼にします」
「承知いたしました。それでは、いつものように気をつけて行ってらっしゃいませ」
――――――
晶洞窟への道のりは、街道を北東に向かう比較的平坦な道が続いていた。空には相棒のハインが軽やかに舞い、時折ライセルの肩に止まっては辺りを見回している。
「キィ」
ハインが一声鳴いて前方を指す。その先に見えてきたのは、岩山の斜面に口を開けた洞窟の入り口だった。
「着いたな」
晶洞窟の入り口は高さ三メートルほどの半円形で、中からは薄っすらと青白い光が漏れている。この光こそが洞窟の名前の由来となった魔法結晶の輝きだった。
ライセルはトランスロッドを剣の形に変化させ、腰に佩いて洞窟内に足を向けた。
洞窟内部は思ったよりも広く、天井や壁面には拳大の魔法結晶が埋め込まれ、青白い光を放っている。足音が静かに響く中を歩いていると、前方から小さな唸り声が聞こえてきた。
「グルル……」
現れたのは二匹のクリスタルラット。水晶のような毛並みを持つ魔物で、鋭い前歯が特徴的だった。
「さて、まずは軽い運動からか」
ライセルが剣を構えると、一匹目のクリスタルラットが素早く駆けてくる。小さな体躯だが動きは機敏で、ライセルの足元を狙って跳びかかってきた。
しかし、ライセルの方が一枚上手だった。剣を下に振り下ろし、ラットの飛翔軌道を先読みして迎撃する。
「はっ!」
剣先がクリスタルラットの胴体を貫き、魔物が小さく鳴いて動きを止めた。
続いて二匹目が側面から襲いかかってくるが、ライセルは素早く身体を回転させながら剣を横に薙ぎ、同様に仕留めた。
「まだまだ序の口だな」
――――――
洞窟を奥に進んでいくと、通路がいくつもの枝分かれを見せ始めた。魔鉄鉱石蜘蛛は洞窟の中層から深層にかけて生息しているため、まだもう少し奥まで進む必要がある。
情報を頼りに通路を進んでいくと、やがて天井が高くなり、より大きな空間に出た。そこで初めて目当ての魔物に遭遇した。
体長一メートルほどの大きな蜘蛛が、天井に張った巣の中央にいる。黒い体表は金属的な光沢を放ち、八本の脚は鋼鉄のように太く頑丈そうだった。
「魔鉄鉱石蜘蛛、こいつだな」
蜘蛛はライセルの存在に気づくと、天井から糸を垂らして滑り降りてきた。その動きは思ったよりも俊敏で、着地と同時にライセルに向かって突進してくる。
「させるか!」
ライセルは剣を構えて蜘蛛の突進を迎え撃つ。鋼鉄のような前脚と剣が激突し、金属音が洞窟内に響いた。
(硬い!さすが魔鉄の名を冠するだけある)
力比べになりそうだったが、ライセルは素早く剣を引いて蜘蛛のバランスを崩し、側面に回り込んだ。しかし、蜘蛛も負けてはいない。後ろ脚で器用に方向転換し、再びライセルに向き直る。
今度は蜘蛛が糸を吐いてきた。粘着性の高い糸がライセルの動きを封じようとするが、彼は素早く横に跳んで回避した。
「今度はこっちの番だ!」
剣を上段に構え、蜘蛛の頭部めがけて振り下ろす。蜘蛛は前脚で受け止めようとしたが、ライセルの一撃は重く、前脚の関節部分に剣が食い込んだ。
「シャアアア!」
蜘蛛が苦痛の鳴き声を上げ、怒りを露わにして暴れ始める。しかし、既に前脚一本を負傷しているため動きに切れがない。
ライセルはその隙を逃さず、剣を蜘蛛の頭部に向けて突き刺した。硬い外殻を貫通し、魔物が動きを止める。
「よし、一匹目」
――――――
その後も洞窟内を探索し、ライセルは順調に魔鉄鉱石蜘蛛を発見しては戦闘を繰り返した。二匹目、三匹目と倒していくうちに、相手の動きパターンも把握できるようになり、より効率的に戦えるようになった。
そうして最後に発見した魔鉄鉱石蜘蛛も慣れた動きで撃破し、依頼に必要な糸腺五個が揃った。
「よし、これで依頼は完了だな」
依頼は達成したし、戻ろうかとも考えたライセルだったが、まだ日も高く、体力にも余裕があった。せっかくダンジョンに来たんだし……と、もう少し探索を続けてみることにした。
(まだ時間にも余裕があるし、もう少し奥まで探索してみるか)
洞窟の最深部に向かう通路は、これまでよりも幅が狭く、天井も低くなっていた。しばらく進んでいると、突然頭上からハインの鳴き声が響いた。
「キィィ!キィィ!」
いつもとは違い、少し興奮したような鳴き方だった。ライセルが見上げると、ハインが前方の何かを指している。
「何だ?何か見つけたのか?」
ハインの示す方向に歩いていくと、通路の奥に小さな空間が開けていた。そして、その中央に一つの宝箱が置かれているのが見えた。
「宝箱?」
古びた木製の宝箱で、表面には簡素な鉄の装飾が施されている。ダンジョンで宝箱を発見するのは冒険者にとって最高の瞬間の一つだ。
(運が良いな。でも、こういう時こそ慎重に行動しないと)
ライセルは警戒心を解かず、慎重に宝箱に近づこうとした。罠が仕掛けられている可能性もあるし、宝箱を守る魔物が潜んでいるかもしれない。
一歩、また一歩と慎重に足を進める。宝箱まであと数メートルというところで、ライセルは足元に大きな影ができていることに気づいた。
「うわっ!?」
ライセルが反射的に横に飛び退くと、先ほどまでいた場所に巨大な何かが着地し、地面が激しく揺れた。
振り返ると、そこにいたのは全長三メートルを超える巨大なトカゲのような魔物だった。岩石のような硬質な鱗に覆われた身体、鋭い爪を持つ四本の脚、そして口からは緑色の毒々しい液体を滴らせている。
「ガルゴイル・リザード……!」
それは石の魔物として知られるガルゴイルと、毒蜥蜴の特性を併せ持つ危険な魔物だった。
「ガアアアア!」
ガルゴイル・リザードがライセルを睨みつけ、威嚇の咆哮を上げる。その口からは毒の霧が立ち上り、洞窟内に危険な瘴気が充満し始めた。
(まずい!一刻も早く決着をつけないと、いずれ毒で身動きが取れなくなる)
ライセルは剣を構えたが、相手の巨体と重装甲を前にして、通常の攻撃では歯が立たないことは明らかだった。
だが、せっかく目の前に宝箱があるのに、ここで退くわけにはいかない。
「英雄招来!」
ライセルは迷わず切り札を発動させた。
『大地の双剣士グレイア』──岩石を操り、大地の力を双剣に宿らせる伝説の戦士。
ライセルの体に大地の魔力が宿り、トランスロッドは二本の短剣に形を変える。茶色の刀身には岩石のような文様が刻まれ、重厚な重量感を持ちながらも動きを妨げない絶妙なバランスを保っていた。
同時に、洞窟の床がライセルの意思に呼応するように微かに震え始めた。
「大地よ、我に力を貸せ!」
ガルゴイル・リザードが巨大な口を開き、毒液の弾丸を連射してきた。しかし──
「地震動!」
ライセルが右足を強く踏み鳴らすと地面が波打つように隆起し、毒弾の軌道を逸らす。さらに、その振動でガルゴイル・リザードの巨体をよろめかせた。
「そこだ!」
バランスを崩した魔物に向かって、ライセルは猛然と駆け出した。両手の双剣が茶色い光を放ち、まるで重力に逆らうような軽やかさで宙を舞う。
「岩破斬・連撃!」
左の剣が鱗の隙間を狙って突き刺さる。続けざまに右の剣が別の角度から襲いかかり、カンカンと金属音を響かせながら確実にダメージを蓄積していく。
「ガルルル……」
しかしガルゴイル・リザードも大人しくやられてはいない。怒りに燃えて前脚を振り上げ、ライセルを叩き潰そうとしてくる。巨大な爪が空気を切り裂いて迫ってくる!
「させるか!」
ライセルが左足を地面に叩きつけると、彼の足元から石の柱がせり上がった。爪と石柱が激突し、甲高い音が洞窟に木霊する。
石柱が砕け散る──しかし、その隙に身を躱したライセルは既に魔物の側面に回り込んでいた。
「連環土剣!」
今度は地面から無数の石の剣が連続してせり上がる。まるで地面そのものが牙を剥いたかのように、ガルゴイルリザードの脇腹を次々と襲った。
「ガアアアア!」
魔物が苦痛の咆哮を上げ、今度は毒のブレスで反撃してくる。緑色の毒霧が辺り一面に広がり、避けきれない状況だった。
「大地の盾!」
ライセルの前に厚い岩の壁が立ち上がる。毒霧は岩壁に阻まれ、ライセルには届かない。しかし、その岩壁も毒で溶かされ始めていた──
「くっ……決めるしかない!」
ライセルは最後の力を振り絞り、両手の双剣に大地の魔力を集中させ始めた。剣が重く、重く、まるで山のような重量を帯びていく。
「奥義──大震撼・双断岩!」
ライセルが跳躍し、空中で二本の剣をクロスさせた。重力に引かれて急降下する身体と共に、双剣が凄まじい威力でガルゴイル・リザードの頭上から襲いかかる。
同時に──地面が激しく隆起した。まるで地震が起きたかのように洞窟全体が揺れ、床から無数の岩の槍がガルゴイル・リザードを下から貫こうとする。
上からは重い双剣、下からは大地の槍──挟み撃ちの必殺技だった。
「ガア……アア……」
ガルゴイル・リザードの硬い鱗も、上下からの猛攻には耐えきれなかった。双剣が深々と頭部に食い込み、地面からの岩槍が胴体を貫通する。
巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
グレイアの力が薄れ、双剣が消失する。疲労感が一気に襲ってくるが、勝利の達成感の方が大きかった。
「やった……何とか倒せた、か……」
――――――
ライセルは肩で息をしながら、宝箱に近づいた。戦闘の疲労はあるものの、英雄の防御力の高さもあって大きな怪我は負わずに済んでいた。
慎重に宝箱の蓋を開けると、中から美しい青い宝石をあしらった腕輪が現れた。銀細工で作られた腕輪には、魔法的な文様が彫り込まれ、微かに光を放っている。
「これは……アクセサリーか?」
明らかに普通の装飾品ではない。魔法的な効果を持つアイテムのようだ。
(変な効果だったらまずいし、これは先に鑑定してもらう必要があるな)
ライセルは腕輪を大切に収納し、ハインと共に洞窟からの帰路についた。
――――――
リムヴァルドに戻ったライセルは、まずギルドで依頼の報告を済ませた。
「お疲れ様でした。糸腺も必要数きっちり揃っていますね。メルヴィンさんもお喜びになると思います」
依頼達成の確認をしていたセリアが、ライセルの疲れた様子に気づいた。
「少しお疲れのようですね。何かありましたか?」
「えぇ、実はダンジョンの奥でガルゴイル・リザードと遭遇しまして……それと、宝箱を発見したんです」
ライセルは腕輪を取り出して見せた。
「ガルゴイル・リザードを倒されたのですか?それは、よくご無事で……大変でしたね。それで宝箱からこれを?……なるほど、綺麗な腕輪ですね」
「確か、ギルド内に鑑定所がありましたよね?」
「はい。二階にございます。シルヴィアという者が担当していますよ」
ライセルは報酬の銀貨二十枚を受け取ると、すぐに二階の鑑定所に向かった。
鑑定所は小さな部屋で、各種の魔法道具や書物が所狭しと並んでいる。奥の机では、三十代前半の女性が何かの道具を調べていた。
「すみません、鑑定をお願いしたいのですが」
「あら、いらっしゃい。何を鑑定するの?」
ライセルは腕輪を取り出して差し出した。シルヴィアは腕輪を手に取ると、様々な角度から眺め、小さな魔法道具を使って詳しく調べ始めた。
「ふむふむ……なるほど、これは良いものね」
「どのような効果があるのでしょうか?」
「『体力増強の腕輪』ね。装着者の体力と持久力を底上げしてくれる。魔法を長時間使用する魔導師や、激しい戦闘を続ける戦士には非常に有用なアイテムだわ」
ライセルの顔が明るくなった。これはまさに自分にとって理想的なアイテムだ。
(英雄招来の能力は、使用中にかなりの疲労が蓄積する。これがあれば、能力をより長時間維持できるようになるかもしれない)
「鑑定料は銀貨三枚になります」
ライセルは喜んで鑑定料を支払い、腕輪を受け取った。早速左腕に装着してみると、ほのかな温かさを感じ、身体全体に活力が湧いてくるような感覚があった。
「いい感じだ」
「良かったわね。大切に使いなさい」
――――――
ギルドを出たライセルは、思わぬ収穫に上機嫌で宿『蒼き月』への帰路についた。今日の依頼は素材収集という地味なものだったが、結果的に大きな成果を得ることができた。
肩に止まったハインも、どこか満足げな様子だ。
「キィ」
「お前のおかげで宝箱を見つけることができた。ありがとうな」
ライセルがハインの頭を軽く撫でると、相棒は嬉しそうに鳴いた。
夕方の街並みを歩きながら、ライセルは腕輪の効果を実感していた。先ほどまでの疲労感が軽減され、まだ活動できそうな気分になっていた。
(今日のガルゴイル・リザード戦でも、これがあれば、もっと余裕を持って戦えただろうな……いや、それは考えてもしょうがないか)
そんな事を考えている内に宿『蒼き月』が見えてきた。宿に戻ったライセルはいつも通りエレンの手料理を堪能しながら、今日の冒険についてエレンに語っていた。
部屋に戻ってからは、次の冒険への計画を立てながら、ゆっくりとした夜の時間を過ごした。
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