第4話 廃坑の奥に眠る輝石
キャップ・マッシュルーム収集の成功から二日後、ライセルは『蒼き月』の食堂で朝食を摂っていた。エレンが朝の日差しに輝く黄金色の髪を揺らしながら、湯気の立つパンを運んでくる。
「はい、どうぞ。焼きたてのパンよ」
「ありがとう。美味しそうだな」
「もちろんよ。私が作ったんだもの!」
「キィ」
ハインが窓辺から外を見つめて短く鳴く。今日は昨日とは打って変わって快晴だった。
――――――
ギルドに足を向けると、セリアがいつものように丁寧に迎えてくれる。
「おはようございます、ライセルさん。今日はどのような依頼をお探しでしょうか?」
「おはようございます。何か面白そうなものはありますか?」
セリアが取り出した依頼書の中に、一際目を引くものがあった。
『依頼:輝石採掘』
『依頼主:鉱山組合』
『場所:旧ドラゴンズテール坑道・深層部』
『報酬:銀貨十二枚(鉱石一個につき)』
『詳細:魔力増幅効果を持つ輝石を五個以上採掘。坑道内には魔物も徘徊しているため注意』
「輝石か……報酬も悪くないな」
「その坑道は少々注意が必要です。三年前に魔力暴走事故で閉鎖された旧坑道でして……」
セリアの表情に心配の色が浮かぶ。
「魔力暴走?」
「はい。坑道の奥で大規模な魔力の噴出があり、作業員が全員避難する事態になりました。今も坑道内の魔力濃度は不安定で、魔獣の巣になっている可能性も高いのです」
(危険な分、報酬も高いということか。でも、輝石は確かに魅力的だな……)
「分かりました。挑戦してみます」
「お気をつけて。坑道の入り口には組合の方が待機していますので、必要な装備は現地で借りることができますよ」
――――――
旧ドラゴンズテール坑道は、リムヴァルドから東に三時間ほど歩いた丘陵地帯にあった。確かに入り口には鉱山組合の作業員が待機している。
「ライセルさんですね?組合から連絡を受けています。こちらがヘルメットとカンテラです」
頑丈そうな中年男性が装備を手渡してくれる。
「ありがとうございます。坑道の状況はどうですか?」
「深さは約二百メートル。途中で三つに分岐していますが、輝石があるのは一番奥の最深部です。魔力濃度が高いので、長時間の滞在は避けてください」
装備を身に着け、ライセルは坑道の入り口に立つ。ひんやりとした空気が中から流れてきて、奥の暗闇からは微かに青い光が漏れている。
「あの光が魔力の名残か……」
「キィ」
ハインが不安そうに鳴く。
「大丈夫だ。慎重にいこう」
――――――
坑道内は思っていた以上に広く、カンテラの光が届く範囲は限られている。足音が反響して、静寂を破る。
歩き始めて十分ほどで、最初の分岐点に到着した。三本の道が暗闇の奥に延びている。
「確か、輝石は一番奥だったな」
魔力の流れを感じ取ろうとすると、真ん中の道から最も強い魔力を感じることができた。
「あっちだな」
進んでいくと、壁面に青白く光る鉱脈が点在しているのが見えてくる。しかし、これはまだ普通の魔石だ。目当ての輝石はもっと奥にある。
さらに歩を進めていると──
「シャーッ!」
暗闇から鋭い鳴き声と共に、何かが飛び出してきた。
「!」
反射的にトランスロッドを剣の形状に変化させて迎え撃つ。相手は体長一メートルほどの蜥蜴のような魔獣だった。全身が鉱石のような硬質な鱗に覆われている。
「ロックリザードか!」
魔獣は素早い動きでライセルに襲いかかってきた。狭い坑道内での戦闘は、動きが制限されて厄介だ。蜥蜴の魔獣は鋭い爪を振るってくる。ライセルは剣で受け流しながら、カウンターを狙った。
「そこだ!」
隙を突いて剣を振り下ろすが、硬い鱗に阻まれて深い傷を与えることができない。
「硬いな……でも、それなら!」
今度は魔獣の腹部、鱗の隙間を狙って突きを放つ。剣先が肉に食い込み、ロックリザードが苦痛の声を上げた。
「シャアアア!」
怒ったロックリザードが尻尾を振り回してくる。ライセルは身を低くして避けながら、今度は首筋を狙った。
一撃で決めると、ロックリザードがゆっくりと倒れる。
「一匹だけか?……みたいだな。よし、先に進もう」
ライセルは周囲を警戒しながら、さらに奥へと進んだ。
――――――
やがて坑道の最深部にたどり着いた。そこは広い空洞になっており、壁面全体が美しく輝いている。
「これが……輝石の鉱脈か」
壁一面に、ダイヤモンドのような透明度を持ちながら内部で虹色に光る石が埋まっている。確かにこれなら魔力増幅効果も期待できそうだ。
「よし、さっそく採掘を──」
採掘用の道具を取り出しながら、準備をしていたその時――
「グオオオオオ!」
空洞の奥から、地響きのような咆哮が響いてきた。
振り返ると、そこには巨大な影が立ちはだかっていた。
体長四メートルはある巨大なロックリザード。先ほど倒したものとは明らかに格が違う。全身の鱗は輝石と同じような光を放ち、魔力の濃度も桁違いだった。
「親玉か……!」
巨大なロックリザードが口を開くと、そこから高濃度の魔力ブレスが放射される。
「うわっ!」
慌てて横に跳んで避けるが、ブレスが当たった壁面が一瞬で溶解していく。
(あれに当たるのは、まずそうだな……)
ライセルは剣を構え直し、先ほどと同じように魔獣の鱗の隙間を狙って突きを放つ。しかし──
「硬い!」
剣先は確実に隙間を捉えたはずなのに、殆ど手応えがなく大した傷も付かない。小さなロックリザードとは鱗の硬度が桁違いだった。
巨大ロックリザードが巨体を活かした突進を仕掛けてくる。ライセルは必死に横に跳んで避けるが、魔獣の爪が肩を掠めていく。
「くっ!」
浅い傷だが、相手の攻撃力の高さを思い知らされる。
もう一度、今度は全力で鱗の隙間を狙って剣を振るう。確実に命中したが、やはり浅い傷しか与えることができない。
(ダメだ。今の俺の力じゃ倒しきれないな……)
「英雄招来!」
能力を発動すると、英雄の力に合わせるようにトランスロッドが変化していく。やがて、それは両刃の大剣のような形状になった。
『勇猛の剣士バルドリック』──豪剣と防御術を極めた剣士の力。
「剣士か!扱いやすくて良いな!」
頭の中に、重厚な剣技と鋼のような防御技術の知識が流れ込んでくる。同時に、体が一回り逞しくなったような感覚もあった。
巨大ロックリザードが巨体を活かした突進を仕掛けてくる。
「受けて立つ!アイアンガード!」
大剣を盾のように構えて正面から受け止める。凄まじい衝撃が全身を襲うが、バルドリックの防御技術がその威力を分散させた。
「今度はこっちの番だ!ヘビーストライク!」
大剣に力を込めて、魔獣の鱗に向かって振り下ろす。硬質な鱗が砕け散り、ついに肉に達する手応えを感じた。
「グオオオ!」
怒った巨大ロックリザードが再び魔力ブレスを放とうとする。
(また同じ攻撃か!なら──)
「ブレードバリア!」
大剣を高速で回転させ、魔力の障壁を作り出す。ロックリザードのブレスは、障壁を破ることはできずに四散した。
「隙だらけだ!」
ライセルはブレス攻撃で硬直しているロックリザードを狙って、大剣を両手で握り締める。
「これで終わりだ!クラッシュダウン!」
全力で振り下ろした大剣が、巨大ロックリザードの頭部を直撃した。強烈な一撃に魔獣の巨体が大きく揺れ、やがてゆっくりと倒れていく。
「やった……」
大剣が元のトランスロッドの姿に戻る。バルドリックの力も薄れ、ライセルは深い疲労感に包まれた。
「キィ〜」
ハインが安堵の鳴き声を上げる。
「ああ、今回も何とかなったな。さて、次が来ないうちに本来の目的を果たそう」
――――――
巨大ロックリザードを倒した後、ライセルは慎重に輝石の採掘を始めた。専用の道具で丁寧に掘り出していくと、手のひら大の美しい輝石を次々と取り出すことができる。
「一個、二個、三個……」
魔力増幅効果を持つ輝石は、触れただけでも微かに暖かさを感じる。品質も申し分ない。
一時間ほど作業を続けて、目標を上回る八個の輝石を採掘することができた。
「これだけあれば十分だな」
坑道を出ると、組合の作業員が心配そうな顔で待っていた。
「お疲れさまでした!中で大きな音がしていましたが……」
「少し大きめの魔獣がいましたが、何とか片付けました。これが採掘した輝石です」
輝石を見せると、作業員の顔に驚きの表情が浮かんだ。
「おぉ、素晴らしい。魔物が減れば私たちも助かります。ありがとう!」
――――――
ギルドに戻ると、セリアがいつものように迎えてくれる。
「おかえりなさい、ライセルさん。依頼の方はいかがでしたか?」
「無事に完了しました。予想より大きな魔獣がいましたが」
「それは良かったです。……はい、数も質も問題ありません。こちらが報酬です」
ライセルは基本報酬に加えて、巨大ロックリザードの素材報酬として銀貨十枚を受け取ると、疲れた体を休めるために宿に戻った。
『蒼き月』に帰り着くと、エレンがいつものように明るく迎えてくれた。
「おかえりなさい!今日の依頼はどうだった……?」
「ちょっと大変だったけど、無事完了したよ」
「それは良かった!今日は特製のシチューを作ったの。すぐに用意するわね」
エレンの手料理を楽しみにしながら、ライセルは窓の外を眺めた。夕日に染まるフロンティアの街並みが、今日もまた美しく見えた。
(英雄の力……まだまだ謎は多いけど、少しずつコツを掴めてきた気がする。この調子で、これからも頑張っていこう)
フロンティアでの生活は、確実に自分を成長させてくれている。そんな実感と共に、今日もまた充実した一日が過ぎていった。
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