第二十五楽章
コッソリと木を伝って地面へ降り立つ。私が脱出したとバレるのも、時間の問題だろう。万が一姿を見られても大丈夫なよう、フードを深く被る。
「あぁ―…」
「どうしたんだ?」
木の陰に隠れて様子を伺っていたら、目の前を二人の少年が通り過ぎる。少年といっても、私からしたら大人に見えるぐらい年上と推測される。
「なんか最近変なこと多くないか?」
「はぁ?変なこと?」
「笛が吹けないヤツが出たり、そいつに負けるヤツも出たり…あと、南西の民族の話が矛盾していたり……」
笛を完全には吹けない私、私に負けた青嵐、雫の嘘。確かに、変なことが立て続けに起きている。だからこそ、私は今やるべき事なんだ。
「それに、御神子様も最近変じゃないか?」
「おい!」
御神子様も最近変じゃないか、そう言った者の口をもう一人の少年が塞ぐ。
「お前、そんなこと外で言うなよ」
「もが……はいはい、分かったよ」
皆、御神子に不安を抱いているのだろうか。だとすれば、絶好のチャンスかもしれない。
「早くコレ、御神子様へ届けに行くぞ」
「ヘイヘイ…」
どうやら腕の中にピッタリと納まるサイズの箱を、御神子へと届けに行くらしい。足音を立てぬように尾行する。
「青嵐のヤツさ~……何で…」
「お前、さっきから適切でない発言ばっかしてるぞ」
「はぁ?」
「過去は過去、今は今。過去は変化することが無い」
過去は変えられない、あたりまえだけどもどこか残酷な言葉が脳内で再生される。
「そうだけどさ……」
「御神子様に会いに行くんだ。しっかりしろ」
集落の真ん中へと二人組が向きを変える。集落の中央は見晴らしがよい。その代わり、隠れられる木や物が配置されていない。でも、御神子の場所は大体特定できた。
「そこの二人組、皆に山を下りるよう伝えてくれ」
「「は?」」
二人一斉にこちらへと振り向く。
「すぐに山を下りるよう皆に伝えてくれ」
「そ、そういうお前は誰…ってオイ!」
自己紹介をする気はないし、先を急ぐので二人組を無視して行く。
「なんなんだアイツ…」
「やめとけ。多分中二病真っ最中のヤツだ」
やはり上手くはいかないか。そう思いながら一歩一歩進んで行く。ひらけた場所に、ひときわ大きい建物があった。少しだけ地面から浮いており、横に長い階段がついている。
「ふぅ…」
やることは全てやった。後は…後は、私の問題に決着をつけるだけ。腰下げポーチに入っているマッチの箱を取り出す。そして、階段を一段づつ上ってゆく。
「お前、ノックも無しに…って、誰だ?」
中には御神子一人だけだった。
「もう私たちを追わないで」
「追う?何の話って……お前、逃亡者か?」
「まぁ…」
「な、何故ここに逃亡者が?」
動揺を隠しきれていない様子だった。背筋を風がすり抜ける。
「とにかく、もう私たちに関わらないで」
「…無理だな。というか、そんなことをしたら私の名誉が傷つく」
「どうしても?」
「ああ」
「集落を燃やすと言っても?」
交渉には、ちゃんと条件が必要。それも、大きな条件が。
「冗談はよせ……冗談ではないのか?」
「今冗談を言って何になる?」
御神子には私が手に何を持っているか分かっているはずだ。
「そうか…」
「ああ。だから、私たちを追うのはやめてもらいた……」
御神子がこちらへと走ってくる。手には…短刀のような物を持っていた。瞼を閉じて開いた瞬間には、もう腹部に痛みが走っていた。
「あっ…」
手刀で腕を叩き、短刀を落とさす。それを拾い上げ、相打ちを狙う。真紅の水が散った。
「くっ…やられた……」
御神子を放っておき、急いで屋敷を出る。すぐ近くにある倉庫へと歩き、マッチを擦って投げ入れる。この倉庫には、確か木くずがあったはず。倒れるまでに、ちゃんとやることをやらないと。倉庫の中から、余っている木くずを持ち出す。
「御神子様?!」
「火…火?!」
少しづつ騒がれ始めた。木の陰へと隠れ、座り込む。腕に抱えていた赤く染まった木くずを、食糧庫の方へと投げる。マッチをもう一本擦り、それも投げ込む。
「なんだ、なんだ?」
「御神子様が‼」
困惑状態に陥ってきていた。あとは、青嵐の弟の東風が…上手くしてくれたらいい……。思いのほか炎は燃え盛り、隣の木へ、また隣の木へと燃え移っていった。
「…ふぅ……」
青嵐、月白さん、残月さん……私が何をしているか、もう分かった?一応手紙には書いておいたけど…水月に無事届くかどうか。
❞死ぬのか?❞
久しぶりに聞いた声。まぁ、最期をこの声と過ごすのも悪くはないのかもしれない。後ろの方では火がごうごうと音をたてて燃えている。
❞もし死ぬのなら…最後に一つ、何か願いを叶えよう❞
願い…か。心残りは一つだけある。あの日…私の人生が大きく動いた日に、水月が言おうとした言葉が気になる。好奇心の花を咲かせたかった。でも、それはもう無理だ。
「ここを…破壊して」
❞分かった❞
声が聞こえなくなってゆく。視界がぼやける。
「薫風」
目の前に、一瞬だけども数名の人物が見えた気がした。同じポンチョを着て、頭に花王冠をかぶっている者。キツネの面をつけた二人組。
「まだ諦める時じゃない」
そうかもね。でも、私は集落を燃やした。風の民と同じぐらいの罪を犯した。
「……そうか。でも、水月さんは良いの?」
全然良くない。出来れば水月とずっと過ごしたかった。
「……僕も、薫風とずっと遊びたかった。でも、君はまだここへ来てはいけない。やることがもっとあるはずだ」
そう言って、消えた。いや、私の視界が閉ざされただけかもしれない。
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