第四楽章

 人が踏みつぶしたであろう野草が続く道を歩き続ける。太陽が真上に昇っているはずだが、まだ肌寒い。しかし、道端で小さく咲いている春の七草を見ると、春がやってきたのだと実感する。


ぐうぅぅ~


怪獣の叫び声、もしくは大地がひび割れるような音がした。


ぐうぅぅ~


後ろから段々と足音が近づいてくる。もしや、もう追手が…。


「薫風、お腹すいたの?」


「へ?」


ぐうぅぅ~


自分の腹から恐ろしい音が響く。……いやぁ、お恥ずかしい。まさか、自分の腹の音だったなんて。


「水月、何か食べる物でも探さない?」


「良いけど…ここじゃ、道端の草ぐらいしかないわ」


辺りを見回す。隅々まで見回す。セリにハコベラ…。


「春の七草って、美味しいかな?」


「やめときなさい」


はい、やめときます。流石に、生で道端の草を食うという猛者にはなれん。しかし、困ったなぁ…。食べ物の準備なんか、これっぽっちもしてない…?


「あっ!」


「どうしたの?」


「私、干し長芋持ってる」


特殊な造りの家から出る際、集落の保存庫から少しの干し長芋をくすねてきた。罪悪感もあったが、敵となる相手に情けはかけられない。


「水月も食べる?」


「うん。私も頂くわ」


腰下げポーチのポケットから、布で包んだ干し長芋を取り出す。ポケットの大きさの関係もあり、数切れしか入らなかった。しかし、腹が空いていた私の身になっては、一切れだけでもたまらなく満足感があった。


「わぁ…薫風のところの長芋って、美味しかったんだ」


「お腹が空いてたら、なんでも美味しく感じるものだよ」


最後の四切れになったとき、慌てて干し長芋に伸ばしかけていた手を止めた。


「いけないいけない、全部食べるとこだった」


「あ、ホントだ」


そう言って、微笑し合う。幸せ、そんな言葉が思いつく。


「あんたら、どっからきたんだべ?見ない身なりしとっけどよぉ」


方言交じりの言葉が、後ろから近づいてくる。


「こんな田舎くせぇとこに何しに来たべ?」


声の主は、ここら一帯の民家に住んでいるであろう少年だった。畑仕事でもしていたのか、遊んでいたのか、額と左頬に泥がついている。年下なのか、背が低い。


「あ―――っと、その―――」


上手く口が動かない。だって、関わったことが無い里の人間だよ?どういう性格で、どのような特色があるか…本にも書かれてなかった。おどおどしていると、水月が話し始めた。


「み、道に迷ってしまいましてぇ…」


「なんだ、そうだったべか。…オラが分かる範囲でよぉ、教えてやらぁ」


意外と親切そうな少年だ。最初は額や左頬の泥で、やんちゃそうなイメージがあったが、人は見かけによらず。まさにこのことだ。


「ありがとうございます。では、あまり目立たない宿を探しているのですが…」


「なんだ。おめさんら、訳アリ物か。なら、この道の先にある館に行ってみな」


変な風に納得されたが、この道の先に目立たない宿があるのだろうか。


「毎年訳アリもんがよぉ、数人この村に来るんだべ。んでな、あの”キツネ隠れの敷”っつぅのが逃走の助けをすんだべ」


犯罪者用の宿って訳か。逃走している私たちにピッタリではないか!


「ありがとうございました!」


「そん前によぉ、オラからも質問良いか?」


許可する前に、もう話始める少年。


「見ねぇ身なりだがよぉ、どっから来たべ?」


難しい質問だねぇ。実に答えにくい。


「すぐ近くの集落から来たわ」


「ふーん。そうだべか」


興味を無くしたのか、元来た道を戻る少年。その前に、何かお礼をしたいんだけど…あいにく、持っているものは保存食に笛、その他もろもろ。


「ちょっと待って」


お礼という程ではないが、これぐらいはしておこう。ポンチョの端っこを持って、少年の額と左頬に当てる。泥は少し乾燥していて、取れにくかった。


「はい、これで良し!」


「訳アリもんにしては、あんたら珍しいな」


そう呟き、また道を戻っていく。ポンチョには、暗めの茶褐色のシミが出来ていた。水月が、私に目線を上げるよう促す。


「あっ」


少年が、手を振っていた。1,2歳しか年が離れていないと思ったが、意外と子供なのだろうか。無邪気な笑顔をしていた。自然と手が挙がる。そして、左右に大きく振る。水月も、手を振っていた。


「さて、キツネ隠れの敷とかいう宿に行ってみますか」


水月がそう言いだしたのは、少年の姿が完全に見えなくなってからだった。


「うん」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


時刻は午後5時くらいだろうか?あれから何時間歩いたのだろう。とにかく、長い道のりだった。辺りも赤く染まってきた。春の夕焼け…美しい。疲れた心身に染み込んでくる。


「お客様、ようこそお越しくださいました」


「我らの宿、キツネ隠れの敷へご案内いたします」


広い道から、少し右にずれたところにある神社から声がする。


「お客様、どうぞ境内へ」


「お入りください」


声が、鳥居の左右に設置してある稲荷像から聞こえる気がする。…まさかね。


「お客様」


「お入りください」


……まさかね。流石に、石像が喋るわけがない。


「お客様」


「早く」


段々と声が急かしてきた。でも、動けない。水月は水月で、恐怖心を全力で抑えていた。稲荷像が不気味に見えてくる。水月と交換した笛を構える。


「お客様、少々手荒な真似になりますが」


「ご了承ください」


稲荷像の後ろから、紺色の着物を着たキツネの面の少女二人が左右から現れる。石像が喋っている訳ではなかった、っと安心している暇はない。キツネの面がすぐ近くまで来ていた。


「い、いつの間に…」


「す、水げ…」


甘い香りとともに、眠たくなってきた。ゆっくりと視界が狭くなってゆく…。


「少々手荒でしたが」


「勘弁ください」


最後にそんな声が聞こえたような気がした。

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